撤退
食料庫が燃えている。
黒い煙をモウモウと空に伸ばして、赤い火が倉庫を焼いている。
数棟あった食料庫の全てが燃えている。
火薬を使ったと思われる爆発音からして、明らかに、人為的な仕業だ。
「エリカ様、一部の部隊が聖王国に通じた模様!本陣の各所に火を放っています!」
側近が、ノックもせずドアを乱暴に開けてやってきた。
「撤退します。建物から畑まで全て焼き払いなさい」
「ですが、焦土作戦は、民に恨まれます!」
「ふっ、民心はすでに我々から離れています。聖王国に利用されないよう、徹底的に破壊しなさい」
エリカだって、わざわざ住民の生活拠点を破壊したくはない。
だが、破壊しなければ、自分の首を狙う聖王国に利用されるだけだ。
それに、花鳥院家に逆らえばこうなるぞという見せしめも兼ねている。
そこからは、言葉にするのも惨めな逃避行であった。
花鳥院軍30,000人は、逃亡が相次ぎ、ヨーク穀倉地帯を出るときには、いつのまにか5,000人程度まで減った。
道中は、地元住民の襲撃にあい、次々と生き残りの将兵が討たれていく。
エリカは、命からがらカムラまで撤退した。
花鳥院家の復権をかけた遠征は大失敗に終わった。
俺は今、カムラに向かっている。
土居さんを通じて、花鳥院エリカからの招待をうけたからだ。
三流家水軍大型船10隻が、海を進む。
港湾都市トナミマチを本拠とする三流家は、代々水軍の育成に力を入れていた。
そのおかげで、大名の規模のわりに、水軍は充実している。
最近、やっと港を手に入れた聖王国に水軍はなく、一帯の海域は花鳥院家が掌握しているため、敵もいないのんびりとした航海だ。
中継地点のナナオ島を経由し、カムラに向かっている。
視線の先には、石造りの家屋が立ち並ぶ都市が見えた。
「あれがカムラですわね。300年前に見たときには、寂れた農村でしたのに……」
1000年生きている妖狐タマ子はスケールが違う。
「今は立派な都市だね。トナミマチの上位互換かな?高い城壁に囲まれた水運都市。地方都市でこの規模だから、ラカーク半島の国力はとんでもないね」
ゲームでも、ラカーク半島は豊かな土地に設定されていた。
人口もアソノ国の5倍はいる。
この国が統一されて、アソノ国を攻めればひとたまりもないだろう。
カムラについた俺は上陸する。
すると、1人の女性を待っていた。背後には、家臣らしい人たちがいるので偉い立場にある人だろう。
すでに人払いはなされているようで、俺たちと向こうのグループ以外に周囲に人はいない。
「どうなされたのですか?」
「こちらのお手紙を、安具様に読んでいただきたく存じます」
恭しく渡された手紙を開く。
赤い封が押された四角の手紙だ。アソノ国は、巻物式のお手紙だというのに。世界観がごちゃごちゃになる。
長ったらしいあいさつや、形容詞がいっぱい入っている手紙であったが、要約するとこの一文になる。
< あなたに北方探題の職をあげます >
「……いっ、いやそれは、ちょっと」
「申し遅れました。私は、花鳥院エリカと申します。本日を持って、北方探題の職を、三流安具様にお渡ししたいと考えています」
予想外だ。
花鳥院家が遠征失敗で弱ったところに、介入しようと考えていたが、まさかこちらに丸投げするような手を打ってくるとは考えていなかった。
花鳥院家にとって、北方探題の職は生命線のはずだ。
これから、伝統派と協力して聖王国に対抗するためにも、必要な役職ではないのか?
「まさかご主人様、この事態を予想していなかったのですか?」
「……うん。いきなり切り札を切ってくるとは思わなかった」
北方探題を引き受けるということは、花鳥院家を傘下に収めるということだ。
それは、花鳥院家打倒を方針にしている聖王国との正面衝突にもつながる。
「……いや、花鳥院家と協力していけたらとは考えていますが、探題を引き受けるのは……」
「いや、遠慮なさることはありません。三流家は、帝国創設時から続く、名門。家格になんら問題はありません。すでに皇帝からの許可証もいただいております」
うげっ、このお嬢様、意外とえげつない。外堀をしっかりと埋めてきた。
皇帝の玉璽を押した命令書をうやうやしく渡してきた。
「アソノ国守護職を務める三流家の威光は、皇帝に頼る部分が大きいですわ。これを断れば、伝統派の多いアソノ国の国人領主が不満を持ちます。他国の介入をまねきかねません。受け入れるのがよろしいのでは?
一本取られましたね、ご主人様」
なんか余計な仕事を押し付けられた気分だよ……




