祝杯
「フレッゾ伯爵家、ジェマ子爵家、ベレトス男爵家の再興を祝して、乾杯!!!」
「「乾杯!!」」
三人は、ワインの入ったグラスを持ち上げ、ハハハ、と笑う。
「領地を回復すれば、もはやカムラしか領有しない花鳥院家に従う理由はない」
フレッゾ伯は、気分良く、ワインを飲む。
「然り然り。西方の浅倉家と、結べば、叛徒どもには十分対抗できる。北方探題職も捨て、衰えた花鳥院家は、もはや頼れん。
三流家も、花鳥院家に味方するより、我らと通じる方が得と見れば、我らを支持してくれるだろう。
我らが一度、領地を追われたのも、突然の暴動によるものゆえ。武力をもって、領地を回復すれば、革命さわぎなど恐るるに足らず」
ジェマ子爵も、何か考え込んでいる様子だが、頭のなかには、成功したビジョンが浮かんでいるようだ。
「そうだ。今回の戦いで分かった。所詮は数にたよっているだけで、敵は素人集団だ。こちらが軍の統制をしっかりとしておけば、負けることはない」
武人肌のベレトス男爵も、豪快にガブガブとワインを飲む。
テーブルの上に置かれている、チーズとステーキも、その大きな口に放り込んでいく。
「おっ、そのステーキ、おいしそうじゃん!」
どこからともなく現れたピンク髪の騎士が、テーブルマナーもなにもなく、テーブルの上に置いてあるフォークを使って、口に放り込んだ。
「わたくしのつくる料理のほうが、美味しいですわね」
「何張り合ってんだよ、タマ子」
そして、金色の長髪をなびかせる美女と、冴えない男が現れる。
「こっこれは!安具様!ここにやってこられたということは、花鳥院家ではなく、我々に味方してくれるということでしょうか?」
いち早く来客の正体を見抜いたフレッゾ伯は、うやうやしく礼をして、俺のご機嫌をとる。
「いや、味方しないよ」
フレッゾは怪訝に俺の瞳を窺う。
「では、一体どういうご用件で?」
「もう貴族はいらないんだ。訓練済みの兵隊もらうよ?」
フレッゾ伯は、優秀な人物だ。すぐさま俺の発言を理解すると、剣を抜こうとする。
タマ子は、髪の毛を一本抜いて、ひゅっと投げる。
フレッゾ伯が剣を抜こうとした右手の手首を、針金のように硬化した髪の毛が貫いた。
フレッゾ伯は、剣を落とす。
「ぐっ……小癪な……」
「ご主人様。動く標的相手に、斬る訓練しておいてくださいね。
戦場でいきなり実践すると、怪我しちゃいますから」
俺は、慣れぬ手つきで剣を振り下ろした。
フレッゾ伯は、浅く傷を負った。反撃しようとするが、関節部は、タマ子の髪の毛に貫かれ、激痛に顔を歪めている。
「ちょっと、固定しましょうか……」
太ももに髪の毛が刺さると、フレッゾ伯は地面に手をつく。
その手を、タマ子は容赦無く、突き刺す。
フレッゾ伯は地面に縫い付けられた。
「さあ、落ち着いて。この首筋ねらって、あまり力を入れず、軽く振り下ろす感覚で……」
俺が近づくと、フレッゾ伯は、意地を見せる。
手が二度と自由に動かせなくなるのも構わず、無理やりに手を、針金の如き髪の毛から引き抜いて、俺に向け剣を振るう。
力のない一撃なので、俺は少し体をそらして避けた。
けれど、剣先が少し当たって、ほっぺたからうっすら血がでる。
「ご主人様になんしてくれとんじゃあああああ」
俺の傷を見たタマ子の顔色が、真っ赤に変わり、鋭い蹴りが、フレッゾ伯の体を2つにした。
俺たちから少し離れた、テーブルでは、怯えて腰の抜けたジュマ子爵を守る形で、ブレトス男爵が、サノ姫と相対している。
「わわわ………」
「子爵どのは、ここにいてください。俺が守ります。ふんっ、護衛も付けず3人程度。屁でもないわ」
ブレトス男爵は、巨体で天井に頭を打ちそうなくらい背が高い。
筋骨隆々で、サノ姫2人分くらいの厚みもある。
ブレトス男爵は、壁に飾ってあった大剣。観賞用につくられて、常人が持てる重さではない。それを片手で、ブンブンと振り回し、サノ姫に向けて振り下ろした。
バシインと、木製のテーブルが、ひしゃげる。
サノ姫は、食事の皿を持って、食べながら後ろにジャンプする。
「もう!マナーを知らないの?こっちは、食事中だよ。野蛮な人は嫌い!」
「やかましい。この女装野郎!死ねえ!!!!」
ブレスト男爵は、横薙ぎに大剣を振るう。
先日の戦いでも、長い鉄の棒で、敵兵をバッタバッタとなぎ倒してきた。並外れた腕力を持つゆえの豪快な攻撃である。
「ひょいっとな」
サノ姫は、ジャンプする。重い鎧を着ているが、足が太くならないよう、注意に注意を重ねてトレーニングし、細さを維持したまま、内部にびっちりと筋肉が詰まった脚で、飛ぶ。
高速で振り回される鉄の棒に飛び乗ると、そのままブレスト男爵へ向けて走る。
「なっ!?」
「おじさん、汗臭そうだから、嫌い」
鉄板を入れたシューズで、ブレスト男爵の額を蹴り上げると、そのまま頭がざっくり割れて、血を吹き出した。
「この血の味はイマイチかなあ……」
ペロリと頰についた血を舐めると、サノ姫は、ハイライトの消えた目で笑った。
「うーん、一度殺すともっと、殺したくなるけど……我慢。我慢。うん?おじさん殺る?」
サノ姫は、部屋の隅にうずくまって震えていたジュマ子爵と目があった。
「降伏いたす!命だけは……」
「うーん。残念だなあ。スッキリしたかったのに」
フレッゾ伯たちの無謀な遠征計画を潰して2日。
俺はテーブルを挟んで、エリカとコーヒーを飲んでいる。
テーブルの上には、遠征計画の賛同者リストが記された書類の束が置かれている。
エリカは、事務処理は得意なようだ。
秀才タイプだ。
「それで、どのくらい賛同者はいたの?」
「ジュマ子爵が洗いざらい吐いてくれました。首謀者のフレッゾ伯以外には、上級指揮官に6人。爵位持ちですね。遠征が成功したあかつきには、広大な領地が約束されていたようです」
「空手形もいいところだな……」
「おまけに、私が遠征計画を拒否すれば、フレッゾ伯をリーダーとする貴族同盟がクーデターを実行する計画でした」
俺は机の上に置かれた鹵獲書類をパラパラとめくる。
希望的観測に基づく予測が書かれたバラ色の遠征作戦とクーデター案が書かれていた。第三者が見れば、絶対に失敗するとわかるひどい代物だ。
「フレッゾ伯は、優秀な人物だったんだろう?どうして、こんな酷い作戦を認めたんだ」
「人間だれしも追い詰められたなら、希望的観測にすがりたくなるものです。
この穴だらけのプランだって、すべてがいいように転べば、実現しないともいえないでしょう?」
「一生に一度の幸運が、100回くらい続かないと成功しないプランだ」
この白昼夢プランに乗った人物は、すぐさま逮捕された。
フレッゾ伯の部隊の下級指揮官は名ばかり貴族や平民出身者が多く、この計画を知らない者がほとんどであり、逮捕者は上級指揮官のごく一部であった。
クーデター計画への参加者たちは、フレッゾ伯たち3人組を除くと、家柄だけしか能のない連中だったので、排除しても問題なかった。
「これで味方には、怪しい動きをする勢力はいなくなった。
貴族派は壊滅した」
「そうね。この前の戦いで、戦線は膠着しているし、今のところは様子見かしら?」
聖王国軍は、先日の戦いで、大量に兵器を失ったためか、カムラを攻める様子はない。
「なあ、聖王国の工業力ってどうなんだ?前の戦いでは、旧式の火砲ばかりだったじゃないか」
聖王国は、花鳥院家の保有していた工業地帯をそっくり手に入れているはずだ。
「今の技術長官が、新兵器の開発よりも、既存兵器の量産化に力を入れているらしいです」
エリカは、かつて自分たちが建てた工場が、自分たちを殺す兵器を造るために使われているのを考えているのか、渋い表情で答えた。
「技術長官?なんだそれ?」
「聖王国での、生産系での最高地位です。ガレッダ・デリーニ、私の父を売って、いち早く聖王国での地位を固めた技術者が長官をしています」
つまり、革命でエリカの父、前当主を失脚させるのに、一役買った男か。
エリカのどこか影を帯びた表情の理由も分かる。
「ともかく、こっちから攻めることが難しい以上、こちらも防御網を構築して、カムラを要塞化するしかないか」
「そうですね。幸い、港からの補給は順調です。資材の調達も進んでいます」
「一安心だな。
俺は、トナミマチに一度帰るよ。アソノ国の様子も見ておかないといけない」
土居さんに留守を任せているので、大丈夫だと思うが、内政の様子を確認しておきたい。それにサノ姫の部隊も、一度、後方で休養をとらせた方がいい。
俺が、エリカとの話し合いを終え、帰ろうとした時だった。
ふらりと、部屋にタマ子が現れる。
「どうした?」
タマ子は、いたって真面目な顔で告げる。
「カムラ・トナミマチ間の海上ルートが遮断されましたわ」




