流し雛(びな)は月の下で
「私たちの田舎で、流し雛の風習がありましたよね。覚えてますか」
「ええ、もちろん。ほとんど廃れていたけれどね」
私も彼女も村といっていい、小さなところの出身だった。楽しみなど、なにもないような場所で、例外なく若者は都会へ出ていったものだ。今の私たちも、二人でりんご飴を食べながら、こうして東京での縁日を満喫している。人混みのなかを私たちは、のんびりと歩いていた。
「流し雛の儀式も、起源はあるんでしょうけど。怪談話だと、ありがちですよね。『実は昔、実際に流されていたのは、生贄の少女だったのだ』っていう設定が」
「ああ、確かに。別に流し雛じゃなくてもいいけど、残酷な風習があって。女の子が犠牲になって、その恨みが怪異になると。そういう展開でしょ」
空には月が浮かんでいる。いい月明かりで、あのときの祭りの夜を私は思い出していた。
「……貴女がなにを考えているか、わかりますよ。あのときのことでしょう?」
五才年下の彼女が、私の心を正確に推し量ってくる。うっとうしくて、軽く私は眉をひそめた。素知らぬ顔で彼女は、私の横を歩きながら話し続ける。
「なんの話をしてましたっけ。ああ、そうそう。怪談話では女の子が犠牲になって、その恨みが怪異になったりするって話でした。でも、本当に怖いのって、怪異じゃないですよね」
「そうなの? お化けが出てきて、恨みを晴らす展開が、怪談の醍醐味なんじゃなくて?」
「いえいえ、そういうことを言いたいんじゃないんです。確かに怪談話の醍醐味は、貴女が言うとおりなんでしょう。でも結局、それってフィクションに過ぎないじゃないですか」
わかってるでしょう、という笑みを浮かべて、横目で彼女が私を見る。なにか言い返すべきだろうかと、しばし考えてから私は応じた。
「思わせぶりな言いかたは止めて。結論があるなら、早く言いなさいってば」
「じゃ、言いましょう。女の子を生贄にする儀式があったとして、恐れるべきは、怪異や幽霊じゃありません。その儀式を行う人間たちこそが恐ろしいんじゃないですか。怪異も幽霊も、現実にはいないんですよ。殺された人間が、化けて出るとしたら、」
私の姉が、貴女を放っておくわけないでしょう。隣の彼女が、凄絶な美でそう言って笑いかけてくる。私が殺した少女が成長したら、果たしてこれほど美しくなっていたのだろうかと思わされた。
殺人の動機はなんだったのか、と問われれば、『退屈だったから』としか言いようがない。言わせてもらえれば、今も私に後悔はなかった。あの、なにもない故郷で、私の魂は刺激を求めていたのだ。十代とはそういう時期で、あの行動を起こさなければ、私の心は朽ち果てていたことだろう。
「これまで何度も言ってますけど、私は貴女を恨んでないですよ。双子の姉でしたけど、仲は悪かったんで」
私たちは歩き続けていて、会話も続いている。都会の縁日は適度に人がいて、誰も私たちの話を気にかけたりはしなかった。
「みんな『双子だったら仲は良いはず』って思いがちですけど、不思議ですよね。自分と同じ顔と身体の相手を、姉だなんて思えるわけないじゃないですか。尊敬もできなかったし、話も合わなかったですねぇ」
何度も聞いている話なので、私は相槌も打たない。当時は十才だった彼女の姉を、故郷の祭りで見かけたのは偶然に過ぎなかった。あの夜も月明かりがあって、田舎の祭り会場は出店も少なく、暗いスペースが多かったのだ。私は一人で、人を殺すには好都合な条件だった。
「今でも覚えてますよ。私は家族みんなで、故郷のお祭りに来ていて。姉が一人で、会場のトイレに行ってたんです。私も後からトイレに行って、そしたら姉と貴女が、近くの川に立っているのが見えて。トイレの横が土の斜面になってて、川へ続いていたんですよね」
「……そうよ。後ろから首を絞めれば、簡単に貴女のお姉さんは抵抗できなくなった。そのまま川へ投げ捨てたの。あの後に雨が降ったから、私の足跡も土から消えてくれた。私、貴女のお姉さんの顔は見なかったのよ。暗かったし、後ろ姿しか見てなかったからね」
「それで、どうでしたか。満足感は得られました?」
にっこり笑って、横から彼女が顔を向けてくる。人のものとは思えない美があった。
「……ええ、最高だった。浴衣姿で川を流れる彼女が、月に照らされた光景は、死ぬまで忘れないわ」
そうですか、そうでしょうねぇ。そう言う彼女は納得した様子だ。
「私、姉が川に流されたところを見て、自分の身の安全しか考えなかったんですよ。『殺人の目撃者は消される』っていうのは、さすがに分かっていたので。だから後退って、でもトイレにも行きたかったんで、少し待ってからトイレまで歩いていったんです。来たのは今ですよ、なにも見てませんよっていう態度で」
「そうらしいね。それで、川から歩いてきた私と、トイレの前ですれ違ったんでしょ。私は覚えてないんだけれど」
「もし私の姉の顔を見ていたら、貴女は私のことも片づけていたと思いますよ。同じ顔の双子が殺害現場のそばにいたら、いかにも騒ぎ立てられそうじゃないですか。ともかく私は、貴女の顔から目が離せなくなって、足も止まって」
「それで? すれ違った私は、貴女をどうしたのかしら」
本当に覚えてなくて、五才年下の彼女に私は問いかける。
「……なにも。ただ、声をかけてくれたんです。『こんばんは、いい夜ね』って」
とっても素敵な、ぞくぞくするような綺麗な声と笑顔で。私、そのときのことが忘れられなくなったんですよ。一生、貴女のそばにいたいと思いました。ほら、今の貴女が浮かべている、その笑顔ですよ。
そんなことを言われる。私から見れば彼女のほうが、よほど美しい。月明かりの下で、惡の華が開いたようで、ただただ私は見惚れていた。




