時計の針はもどせない
花鳥院家は、食料事情が解決するや素早く軍を編成し、反撃を開始する。
花鳥院家は、1年前に起こった革命のために、急速に衰退したが、それまでは、周辺地域最強の勢力であった。
三流家も何度も敗れ、重要拠点をいくつも奪われている。
千軍は得やすくとも、名将は得難し。
兵は失ったが、優秀な将校はまだ残っているのだ。多少の兵を得た今、将を失う前に動いた。
花鳥院エリカが、本拠地カムラから進軍したという情報が流れるや、各地で花鳥院派の勢力が挙兵し、合流する。
花鳥院軍は総勢3万人になった。小国であるアソノ国とは、スケールが違う。
「作戦目標は、ヨーク穀倉地帯の奪還です。この戦が、花鳥院家再興の嚆矢となります」
エリカが集まった将校の前で、作戦開始を宣言すると、歓声があがる。久々の攻勢に、士気はあがっている。
先日、革命に対して日和見の立場を取っていた領主を追い出したヨーク穀倉地帯は、現在、ヨーク自治領と名乗っている。
聖王国への併合を希望している。
ヨーク穀倉地帯は、聖王国と花鳥院家の緩衝地帯になっていた。
占領地域の掌握のため、花鳥院家を攻める余裕はない聖王国。
聖王国には反対だが、落ち目の花鳥院家にも味方したくない者たちが集まった、中立派のヨーク穀倉地帯。
首都メキアを追われ、カムラに逃げ込んだ花鳥院家。
この三者の均衡により、ラカーク半島は小康状態にあった。
ところが、勢いを増す聖王国を見てヨーク穀倉地帯が、聖王国についたことでバランスは崩壊。
花鳥院エリカとしては、今回の出兵により穀倉地帯を確保することで聖王国の進出に歯止めをかけ、慢性的な食料不足を解決したいというねらいがあった。
「はっはっは、農民どもの反乱なぞ、たわいもないわ」
勇ましいヒゲを生やした中年の貴族が、笑う。動くたびに胸にたくさん縫い付けてあるバッジが、カチカチとうるさく鳴っている。
(その農民に領地を追われた連中が集まっているんですけどねえ)
エリカは、ひさびさの戦勝に馬鹿騒ぎする貴族たちを冷ややかな目で見ていた。
エリカの心配とは裏腹に、遠征は問題なく進む。
花鳥院軍30,000人の前に立ちふさがったのは、ヨーク自治領軍5,000人である。
士気は高いが、士族層を全員追放してしまったため、軍としての統制が全く取れておらず、花鳥院軍にあっさり撃破されてしまった。
ヨーク自治領も崩壊し、指導者層は聖王国へ逃走した。
従来の戦争観では、完全な勝利だ。
けれど、エリカは聖王女のカリスマを、革命の熱狂を、その目でまざまざと見せつけれらた者として、不吉な予感を覚えずにはいられなかった。
ヨーク穀倉地帯の占領はすみやかに進められた。
ヨーク各地に貴族を派遣し、統治体制の整備を進めていく。
かつての領主の館を本陣代わりにして、エリカは仕事をしている。
側近が、書類を持って執務室にやってきた。
どこか曇った顔をしている。
「各村落に派遣された部隊の2割が、音信不通になっています」
「村落に向かった部隊が、2割も消えたの?」
「はい。逃げ帰った貴族いわく、地元住民に襲われたとのこと……」
「今更、貴族に用はないというわけね」
「はい。こちらが掌握している地域でも、住民たちに不穏な動きが見られます」
エリカたち、旧支配層を歓迎していないのはわかっていたが、ここまでの反発は予想外だ。
別に、重税を実施したわけではない。
むしろ人気取りのために、税を軽くし、軍役等の負担も免除している。
「実利よりも、思想の熱に浮かされているわけね……」
5月13日 一揆軍2,000人と対戦。これを撃破。
5月20日 一揆軍3,500人が、本陣を襲撃。これを撃破。
5月23日 製粉所において暴動が発生。水車6基が破壊される。食料生産への影響大。
5月26日 一部の部隊にサボタージュが発生。鎮圧するも、人質となっていた指揮官2名死亡。
6月2日 一揆軍5,000人が決起。 東部の村々に篭り抵抗中。物資の輸送に悪影響あり。
「革命前まで、花鳥院家の領地だったと思えないくらいの反発ぶりね」
エリカは報告書を見て、ため息をつく。
だんだん被害が大きくなってきているのも、気に掛かる。
正面から一揆軍と戦えば、撃破しているが、一揆軍はしぶとく何度も蜂起している。
こちらの戦費もばかにならない。
おまけに、生産施設の破壊、下級兵士を中心に聖王国シンパの言説が広がるなど、状況は悪化している。
まるで、首都メキアを追い出された時の再現だ。
バアアアアアアンッッッッンンン!!!!!!!
突然轟音が響く。
エリカは机の下に伏せた。
数瞬間あけて、窓ガラスがバリバリバリと破れ、部屋が揺れる。
「何事ですかっ!」
揺れがおさまり、安全を確認するとエリカは立ち上がり、外の様子を見る。
「食料庫が燃えている……」




