第十一章 翌朝
朝が来た。
王宮の窓から、淡い光が差し込んでいる。
夜の間に残っていた煙も、少しずつ薄れていた。
王都は、まだ戦の傷を残している。
崩れた城壁。
砕けた石畳。
運び出される瓦礫。
それでも、人は動き始めていた。
新しい王の朝が始まろうとしている。
ヴィクターは、寝室の窓辺に立っていた。
昨夜と同じ場所だった。
机の上には王冠が置かれている。
ヴィクターはそれを手に取った。
昨夜と同じように、重い。
けれど、今度は何も考えずに頭へ載せた。
鏡を見る。
そこに映っているのは、王だった。
「……陛下」
声がした。
振り返る。
ジェスターがいた。
「おはようございます」
「あぁ」
「よく眠れましたか?」
ヴィクターは少し黙った。
「……それなりに」
「そうですか」
ジェスターはいつもの笑みを浮かべていた。
昨夜と何も変わらない。
服も。
声も。
表情も。
ヴィクターはしばらくジェスターを見ていた。
「何か?」
「いや」
ヴィクターは視線を逸らした。
「何でもない」
「そうですか」
ジェスターは、それ以上聞かなかった。
扉の外から、兵士の足音が近づいてくる。
「陛下」
扉越しに声がした。
「入れ」
兵士が入ってくる。
ヴィクターを見ると、深く頭を下げた。
「本日の予定をお伝えします」
「言え」
「まず、戦後の被害についての報告がございます。それから、北部の諸侯が――」
ヴィクターは黙って聞いていた。
昨日までなら、自分はここにいなかった。
この部屋も。
この王冠も。
この国も。
すべて父のものだった。
今は違う。
「分かった」
兵士が頭を下げる。
「それと……」
少しだけ言い淀んだ。
「何だ?」
「本日の朝議に、道化師を同席させるかとの確認が」
ヴィクターはジェスターを見る。
ジェスターも、ヴィクターを見ていた。
「同席させろ」
「承知しました」
兵士が出ていく。
扉が閉じる。
部屋に、二人だけが残った。
「よろしいのですか?」
ジェスターが言う。
「何か問題でも?」
「いいえ」
ジェスターは少し笑った。
「では、行きましょうか」
ヴィクターは扉へ向かう。
その横を、ジェスターが歩く。
二人の距離は、昨日までと変わらない。
王の隣に、道化師がいる。
けれど。
昨日までとは、立っている場所が違った。
廊下へ出る。
すれ違う兵士たちが、ヴィクターへ頭を下げる。
「陛下」
その声を聞きながら、ヴィクターは歩いていく。
ジェスターも、その隣を歩いている。
「ジェスター」
「はい?」
「昨夜のことだが」
ジェスターは足を止めなかった。
「何でしょう?」
ヴィクターも、歩きながら言う。
「……いや」
少し間を置く。
「何でもない」
「そうですか」
それだけだった。
二人はそのまま歩いていく。
朝の光が、長い廊下に差し込んでいる。
その先には、王の仕事が待っていた。
ジェスターは、いつものように笑っている。
何を選んだのか。
何も選ばなかったのか。
それを知ることができる者は、どこにもいない。
ただ一つ確かなのは。
その朝もまた、ジェスターは王の隣にいた。
そして、ヴィクターもまた、自分の足で歩いていた。




