↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/17

邪道正道

「あー、理解できてないんですね」

彼女は教え諭すように、親切で丁寧な口調で言葉を重ねる。

「解説しますね。この村には以前から『深きモノ』と呼ばれる水底の異形が潜伏し、人間と交わって密かに繁栄していたんです。あの刻印は彼らに潜む混血の血を強制的に励起させる道具。……先ほど消滅した旦那様を含め、ここの男性陣は全員、すでに人間ではなく化け物の種でした」

彼女は白く美しい指先を顎にあて、歌うように説明を続ける。

「彼らは女性を殺さず、自らの種を残すための『苗床』として利用します。そして生まれた子孫は、中央が定期的に殺菌・処分しなければなりません。ですが、母体であるあなた方に『不妊』の処置を施せば、これ以上新たな異形が生まれる心配はなくなります。……ね? 私たちが提示しているのは、あなた方の命と尊厳を守るための完璧な医療支援なんです。私たちは『人類の味方』ですから」

狂気的な論理を平然とのたまう女性は、ふとヴェロニカの青ざめた顔に目を留めた。

「おや……心臓が弱いんですね。顔色がとても悪いです。ちょうどよかった、あらかじめ用意しておいた治療道具と馬車がありますから、それに乗りましょう」

女性が軽く手を鳴らすと、控えていた騎士たちが動き出す。

不妊処置という残酷な宣告と夫の死に打ちのめされ、膝から崩れ落ちたまま動けないオリヴィア。騎士たちは容赦なく彼女の腕を掴むと、地面を引きずりながら馬車へと連行していく。ヴェロニカもまた抱え上げられ、豪奢で不気味な馬車の中へと押し込まれた。

「あとの処理は、お願いしますね」

全員を乗り込ませた後、白衣の女性――ルクレチアは馬車の扉に手をかけ、残った騎士たちに短く言い残した。騎士たちは無言で頷き、未だ冷たい地面に伏している男の子たちの方へと静かに向き直る。

扉が閉じられ、馬車がガタゴトと揺れ始める。

背後で何が行われたのか……ヴェロニカには察するに余りあった。激痛を耐え抜いた疲労と恐怖のなか、ヴェロニカの意識は深い闇へと沈んでいった。

――……。

落ちていく意識の底、夢の中でふと不思議な「声」が響いた。

(……見つけた……我らが……小さき……)

心臓の奥が小さく脈打つ。(……逃れられぬ……水は……どこにでも……)

その時、馬車が急停車した。激しい揺れでヴェロニカが目を覚ますと、隣のルクレチアが静かに剣を引き抜いていた。

「5秒以内に馬を動かさなければ、あなたの腕を折ります」

御者台の運転手が恐怖に震えながら振り返る。その顔は半ばウロコで覆われ、焦点の定まらない目で呟いた。

「ナ、ナカマ……ヲ……ツ連レ……行クナ……」

「へえ……下っ端の分せいで、仲間の意識なんてものがあるのですか! それは……素晴らしい発見ですね」

ルクレチアは躊躇なく運転手の腕を折り、逃げ出そうとする脚の腱まで正確に切り裂いた。悲鳴を上げる運転手を、馬車の横を流れる暗い川へとゴミのように放り投げる。

ドボン、と重い水音が上がり、運転手は川底へと沈んでいった。

「さて、失礼。ここからは私が御者を務めましょう」

ルクレチアは袖を捲り、自ら御者台へと登っていく。

それから馬車に揺られること二日。体調が限界を迎え、高熱で意識が朦朧とするヴェロニカを乗せた馬車は、ようやく「中央」の一軒の邸宅に到着した。

オリヴィアの手記/愛しい我が子へ】

ヴェロニカ、私の可愛い天使。

あなたが生まれた日のことを、今でも昨日のことのように思い出します。

産声を聞いた瞬間、胸が押し潰されるほどの愛おしさと幸せで涙が止まりませんでした。生まれつき心臓がお弱くて、お医者様にも辛いことを言われてしまったけれど……私はあなたが生まれてきてくれたこと、それだけで神様に感謝しているのよ。

この村での暮らしはとても穏やかで幸せでした。

……少し不思議なこともあったけれど。

夫は昔から魚料理が大好きだったのに、なぜか川や海の魚を調理させてくれませんでした。「生の魚は体に毒だから」って微笑みながら、いつもお店の乾物ばかり買ってきてくれて……私が「たまには新鮮なお魚も食べたいわ」と言うと、少しだけ困ったような、哀しそうな顔をして私の頭を撫でてくれたわね。

井戸のお水がほんのり生臭く感じた日も、夫は「気のせいだよ、僕が新しく汲んできてあげる」って、夜中に一人でどこかへ出かけていったり。

今思えば、変なところもあったのかもしれません。

でも、あの人は私とあなたをとても大切にしてくれた。私たちが不自由なく暮らせるように、いつも優しく守ってくれていた。それだけで十分幸せだったの。

ねえ、ヴェロニカ。

外はなんだか騒がしくて、見たこともない騎士の方たちがたくさん来ているみたい。

おうちが少し燃えているような音がして恐ろしいけれど……大丈夫。お母さんがずっと抱きしめてあげているからね。

あなたが無事でいてくれるなら、お母さんは何だって耐えられます。

私のもとに生まれてきてくれて、本当にありがとう。私の愛しいヴェロニカ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。