アナザーストーリー 城から見た王と道化師(2)
先王ルシアンと道化師ジェスター。
この二人のことを、城の者たちはよく覚えている。
仲が良かったのかと聞かれれば、皆そう答えるだろう。
けれど、どんなふうに仲が良かったのかと聞かれると、少し困る。
言葉にするのは難しい。
だから、それぞれが覚えていることを話す。
---
『執事』
「先王陛下とジェスター様ですか。
あの二人は、ずいぶん長く一緒におられました。
ジェスター様は、よく陛下の執務室にいらっしゃいましたね。
許可を取っていたか?
……取っていなかったと思います。
『陛下、暇です』
『そうか』
『何かありませんか?』
『仕事ならある』
『それは嫌です』
毎回ではありませんが、よく似たやり取りをしていました。
陛下も、怒ることはありませんでした。
正確には、怒っても仕方がないと思っておられたのでしょう。
ジェスター様が政務を本当に邪魔するようなことはありませんでしたから。
それに、あの方が何か重要なことを持ってきた時には、陛下は必ず話を聞いておられました。
『誰から聞いた』
『どこでだ』
『確かなのか』
そうやって確認される。
信じるわけではない。
けれど、聞き捨てもしない。
私は長く陛下にお仕えしていましたが、あの二人の間には、そういう独特の距離があったと思います。
近いのに、馴れ合ってはいない。
放っておいても、必要な時にはちゃんと隣にいる。
……不思議な関係でしたね」
---
『メイド』
「ジェスター様は、人気がありましたよ。
ええ、本当に。
顔も綺麗でしたし、背も高かったでしょう?
それに、紳士的でした。
廊下ですれ違えば必ず道を譲ってくださるし、重い荷物を持っていれば自然に手伝ってくださる。
名前もよく覚えていらっしゃいました。
一度しか話したことがないのに、次に会った時には名前で呼ばれたこともあります。
……あれはずるいですよね。
でも、何を考えているのかは全然分からない。
そこがまた、人気の理由だったのかもしれません。
ただ、先王陛下の前では少し違いました。
もっと自由だったんです。
陛下の机の上にあるお菓子を勝手に食べたり。
もちろん怒られていましたよ。
『勝手に食べるな』
『もう食べてしまいました』
『そういう問題ではない』
なんて。
でも、ジェスター様は全然気にしない。
陛下も、最後には諦めていました。
……今思えば、あれが二人の日常だったんでしょうね」
---
『大臣』
「ジェスターですか。
正直に言えば、議会では扱いに困りました。
勝手に発言する。
出所の分からない情報を持ってくる。
突然、まったく関係のない話を始める。
それなのに、時々、誰も気づいていなかったことを知っている。
市場の値段。
地方の噂。
商人の話。
兵士たちの不満。
正式な報告書にはまだ載っていないことを、あの男はどこからか拾ってくる。
陛下は、必ず確認されました。
『誰から聞いた?』
『どこで?』
『本当なのか?』
それから、必要なら調べさせる。
間違っていれば捨てる。
正しければ使う。
ジェスターの言葉を、そのまま信じることはなかった。
だからといって、無視することもなかった。
……あの方は、ジェスターを信用していたのでしょうか。
私は、少し違うと思います。
信用するかどうかを、毎回ご自分で決めておられた。
それが陛下のやり方でした。
そしてジェスターも、それを分かっていたのでしょう。
だから、何かを伝えた後は、いつも黙っている。
決めるのは自分ではない。
そんな顔をしていましたよ」
---
『 兵士』
「王と道化師ですか。
いつも一緒でしたよ。
朝、陛下が歩けばジェスターがいる。
昼、陛下が中庭に出れば、いつの間にかジェスターがいる。
夜、陛下が執務室を出れば、少し離れたところにジェスターがいる。
でも、ずっと話しているわけじゃありません。
黙って歩いていることも多かった。
二人とも、沈黙を気にしないんですよ。
ある日、若い兵士が言っていました。
『なぜジェスター様だけ、あんなに陛下の近くにいられるんでしょう』
俺も、そう思ったことがあります。
でも、しばらく見ているうちに、分からなくなりました。
近いのに、馴れ馴れしいわけじゃない。
自由なのに、無礼でもない。
陛下も追い払わない。
ジェスターも、陛下に何かを求めているようには見えない。
ただ、気づけば同じ場所にいる。
……あの二人には、そういう感じがありました」
---
『 城から見た二人』
執事は、長い時間を知っていた。
メイドは、日常の二人を知っていた。
大臣は、議会での二人を知っていた。
兵士は、廊下を歩く二人を知っていた。
けれど、誰も二人の関係を正確な言葉では説明できなかった。
主従なのか。
友人なのか。
それとも、そのどちらでもないのか。
ただ、皆が覚えている。
ジェスターが王の隣にいること。
ルシアンが、それを当たり前のように受け入れていたこと。
ジェスターが勝手に座れば、ルシアンが呆れる。
何かを言えば、ルシアンが聞く。
甘いものを持ってくれば、ルシアンも一つ受け取る。
それだけのこと。
けれど、それが何年も続いた。
だから城の者たちは、いつしか考えなくなった。
王の隣には、道化師がいる。
それが普通だった。
先王ルシアンの時代。
城には、そんな日常があった。
そして誰も、その日常がいつか終わるとは思っていなかった。
少なくとも、その時までは。




