フィナーレ
「ヴェロニカちゃんを助けてくれて、本当にありがとうございました……! お屋敷からは十分な報酬が出なかったってベロビーさんから聞いて……。こんな少額じゃ義心臓の代金には全然足りないと思うんですけど……!」
「シメさん、これは……」
「私からの感謝です! 受け取ってくれないと、夜も眠れませんっ!」
頭を深く下げるシメの健気な姿に、フランケンの胸の奥がじんわりと温かくなる。サモ邸の冷酷な空気の中で、この少女の優しさだけが救いだった。
「……ありがとうございます、シメさん。ありがたく戴きますよ」
フランケンがコインの袋をポケットに収めると、背後の影から「チッ」と不機嫌そうな舌打ちが響いた。
筆頭使用人、ベロビーである。
「シメ、無駄な情けをかけるなと言ったでしょう。雑務に戻りなさい」
「ひゃいっ! すみませんっ!」
シメはベロビーに一礼すると、慌ただしく屋敷の中へと走っていった。
取り残されたフランケンは、警戒するようにベロビーを睨みつける。
「ベロビーさん。俺に『心臓なんて要らなかった』とか追い打ちの文句でも言いに来たんですか?」
「まさか。私は無意味な雑談は嫌いです」
ベロビーは白手袋をはめ直すと、胸のポケットから一枚の羊皮紙を取り出し、フランケンの胸元へ押し付けた。そこには、複雑な魔導鉱石の配合と、一振りの「剣」の設計図が精緻な線で描かれていた。
「これは……?」
「サモ様のご意向ではありません。私個人の、正式な『仕事の依頼』です」
ベロビーは冷淡な眼光のまま、淡々と告げた。
「あのガキ(ヴェロニカ)に組み込まれた義心臓は、稼働データを取るだけでは不十分です。今後の外部からの『不確定要素』を排除するため、特定の魔力を帯びた特殊な剣を一本、仕立ててもらいたい。……提示されている材料費と製作費は、先ほどの義心臓の赤字を埋めてなお余りある額を保証します」
フランケンは図面と提示額を見て、思わず目を丸くした。
「おいおい……これだけの高額依頼、どこから出てるんだ? 剣を作るって、誰に持たせる気だ?」
「貴方が知る必要のないことです」
ベロビーは冷たく背を向け、去り際に振り返ることなく告げた。
「引き受けるなら、三日以内に試作品を持ってきなさい。……断れば、先ほどのシメの数千円だけで飢え死にすることになりますよ」
「……相変わらず口の悪い奴だ」
フランケンは苦笑しながらも、図面を大切に懐へ仕舞い込んだ。
義心臓の赤字と、謎の剣の依頼。フランケンは胸のポケットにあるシメの温かいコインの重みを感じながら、サモ邸を後にするのだった。
サモ邸に引き取られてから、早くも一年という月日が流れた。
私の胸の「機械心臓」は今も『カチ、カチ……』と静かな金属音を刻み続け、私の命を不自由なく繋ぎ止めている。時折、胸の奥に原因不明の「ぽっかりとした空洞感」を覚えることはあったけれど、ベロビーさんから押し付けられる膨大な屋敷の雑用をこなす毎日に追われ、そんな違和感を深く考える余裕すらなかった。
そして今日――サモ邸の日常に、大きな節目が訪れた。
「やだぁぁぁぁっ! シメちゃん行かないでぇぇぇーっ!! 誰が私の夜食の美味しいお粥作るのぉぉぉーっ!?」
朝のサモ邸の前庭は、サモ様のけたたましい号泣と大暴れによってカオスと化していた。
サモ邸の料理人であり、私や屋敷の者たちの胃袋を温かな料理で支え続けてくれたシメさんが、実家へ帰ることになったのだ。
「サ、サモ様っ! 引っ張らないでくださいっ! 服が破けますっ! 馬車が出発しちゃいますからぁぁっ!」
「ダメぇぇぇ! シメちゃんが帰るなら私も一緒についていくぅぅー! 実家でタダ飯食うー!」
「ご迷惑すぎますからっ! お願いですから離れてくださいぃぃっ!」
実家からの知らせで急遽帰郷が決まったシメさんは、泣き叫びながらすがりついてくるサモ様を必死に振り払いながら、汗だくになって馬車へ荷物を投げ込んでいた。
「ハァ……朝から見苦しい。騒々しいことこの上ないですね」
壁際に立つベロビーさんは、白手袋をはめ直しながら心底不機嫌そうに舌打ちを鳴らしている。だが、その手にはしっかりと、シメさんのために準備された「破格の退職金と長旅用の食料」が握られていた。口では冷たい文句を並べつつも、やっぱりこの人はどこまでも世話焼きなのだ。
私も馬車の脇へ駆け寄り、荷物積みに追われるシメさんのエプロンをキュッと引っ張った。
「シメさん……っ」
「あ……ヴェロニカちゃんっ!」
シメさんは手を止め、私と同じ目線になるようにしゃがみ込んでくれた。一年間、頼りない私を妹のように可愛がり、いつも温かいスープとお粥を作ってくれた優しいお姉さん。
「私……シメさんのお粥が一番好きだったよ。お仕事、いっぱい教えてくれてありがとう……」
私が必死に涙を堪えながら告げると、シメさんの目からポロポロと大きな涙が溢れ出した。
「ヴェロニカちゃん……! ううっ、元気でね……! ベロビーさんの言うことちゃんと聞いて、心臓大事にするんだよっ……!」
シメさんは私をぎゅっと力強く抱きしめてくれた。その胸の温もりに、私の目からもボロボロと涙がこぼれ落ちる。
「おいシメ、いつまで油を売っているのです。馬車が出ますよ」
ベロビーさんの無情な声が響き、シメさんは大慌てで私から離れると、サモ様の猛追を間一髪でかわして馬車へ飛び乗った。
「皆さんっ! 本当にありがとうございましたーっ!!」




