北方探題さん 爆誕
いきなり花鳥院家を傘下に収めた俺だが、選択肢が増えすぎて、どうしてよいのか分からない。俺の処理能力を超えてしまっている。
斜陽の名門大名家におじゃまして、タカろうと思っていたのだが、逆に不良債権のお家ごと押し付けられた形だ。
おまけに、その不良債権を狙っている聖王国とかいうメチャ強国家を相手にしないといけない。
とりあえず、ステータスオープンを使ってみよう。
<花鳥院 エリカ(かちょういん えりか)
政治 66(C) 軍事 59(C) 知力 73(C)>
めっちゃバランス型。なんでもできる優等生タイプだ。欠点もないが、特技もないステータス、器用貧乏型とも言う。
適正Cのわりにステータスが伸びているのは、内乱で経験を積んだからだろう。
不憫な子……俺に、探題職を押し付けたのは許さんがな。
俺も久々にステータスオープンしてみる。ステータスを見るのは、思考の海にダイブする感覚でめちゃくちゃ疲れるので、あまりしないのだ。
< 三流 安具
政治 15(E) 軍事 16(E) 知力 14(E)>
おっかしいなあ。低ステータスのうちは、能力値の伸びが早いはずなのに。
でも、ちょっと成長しているのはうれしい。
目指せ、打倒モブキャラ(各ステータス20)
ちなみにタマ子は、実力差がありすぎるため、いつ見ても曇ってよく分からない。
ありがとう、マイワイフ。最強かわいいぜ。
ともかく、内政に取り組む必要がある。
敗戦から引き上げてきた花鳥院軍は、ガタガタだし、革命の余波を受けて大量の難民がやってきたカムラは、混乱の極みにある。
「現状の動員力はどのくらいなんだ、エリカ殿」
「エリカと呼び捨てで構いません。花鳥院家は、三流家の傘下に入りましたから。お気遣いなく、ヤストモ様。
先日の戦いで撤退できた部隊や補充を含め、現在は、7,000人程度です。
他勢力に先んじて、雇用契約による専業兵士制度を導入していますので、農民兵を使っている他家と比べて、徴兵における領地を失った影響は少ないです」
「それじゃ、遠慮なくエリカと呼ばせてもらおう。
専業兵士は用意できても、士気はどうなんだ?」
この質問に、エリカの顔が曇る。
「大変申し上げにくいのですが、聖王国にシンパシーを感じる者も多くおり、動揺しております。先日の戦いでも、逃亡兵が相次ぎ……」
「ティーズ教の人気すごいな……」
ティーズ教。
聖王国の国教であり、聖女スティアが創始者である。
既存コミュニティの解体を推し進め、富国強兵を目指した花鳥院家が生み出してしまった劇薬。
教義を要約すると1点に落ち着く。
徹底的な再分配。
これを拒む、特権階級はギロチンにかけられた。
花鳥院家の先代当主、エリカの父は、傑物であった。
若くして国内を統一し、首都メキアを中心として、工業化を推し進めたのだ。
首都メキアに巨大な工場をつくり、大量生産で多大な利益を上げた。
けれど、急速な近代化に人々はついていけなかった。
工場や巨大農場の設立といった、近代化事業のために、村落は次々と解体され、行き場を失った村人は、都市へ流入した。
安い賃金で働かされ、苦しい生活だ。
むろん、花鳥院家も手をこまねいていたわけではない。積極的な支援を行った。が、爆発的に増加する人口をカバーすることはできなかった。
もう1つの問題は、心の寂しさだ。
村落でのコミュニティといったこれまでのつながりを破壊され、都市のなかで1人ぽつんと漂う寂しさに人々は耐えられなくなった。
貧しさと寂しさ。
人々の心につのる不満を代弁したのが、聖女スティアである。
とある工場の工員であった彼女は、人々の貧しさをみてショックを受ける。
彼女は、その独特のカリスマ性でたちまち工員たちのリーダーになった。
リーダーになった彼女の要求はただ1つ。
裕福な暮らしをしていた工場の持ち主に、利益の徹底的な再分配を求めた。
工場の持ち主は、無論断る。
他の工場に比べて、比較的良い賃金を出していてのだからなおさらだ。
工場の持ち主だって、競争に勝ち抜くために、利益を溜め込まなければならない。
工場の持ち主は、非常に善良な老紳士であった。
彼は、工員たちの貧しさにショックを受け、賃上げと待遇改善をスティアに約束した。
普通ならここで話が終わる。
工員たちの貧しさをなくすため立ち上がった乙女、その心意気を受けて待遇改善を約束する雇い主。
誰も不幸にならない世界。
けれど、スティアはとんでもない情熱家である。彼女はとまらなかった。
スティアは、この交渉でとてつもないショックを受けた。
自分たちを搾取していたのは、善良な老紳士だ。
彼女は、情熱家であるとともに、どこか俯瞰して構造を眺める目も持っていた。
善良な老紳士が、なぜ自分たちを苦しめた?
賃上げと待遇改善の知らせに喜ぶ仲間を尻目に、スティアは仕事を休み、寮にこもった。同僚たちは、交渉の疲れだろうと放っておいた。
懊悩して何回めの夜だったのだろう。枕元に、ティーズと名乗る神がいた。
そして、神託を得た。
「徹底的な再分配を行え。悩めるスティアよ、老紳士が悪かったのではない、老紳士に利益を貯めこませた、その立場が悪いのだ。神の名の下に、利益を独占する醜悪な者どもを、殺せ。そうすれば、救われる」
聖女スティアの誕生である。
彼女は、その足で、老紳士の邸宅を訪ねた。
老紳士は快く迎えてくれた。
スティアは、廊下に飾られていた調度品を手に取る。重量のある陶器だ。
応接間へスティアを案内すべく、背中を向けていた老紳士の後頭部に、陶器をぶつける。
老紳士は死んだ。
老紳士に個人的恨みはない。善良な老人として、むしろ好感すら抱いていた。
けれど、彼が人々の血肉を搾取して生み出された利益を独占していたのが悪かったのだ。
老紳士を救済したスティアは、そのまま街頭に出て、人々に訴えかける。
乾いた土に、水がしみこんでいくように、聖女スティアは、人々の心に入り込んでいった。
人々が心の拠り所を失った時に現れたシンボル。
精神世界だけでなく、貧しさ。目の前にある、現実的な困難すら解決してくれる。そのうえ、憎んでも憎みきれない特権階級を、ギロチンにかけてくれるというのだ。
支持されないわけがない。
熱狂と興奮のうずには、誰も逆らえない。
革命だ。昨日までの強者は、弱者に。弱者は強者に。
ギロチンが1つ、また1つ。
エリカの父がギロチンに送られた時、花鳥院政権は倒れ、聖王国が建国された。
首都メキアから離れたカムラの統治を任されていたエリカは、難を逃れた。処刑された父から家督を継ぎ、聖王国に対抗しているわけだ。
苦労人である。
カムラにいる花鳥院軍は、7,000人。練度はそこそこだが、聖王国のシンパが多く、信用できないという状況だ。
そもそも、大型の都市であるカムラを防衛するには、絶対的に人数が不足している。
「難民を兵士として雇おう。彼らの大半は、聖王国に反発して逃げてきた人々だ」
「こちらとしても、そうすれば彼らに働き口を与えることなるので都合は良いです。けれど、彼らのなかにも聖王国に通じる者がいるのはよろしいのですか?」
「仕方ない。内通者がいる前提で、軍を動かすしかないだろう」
「……わかりました。兵を募集します。ですが、ヤストモ様、お金はどうしましょうか。実は、傘下に入ったばかりでこんなことを言うのも申し訳ないのですが、金庫にはお金がなく……」
思ったより、花鳥院家は追い詰められていたようだ。北方探題という厄介な役職を押し付けただけでなく、領地も問題だらけだ。
黒字の優良企業を合併したと思ったら、実は赤字の問題企業だったようなものである。
エリカに帳簿を見せてもらう。
各分野赤字であり、革命前には潤沢にあった資金も消えてしまっている。
このままでは新規に兵を雇うどころか、既存の人員の賃金未払いが発生しかねない。
今そんなことが起きれば、火に油を注ぐのが見えている。
反革命派の本拠地であるカムラでさえ、革命の気配が漂っているのだ。
「三流家は、花鳥院家よりもずっと規模が小さい。軍人も官僚も給与で雇用している花鳥院家の財政を支えることは到底できないぞ」
三流家は、内乱からの復興事業で精一杯だ。支援はできない。
となると、花鳥院家の独力でなんとか財源を確保しないといけない。
「先の敗戦でダメージを受けた軍の増強は必須だ。民衆の不満を抑えるためにも、行政サービスの充実も必要。
金が必要な物はいくらでも思いつくが、稼ぐ手段が……」
俺が頭を抱えていると、タマ子がポンポンと優しく肩を叩く。
「聖王国のみなさんも、理想に燃えてますが、普通の人間ですわ。みなさん、贅沢が大好きなはず……」
タマ子の瞳は、妖艶に笑っていた。
「うひょー、儲かっちゃてしょうがないぜ」
俺は今、大幅な利益を叩き出した帳簿をまえに、ニンマリとしている。
「食料を増産したり、倹約令を発布したりしようかと考えていたのがバカに思います……」
エリカも、とまらない黒字を見て、呆然としている。嬉しさと呆れが混じった顔だ。
地位・名誉・富
出世した人間の三大欲求だ。
聖王国の幹部は、みな、革命騒ぎに乗じてのし上がった権力欲の強い人物たちだ。
この三大欲求が弱いはずがない。
革命の功労者として名誉は得た。名誉を得ると同時に、それなりのポストも得た。革命は、昨日まで雑用係だった人間が、次の日には将軍になっている世界だ。
あと1つの富。これは、聖王国では厳しく抑制されている。そもそもの建国の経緯が、一部の人間による富の独占を嫌ったものだからだ。
タマ子の提案は、単純明快。
ティーズ教の教義を守りつつ、幹部の持つ、富への欲求を刺激するのだ。
花鳥院家は、海軍力で聖王国に対し優位にある。
革命騒ぎの際に、貿易で多額の利益を上げていた海軍関係者は、財産を奪われることを嫌って、花鳥院家に味方したからだ。
交易ルートは、しっかりと確保してある。
俺たちは、大量の嗜好品を輸入した。ワイン、宝石、刀剣、高級食材……ぜいたくへの欲望を刺激するものなら何でもだ。
そして、裏ルートを通じて、こっそりと聖王国領へ流す。
闇商人には、幹部たちへの交渉の際、
「聖王国では、個人よる富の独占は禁止されております。ですが、豊かさを分け合うことは、禁止されていません。むしろ、推奨されています。
このワインですか?ええ、立派なワインでしょう。大量生産に重きをおいた聖王国では、手に入らないものです。
これは、みんなで分け合うための商品です。決して、個人で所有するものではありません。
みなさんの共有物を、幹部様が手元で管理されるだけです。そうでしょう?」と言っておく。
あくまで、個人所有ではなく、幹部が手元で管理するだけの共同所有の物。その点を強調する。
すると、どの幹部も、みんなのためだ、褒賞時に活用する、接待での必要経費だ。
なんて、購入してくれた。
人間は一度タガが外れると、とまらない。理想を追求する聖王国の人間も同じだ。
次第に、購入金額が膨らんでいった。
ここ1年間の革命で、物欲が封じられていたこともあって、爆発的に売れ続いている。ちょっとした小大名の年収ぐらいある。
花鳥院家の赤字も解消され、カムラ防衛のための資金ができた。
急ぎ、兵を編成し、3万人規模のカムラ防衛部隊が編成された。
難民兵は、革命騒ぎで聖王国から逃げてきた者が多く。戦意は高い。
密貿易の利益を投じて賃金を高めに設定したため、余裕のある生活ができ、兵の忠誠も高い。反乱防止策だ。
仇敵である聖王国のおかげで、自分たちの賃金が高くなるなんて、ちょっと皮肉な現象である。




