海戦の開戦
カムラで防衛戦争を続けるエリカたちだけが、聖王国に対抗している勢力ではない。
聖王国に抵抗する集団は、他にもある。
その最も大勢力が、ある大物が率いる海賊集団だ。
その大物は、聖王国に反発し、聖都メキアの面するメキア湾を海上封鎖している。そして、かつての主君筋がいるカムラへの援助も行なっている。
旧花鳥院政権の海軍には、2つの種類があった。
正規海軍と海賊だ。
正規海軍は、革命騒ぎで、壊滅した。残党はカムラへ逃げ込み、エリカの指揮下に入っているささやかな部隊である。
一方の海賊は、力を失った花鳥院家から実質的に独立しつつ、聖王国を海から締め出して、独自勢力と化している。
海賊たちのリーダーは、<海賊提督>バルディアスだ。
もともとはしがない水夫であったが、海賊としてメキメキと頭角を現し、最終的には伯爵の称号までもらった男である。
海賊といえば、略奪行為だ。
海賊提督バルディアスは、革命への反撃を兼ねて、聖都メキアへの略奪を実行した。
大砲を積んだ200隻の大型船が、メキアへと迫る。
旗艦ガルの船上では、遠く離れた向こうに、うっすらと聖都メキアの姿が見えるようになったと同じタイミングで、船員たちが、小さなボートが見えると騒いでいる。
「提督、どうしますか?」
「ふん、小船で、この大艦隊の攻撃を防げると思っているのか、聖王国は。これだから、素人相手の略奪はやめられない。ふはは……」
バルディアスは笑う。
彼は少し拍子抜けした。聖王国についた海軍関係者が、多少は艦隊を用意しているのではないかと、警戒していたからだ。そのために200隻も用意したのが無駄になったな、と思う。
この小船の群れを粉砕し、聖都メキアの沖合にたどり着けば、艦砲で地上の防御施設を破壊した後、気のすむまで略奪をすればよい。
泥仕合の内乱ほど、海賊にとって美味しいものはないと、彼は考えている。
自分たちを統制できるような強い権力は存在せず、気ままに、自らの持つ武力を振るうことができる。
「泥沼つづきの戦乱の世とは……いい時代になった」
「提督、そろそろ射程圏内に入ります。小船の群れはどうしましょうか?」
部下の声で、現実に引き戻された。
まあ、何も心配することはない。
「砲撃しろ。弾はいくらでもある。いい射撃練習だ」
ゴロゴロと大砲が動かされ、標的を定める。
準備ができた砲門から撃ち始める。
近くの船も同じだ。大砲が、船の側面から、ちょこっと砲身先が出て、火を吹く。
その度に、高い水しぶきがあがり、小船が沈む。
ひとしきり砲手が疲れるまで、撃ち尽くしたところだろうか。
ある船員が、ぽつりともらす。
「敵の数が減っていない。それどころか増えている」
遠くに見える黒い影は、大砲の音1つで、1つ消えるがそれ以上のペースで増えている。
「小船が接近してきます。提督どうしましょうか」
「ええ、小火器でも、弓でも使って追い払え!」
小船が波に揺らせ、キラリと光る船首が見えた。
「提督、それぞれの小船に衝角が、つけられています!」
小船の先端部分には、尖った鉄の先がつけられ、目標の船に食い込むようになっている。
「この砲撃戦の時代に?衝角戦だと?ふざけるな!」
「ですが、海を埋め尽くすほどの船を防ぐことは、大砲では難しいです」
「ええい。ならば旋回するぞ。この海域から脱出する」
バルディアスは、この大艦隊で遠征するためにかかった費用を考えると頭が痛くなる。
次は、何らかの小船対策をして、望まなければ。
この失敗をどう埋め合わせしようかと、考え事をしていたバルディアスは目を開く。
まだ、前方に小船が見える。オールと帆を使って、こちらに近づくので必死だ。この巨大戦艦に薄い板張りの小船で対抗しようなど、惨めな、と思う。
「おい、早く旋回しろ。撤退命令が聞こえなかったのか?」
「いえ、提督。……オレたちは、すでに旋回しています」
バルディアスは、目を見開いて、飛び跳ねるように立ち上がると、その自慢の望遠鏡で、周囲を360度確認する。
「吾輩たちが……囲まれているだと?」
200隻の大艦隊は、小さくて惨めな小船の群れに、すでに飲み込まれてしまっていた。
2時間後、旗艦ガルは大破沈没。200隻の大艦隊とともに、バルディアスは戦死した。
「かっかっか……優れた新兵器よりも、既存兵器のリメイクと生産性の向上のほうが効果的!私の理論は、完璧なのだぁぁ!!!!!」
沈んでいく大型戦艦ガルを見ながら、1人の白衣を着た男は、高笑いした。
バルディアス提督の戦死を聞き、俺は頭を抱える。
「海賊たちはこれからどうなる?」
「私のもとに、すでに一部の海賊が、帰参を申し出たと連絡がありました。
彼らの情報では、もはや海賊集団は、機能していないとのことです」
「ボスがやられても、ゲリラ戦は可能じゃないのか?」
「聖王国各地で同時に、掃討作戦が取られた模様です。各地の海賊の拠点は壊滅状態です」
エリカは、俺に地図を見せてくれる。
かつて、革命前までは海賊たちは、花鳥院家の傘下にあったので、海賊たちの拠点の一覧表を持っているのだ。
もちろん、届け出ていない拠点も多いだろうが、主な拠点は網羅してあるそうだ。
ほとんど大きなバツ印が書かれている。
小さな島は占領され、岬にある拠点は陸上から攻め落とされている。
「見事な掃討作戦だな。敵の指揮官の名は?」
「ガレッタ・デリーニです。彼は、優秀な技術者であり、優秀な軍人でもあります」
エリカの父の仇、ガレッタ・デリーニか。
ゲームでも見た覚えのある名だ。使えるステータスだったはず。
記憶にあるキャラクターということは、ネタキャラか優秀なキャラクターと相場は決まっている。彼は、後者に該当するだろう。
圧倒的な物量。
民衆からの支持。
優秀な指揮官。
聖王国は、無敵かよ。各方面にスキがない。
おまけに、唯一、反聖王国勢力が優っていた海軍力も、失われた。
制海権は、急速に聖王国に傾きつつある。
聖都メキアの中心部には、ひときわ巨大な城がある。
花鳥院家が、かつて居城としていた城だが、聖王国が接収した今は、大神殿と呼ばれている。
いく層もの水堀に囲まれ、星型の築城がなされている。
大砲対策に、低層建築の建物が建ちならぶが、どれも規模は大きい。
そのなかでも、もっとも豪勢なつくり、重厚な石造りの3階建の宮殿に、聖女セレスティアは住んでいる。
本日は、この建物の一室で、最高会議が開かれる。
「死傷者は5万人。大砲は約400門を喪失。小火器は、どれだけ失ったか不明。ひどいものですな」
兵站を実質的に握っている技術局の長官と海軍総司令官を務めるガレッダ・デリーニは、カムラ侵攻作戦の敗北報告書を読みつつあざわらう。
「デリーニ長官!
兵は、まともに訓練されておりません。特に下士官の不足が深刻です」
元貴族の陸軍中将が、反論する。爽やかな若い青年だ。
彼は、貴族出身でありながら、スティアの理念に共感して革命に参加し、花鳥院派の軍を幾度も撃破した建国の功臣である。
デリーニは、彼の自然体の優雅さがどうも気に入らない。彼の上品な口調、ふるまいを見るだけで、腹の底から憎しみが湧いてくる。
成り上がりの自分をまるで、内心では馬鹿にしているのでは?という疑念がとまらないのだ。
ちょうどいい。陸軍に巣食う元貴族どもを骨抜きにする機会だ。
デリーニは、内心ほくそ笑む。
「それに、兵器の性能も問題です。数はありますが、性能が不足しております。
そのためには、新兵器の開発とともに、精鋭部隊の創設が必要です。
この提案書をご確認ください」
この元貴族は、一生懸命に計画を立案したのだろう。
一見、合理的で、説得力のある実に優れた計画書だ。
実にいい。彼は、絶好の攻撃の材料を自分から提供してくれたのだ。
書類にひととおり目を通した後、デリーニは、いかにも真面目な、荘厳な顔つきで、発言する。
「中将。あなたは、信心が不足しているのではありませんか?
この計画書を見た限り、あなたが革命の理念を理解しているとは、到底、言えませんな」
「今後、聖王国がティーズ教を広めるためにも、革命の遂行のためにも、この計画を実施することは必須です」
中将は、デリーニに、懇切丁寧に計画を解説する。
いい軍人だ。官僚としても優秀だろう。
だが、彼は政治を知らなすぎる。所詮は、甘い夢に酔う青年貴族だ。
「精鋭部隊の育成は、特権階級の生産につながります。精鋭部隊には、当然それに見合う、地位と報酬が必要でしょう。
それでは、ティーズ教の唱える、平等な富の再分配に反します。一部の兵たちが、特権的に報酬を得ることになるのですから」
「ですが、戦いに勝つためには、必要です。
せめて、一部部隊に新兵器の装備をお願いしたい」
「ほう、中将?あなたは、聖王国軍の兵装を担当する技術局、ひいてはその長官を務める私を中傷するおつもりですか?」
「いえ、そんなつもりは……」
「聖王国軍は、大兵力で勝つのがドクトリンです。それを支えるのが、各部隊に平等に配備された兵器です。
私も、兵器の開発は十分に進めております。おかげで、革命前には弓矢すら不足していた辺境の部隊にすら、大砲が配備されるようになったではありませんか。
私はティーズ教の教義に沿う形で兵器開発を進めています。
あなたは、ただ貴族的な戦術で勝てないからと、我々を誹謗中傷するのは、やめていただきたい」
「……そんなつもりは」
「もしや中将、あなたは聖王国に貴族的主義を復活させようとしているのではありませんか?」
デリーニが目配せすると、警備兵たちが中将の椅子の後ろを囲む。
「聖女スティア様、これは讒言です!小官を処罰するのは、聖王国のためにはなりません」
中将は、上席に座って黙って話を聞いていた、聖女スティアに助けをもとめる。
実質的な宰相として、スティアの横に座るデリーニは、聖女スティアに耳打ちする。
”……貴族派のなかには、見目麗しい青年将校もおります。聖女様の近習として昼夜を問わずお役に立ちましょう。
それに陸軍に巣食う元貴族、彼らは我らに共鳴しているとはいえ、一時的なものです。いずれはティーズ教の精神に、その堕落した貴族的思想が害を与えるのは確実。
それに、5万人の同志を死なせたのは事実。
責任を明らかにするためにも、ここは厳しい処罰を……”
”……分かった。
見込みのある者は、研修所送りにせず『奥』に……”
”委細承知しております、聖女様”
聖女スティアは、目をゆっくりと開き、立ち上がる。
革命のその日から、その場の雰囲気を支配するカリスマ性は、依然、健在である。
「中将よ、本日をもってその職務を解任する。
1人の元貴族として、再教育を受けてくるがよい」
再教育研修所。
北方の刑務所を改造してつくられた収容所だ。
再教育とは名ばかりで、厳しい労働を命じられる。
「聖女様!私は、あなたの革命を信じて、家も、同僚の貴族も捨て、ここまでついて来たんですよ!
この仕打ちは、なんだ!
私がいなければ、あなたたちは、死んでるんだ!
離せっ、離せよっ!!!!」
抵抗する中将は、警備兵たちによってどこかへ連行されていった。
二度と会うことはないだろう。
彼の後任には、今の光景を、怯えるように見ていた少将を任命しよう。
彼は、小心者で、その上、元貴族という前歴付きだ。足を引っ張るほど無能ではないが、こちらに牙を向けられるほど有能でもないので切り捨てやすい人材というのも、ポイントが高い。
デリーニから気に入られたい一心で、貴族派を粛清してくれるだろう。
これで、陸軍にデリーニに逆らえる者は、いなくなった。
「後は、カリナの糞ガキを殺せば……私の野望の第一段階も終わりだな。
何もかもが順調だ……ふははは……」




