狂気と供給
フランケンの言葉に、私の背中に冷や汗がドッと吹き出した。
脱出どころの話じゃない。私の命のカウントダウンは、思っていた以上に崖っぷちまで迫っていたのだ。
ベロビーは無言のまま冷ややかな瞳で私を見つめ、それからフランケンの義心臓へと視線を落とした。損益を計算するような恐ろしい顔だ。
「……手術の準備をしなさい。サモ様の許可なく死なせれば、貴方を灰にします」
「交渉成立だ!」
フランケンが怪しい笑みを浮かべ、アタッシュケースからナイフを取り出し始めた
ベッドの上から様子を伺っていた私は、どうしても気になっていた疑問を恐る恐る口に投げかける。
「ねえ、フランケンさん……その『義心臓』って、どうやって使うの……?」
「ん? ああ、使い方は至ってシンプルだよ」
フランケンは紅茶を置くと、自分の腹部をパチンと叩いて見せた。
「お腹をガバッと切開して開きまして。内臓を少し脇に除けつつ、心臓のすぐ下にこの魔導具を直接ボコッと埋め込みます」
あまりにも雑で生々しい外科手術の説明。私の顔から一気に血の気が引いていく。前世の高度な医療知識があるからこそ、その施術の常軌を逸した異常さが瞬時に理解できてしまった。
「え……っ、じゃあ、麻酔は……? 麻酔はどうするの……!?」
痛みを和らげる麻薬や麻酔薬のことだ。こんな幼い身体で腹を切られるなんて、激痛のショックで一瞬で死んでしまう!
必死で問い詰める私に対し――部屋にいた全員がピタリと動きを止めた。
フランケンも、控えていたベロビーも、果ては部屋の隅でモップを持っていた別の召使までもが、首を小傾げて同時に呟く。
「「「ま……すい……?」」」
全く聞き覚えがない、といった風のぽかんとした表情。この世界には「麻酔」という概念そのものが存在していないのだ。
(あ、これ死ぬ。絶対に痛みのショックで死ぬやつだ――!!)
生身のまま腹を割られ、心臓の脇に謎の金属塊を押し込まれる未来図が脳裏をよぎり、私は全身に猛烈な冷や汗をかいた。「麻酔」が通じないと察した私は、前世の記憶を必死に手繰り寄せ、なんとかこの世界にありそうな「人を眠らせるもの」を例えに出そうと試みる。
「あ、あれです! あの……アヘンとかヘロインとか、ヘイホ……みたいな! 飲むとボーッとして痛くなくなって、ぐっすり眠れる薬草みたいなやつ!」
麻薬や麻酔薬の類をイメージして必死に伝えた私だったが、フランケンとベロビーの反応は虚無そのものだった。
「「?????????」」
頭の上に浮かぶ大量のクエスチョンマーク。二人の目が完全に死んでいる。
「ヘイホ……? マリオの敵キャラクターか何かでしょうか」
ベロビーが至極真面目な顔で、どこかズレたツッコミをボソリと呟く。
「いやいやベロビーさん、きっと何かの呪文か植物の名前ですよ。……うーん、聞いたことありませんねぇ。痛みをなくす薬? 眠らせる薬草? そんな便利なものがあったら、術師が徹夜で麻薬(?)なんて調合しなくても僕がとっくに重宝してますよ」
フランケンはボサボサの頭をバリバリと掻きながら、心底不思議そうに首を傾げた。
「あのね、ヴェロニカちゃん。『お腹を割いて義心臓を入れる』なんて、魔導医療においてはただの軽作業ですよ? 痛いのは当然ですし、大声で叫んでいるうちに終わりますから安心してください」
「安心できるかーーーー!!!」
叫んだ拍子に胸がズキリと痛み、私は自分の心臓を押さえてベッドの上でのたうち回る。
(痛みのショック死を防ぐ技術すらないのかこの世界は!? 前世の医療麻酔がいかに神だったか身に染みる……っ! 軽作業でお腹割られたらたまったもんじゃない!!)
痛みに悶絶する私を、フランケンは「おや、元気ですね」と冷めた目で見つめ、ベロビーは「叫ぶと余計に体力を消費しますよ」と冷たい紅茶を一口啜るのだった。
「じゃあ、気絶させるために騎士様とかに頼んで……後頭部をドカンと叩いてもらうとか!?」
痛みのショック死を回避しようと、私は必死に力技の解決策を提案した。要は物理的に意識を飛ばして(気絶させて)くれ、という悲痛な叫びである。
それを聞いたフランケンは、「あー」と得心がいったように手をぽんと打った。
「なるほど! 燃やすんですね!」
「なんでだよ!?」
思考の跳躍が激しすぎる天才技師に、私は開いた口が塞がらない。フランケンは心底感心したように目を輝かせ、隣で完全に取り残されているベロビーへ向かって身を乗り出した。
「ベロビーさん、この子すごく頭がいいですよ! 騎士を呼ぶっていうのはつまり、彼らの『火炎魔導』を使って切り口を焼き切るって意味だったんですね!」
「え、あ、はい……? さようでございますか」
よく分かっていないベロビーが、いつもの冷めた顔で適当に相槌を打つ。フランケンは熱っぽく解説を続けた。
「人体って、血をそのまま流させておくとすぐ死んじゃうじゃないですか。でも高温で患部をジュッと燃やしてしまえば、タンパク質が凝固して血がピタッと止まるんですよ! 麻酔(?)なんて遠回りをしなくても、焼けば出血死もしないし傷口も塞がる! いやぁ、幼いのに生命の理をよく理解している!」
「言ってない! 燃やせなんて一言も言ってないから!!」
(止血のために傷口をじかに焼き肉にするタイプの野戦医療じゃん!! 痛さ倍増どころの話じゃないんだけど!?)
前世の知識(物理気絶)を伝えたつもりが、まさかの「生焼き止血アプローチ」として天才の感性に響いてしまったらしい。この狂った技師の手で腹を割られ、焼き肉にされる恐怖に、私の精神は崩壊寸前だった――!




