ナナオ島
ヨーク半島の先端部に位置するカムラと、三流家の本拠地であるトナミマチをつなぐ海路の間には、ナナオ島という場所がある。
花鳥院家の支配下にあり、一門の七尾氏が統治を任されている。
ナナオ島は、カムラ・トナミマチ航路の中継地点となっており、ここを抑えられたなら、花鳥院家と三流家をつなぐ補給路は遮断される。
逆に、ここを保持していれば、花鳥院家と三流家の補給路は維持されるため、制海権が揺れ動きつつある現在、にわかに戦略的価値が高まりつつある。
聖王国にとっても、ナナオ島の価値が急騰している。
先日の海戦で、聖都に面するメキア湾の海賊が一掃され、メキア湾の制海権は、聖王国が手に入れた。
聖王国としては、外洋に打って出たいが、ちょうどメキア湾の出入り口には、蓋をするようにナナオ島が位置している。これでは、交易船どころか軍船の出入りすら困難である。
戦場は、陸から海へと変わりつつある。
ナナオ島。
小さな島だ。出来損ないのお好み焼きのかたちをしている。岩だらけで高い崖が続く沿岸部とわずかな平野部。島の中央部には、低い山がちょこんとある。
島に1つある港周辺だけが、賑わっている。
港周辺の小さな街以外の場所は、緑の山が広がっている。
森林資源の保護という名目で、港周辺以外への立ち入りは禁止されている。
一般の利用者が集まる港から、さらに入り組んだ湾の奥には、最新設備の揃った港があることは、ごく一部の者しか知らない。
その港に一隻の軍艦が入港する。
湾の周囲は、一見ただの森林地帯にしか見えないが、よく目をこらすと、崖をくり抜いた建物や洞窟を改造した造船ドック、草木にカモフラージュされた兵舎などの建物が立ち並んでいる。
「やあ、久しぶりだね」
白衣を着た長身のメガネをかけた女性が、エリカと握手する。
「お姉様!私がいくら手紙を差し上げても、返事1つくださらないって、どういうことですの?
私、お姉様が裏切るつもりかと思ってしまいましたわ」
「はは、あんなクソ頭の固い連中の部下になる気はないよ。……ただ、連中のマインドコントロールの手法には興味はあるけれどね。
ふふっ、あの自信過剰な聖女が、このマリイ様の足元にひれ伏して、媚を売る姿を想像すると……多少はそそる」
「かわいい妹が、目の前にいながら、また空想の世界にトリップしていますの」
エリカは、困惑している。姉がだらしない顔をして、妄想の世界に浸っているのを直視したくない意味もあるのか、俺に視線をよこす。
「妹との、ひさしぶりの再会中に失礼する。
俺は、新しく北方探題に就任した三流安具だ。よろしく」
「お姉様っ!安具様が話しかけていますわよ!」
「……あっ!これは失礼。七尾マリイって名前だよ」
「エリカから、話は聞いている。予想以上の変人だな」
「へへっ、マリイ、褒められちゃった。
でも、ヤス君も中々やるね。女装男子に、妖狐を部下にしているとは」
マリイの発言を聞いて、タマ子の目が見開く。
「っ!……久しぶりに擬態を見破られましたわね」
「アタシも一応、研究者だからね。未知なるものには関心があるのさ。
ねえ、はあはあ、ちょっとでいいから、あっちで診察しない?妖狐の体、その耳や尻尾はどうなっているのかを知りたいんだ!
痛くしないから」
「けっ、結構ですわよ。
ご主人様、このマッドサイエンティストをどうにかしてくださいまし」
マリイの狂気を帯びた瞳に押された、タマ子が俺の後ろに隠れる。
しかし、タマ子に相手に、精神的優位に立つとは、やるな。
「タマ子は俺の奥さんだからな。堪忍してくれ」
「……科学の発展のために。でも、今は我慢する。上司命令だから」
しぶしぶとマリイは、タマ子を諦めた。
「本題だ。
近日中に、聖王国の軍がこの島に上陸作戦を仕掛けてくるぞ」
「……知ってる。けど、興味ない」
「ちょ、ちょっとマリイお姉様!この島の領主はお姉様ですよ?
防衛の準備は?」
「じゅん……び?」
「なに、可愛く言ってるんですか?どうするのですか!ナオオ島を奪われたら、私たちは破滅なんですよ。
それにお姉様だって、研究ができなくなりますよ!嫉妬心の強い、デリーニが、自分より優秀なお姉様を生かしておくわけがないでしょう!」
「デリーニ?誰?」
「敵の指揮官で、お父様のかたき、それにお姉様の元部下じゃないですか!」
「ああ、思い出した……気がする」
「もう!興味のないことは、まったく覚えていらっしゃらないんだから。よくそれで、領主が務まりますね」
「とにかく、研究できなくなるのは困るね。マリイ、協力する」
マリイも、三流家の指揮下に入ったが、基本、研究所にこもっている。
研究以外の実務は、からっきしできないらしいので、そちらの方が望ましい。
「でも俺が!なんで、配下の配下のサボった仕事をしないといけないんだよ!」
マリイが放置し続けて、溜まりに溜まった仕事は、全て俺に回ってくる。
サノ姫は楽しくないと兵の訓練に逃げたし、エリカは物資の備蓄等の防衛体制の準備に忙しい。
「密室でご主人様と共同作業も悪くはありませんわ」
「えっちな共同作業がよかったぜ。
めんどくさい書類が、山積みなのは……」
「けれども、おかげでナナオ島の実情が分かりますわよ。
領主のマリイさんは、統治に無関心な様ですし、今、ナナオ島の実情に詳しいのは、わたくしたちですわね」
「知りたくなかったことばかりだけどな。
見てみろ、この予算書を。
税収の9割を研究関連費用に当ててやがる。一般利用者用の港のインフラ整備なんてロクにしてない」
港は利用者が多い割に、堤防のあちこちは崩れて、共用倉庫も天井に穴が空いているボロボロなものだった。
当初、戦争続きで、補修する金がないのだなと思っていた安具であるが、今なら理解できる。
「こいつら、研究以外興味ねえ!」
嘘か誠か、災いが起こる直前には、鳥やネズミが逃げ出すなんて伝承がある。
人間も逃げ出すらしい。
ナナオ島の港も、普段は船が隙間なく停泊しているが、今はまばらで民間船はほとんどいない。
港の商業施設の商人たちも、潮が引くように家財をまとめて消えている。
「ここ数日で、入港する船舶数が激減しているな」
「聖王国に何か動きがあったようですわね。商人は、危機に敏感ですから。
聖王国海軍が置かれているメキアで物資の買い付けが行われたとの情報も入っています」
タマ子は、書類をパラパラとめくる。
秘密兵器を作ると宣言したマリイは、研究所にひきこもりっぱなしなので、俺たちが防衛体制の構築までしないといけない。
夜遅くまで、書類、陳情、たしゅけて……
マリイめ、どれだけ、仕事溜めてたんだよ。
「想定よりだいぶ早いな」
「ええ。メキア湾にある造船所は、昼夜を問わず操業しているらしくてよ」
「対するこっちは、ちっさな研究所兼工場1つなのにな」
安具は、振り返り、ナナオ島の中央に位置する小さな山の斜面、カモフラージュされ森にしか見えない一点を見つめる。
港からは見えないが、そこに研究所がある。戦火に巻き込まれない様に、港から山へ研究所兼工場を移動したのだ。
資源の調達は難しくなったが、戦闘に巻き込まれて生産拠点を破壊される展開になるよりずっと良い。
研究所からは、紫色の怪しい煙が、もうもうと昇っている。
何をつくっているのかは知らない。教えてくれないわけではないが、一度質問したら、マリイから何時間も解説を聞かされるはめになったから、それからは質問していない。
「タマ子、ウチの船は今の時間、訓練していたか?」
「いいえ。今は、一部の警戒部隊を除いて、すべて港にいますわ」
「うちの水軍に、あんな大きな船はあったか?」
警備のため、近くを航行している中型艦よりもふた回りは大きい。側面からは、まるでウニのように大砲の砲身が伸びている。
これは頼もしい。
「花鳥院海軍の生き残りかもしれませんわね」
「いえ、花鳥院家にあんな大きな船はありませんわ」
何か用件でもあったのだろうか、俺たちの背後にエリカが立っている
「「えっ?」」
俺とタマ子は、顔を見合わせた。
ズドドドドと、鈍い砲音が響く。
側面から、大量の砲弾が、中型艦に降り注ぐ。木製の船体は、遠くから見てもはっきりと分かるほどに、穴だらけになり、火薬に引火したのか、燃え上がり、爆発した。
「安具様!警備艦隊は劣勢!見張隊からの報告によりますと、聖王国の大型船は約20隻!小型船、多数!」
見張員が、安具の元へ駆け込んでくる。
見張台からも、警告音の鐘の音が、甲高い音を立てて何度も鳴る。
ヒュウウウウウウウウ……
風を切る音が聞こえる。
「ああ、また沈んだ。クソっ!」
海上では、砲撃を受け、虫喰いのように穴の空いた三流水軍の軍船が、廃材となって海の上を漂流していた。




