(残った領地は)先っちょだけだから!
ラカーク半島の先端部分に位置する都市<カムラ>。
古来より、貿易ネットワークの中継点として、繁栄して来た都市だ。
大勢の商業人を抱えるカムラは、富の再分配を過剰に強調するティーズ教に反発している。
革命前までは、ラカーク半島の支配者であった花鳥院家は、首都メキアを追われた後、ここを拠点として、聖王国に抵抗していた。
「食料の備蓄はどうなっていますか?」
花鳥院家26代目当主、花鳥院エリカは側近に尋ねる。ゴリゴリの金髪縦ロールに、装飾の多い立襟ジャケット、動きやすいようにズボンを身につけている。
花鳥院家に溜め込まれた華麗で優美なドレスは、革命騒ぎで全て失われ、実用重視の格好だ。
せめてもの、抵抗でお嬢様センスによる軍服の改造を行い、他の将との差をつけている。
「はい、数ヶ月分は確保できています。しかし、それ以上になると……」
「ヨーク穀倉地帯からは売ってもらえませんの?」
「ヨーク穀倉地帯は、おそらく近日中に、聖王国に編入されます。
先日、中立派の領主は追放されました。代わりに実権を握った民衆議会は、聖王国への支持を表明しています」
「なら、無理ですわね。……はあ。これで陸路は全滅ですわ。海路からは?」
「各国ともに内乱が続いている現状、他国からの食料確保は期待出ません。ナナオ島からの供給に頼るしかないでしょう」
「……ナナオ島もいつまで持つのか。怪しいですわ。まあ、姉上が裏切ることは考えられませんが」
ラカーク半島の先端部分にちょこっと残った商業都市、カムラ。
革命当初の半島北部は、もとより守旧派貴族の領地が多いこともあり、花鳥院派が多かったが、聖王国の勢いはとまらない。
北上を続け、各地の守旧派領主を追放しながら、カムラに迫っている。
中立派として、カムラに食料を売ってくれていたヨーク穀倉地帯も落ちた。
半島北部も聖王国一色に染められつつある。
花鳥院家に残ったのは、陸側三方を城壁に囲まれた港湾都市カムラとその周辺地域、カムラの沖合にあり交易ネットワークを支えるナナオ島と呼ばれる島だけだ。
皇帝一族出身であり、帝国から北方の支えとして北方探題職に任命された名門花鳥院家も滅びようとしている。
「食料さえ、輸入できれば……まだ、私は負けません」
そんな時、執務室のドアを乱暴に開いて、別の側近が入室してきた。
部屋にいた他の側近たちは、無作法に目くじらをたてるが、よほど重大事態なのか、そんな視線は気にせず報告する。
「お嬢様っ、大変です!海上に船団がっ!」
「聖王国はここまでこれるような水軍を持っていません。落ち着いて」
ここで取り乱した姿を見せれば、側近たちでも聖王国に内応しかねない。
そんな危機感から、エリカは内心は慌てているが、そんなそぶりも見せずに堂々と答える。
執務室の窓から海上の様子を見ることができるので、エリカは双眼鏡を取り出し、船を確認する。
「あの旗は、三流家のものです。聖王国ではありません」
「三流家は確か、綾野家に謀反を起こされ、滅亡寸前ではありませんでしたか?」
「亡命かもしれません。もはや名目だけとはいえ三流家はアソノ国守護職を務める由緒ある家柄。我々とは皇帝から官職に任じられている者どうしです。港に受け入れてあげなさい」
その船は、土居太陽が率いる食料を満載した船であった。
食料を積んだ船がやってくるのは、久々だ。
港では、歓声をあげて、荷下ろしが進んでいる。
ここのところ、暗いニュースばかりでどんよりとした雰囲気が立ち込めていた、街中が明るくなる。
花鳥院エリカは、港まで行くと、三流家の船を訪れた。
「代表者の方は、いらっしゃいまして?お礼を申し上げたいのですが」
「おお、こんなところまで当主様にご足労いただきありがとうございます。それがしは、三流家で執事を務めています土居太陽と申します」
船団のなかで、もっとも大きな船から、老人が降りてきた。
土居太陽。
他家にも聞こえた三流家の重臣だ。
暗愚な主君を支える苦労人とその涙そそるエピソードに、全国各地の老臣たちのあいだで隠れファンが多い。
当主の三流安具はきていないらしい。
どうやら、亡命ではないみたいだ。
「今回は食料を援助していただき、感謝ですわ。ですが、三流家もかなり苦しいと聞いておりますが、どういった趣向でしょうか?」
「おお、これは手厳しい。アソノ国の内乱は、鎮圧いたしました。それゆえ、三流家にはやや余裕がありますので、名門のよしみということで今回の援助をさせていただいております」
どういう手を使ったのかは知らないが、三流家は綾野家に勝ったらしい。
この老人の発言をまるまる鵜呑みにするわけにもいかないが、わざわざ嘘をついても利益はないので、おそらく事実だろう。
かなり割り引いて見積もっても、アソノ国の内乱は、三流家有利に進行しているくらいか?
聖王国に情報網を遮断されて、海上交易も停滞しているため、思ったように情報が入らないのが、エリカは、もどかしい。外交での会話ひとつとっても、こちらが不利になる。
「はあ、無償で食料を提供していただけるとは……」
「そのかわり、こちらとしても、今後、友好関係を深められるといいのですが」
土居の言い様の裏には、今までは仲が悪かったよね?という意味合いが含まれているのが、ありありとわかる。
父がどんな圧力を加えたのかエリカは知らないが、彼はきっと、威勢の良かった頃の花鳥院家に、煮え湯を飲まされたことがあるのだろう。
「父上の代には、武家の習いとはいえ、大変ご迷惑をおかけしましたわ。今後は、互いに過去のことは忘れて、友誼を深めていきましょう」
エリカは手を伸ばす。
土居も異議はないようで、その手を掴んで微笑む。
不安要素だった食料問題は、解決した。
それに、三流家との国交が回復したことで、トナミマチの海運ルートが通じた。
多少は、海上交易も立ち直る。
聖王国への反撃開始だ。
俺の居館では、俺、サノ姫、タマ子のいつものメンバーが集まって、昼食兼会議を開いている。
「土居さんから、お手紙が届いていますわ。カムラへ食料を輸送できたとのことです。当主の花鳥院エリカ様にもお会いできたとのこと。
大船10隻いっぱいに、穀物を積んで、無償提供ですか。わたくし、ご主人様が最初に、船を出すとおっしゃられた時には、落ち目の花鳥院家を襲撃するのかと思いましたのに……」
「バカ言え。数は少ないとはいえ、陸軍と海軍ともに、装備に優れた花鳥院家の方が強い。返り討ちにあう」
「どうしてご飯を無料であげたの?ウチだって、食料に余裕があるわけじゃないんだよぉ?」
タマ子とサノ姫は、俺の政策に首を傾げている。
愛人ポジションに潜り込み数々の女傑を堕落させてきたタマ子は、宮廷闘争には滅法強いが、外交に関しては不慣れだ。
外交交渉にありがちな、私人としての欲望と組織の代表者としての正義感が混ざっている状況は、対象の欲望に霧がかかっているように感じて、うまく見抜けないらしい。
タマ子はまだ慣れていないだけで、本気で取り組めば、誰も敵わない外交官になりそうではあるが。
サノ姫は、脳筋なので、外交には興味がない。かしこいが、外交には適正がなさそうだ。
とりあえず、よしよしと頭をなでると、ゴロゴロと喉をならした。
俺も外交が得意なわけではない。
けれど、他にできる人がいないのと、ゲームの知識で多少アドバンテージがある。
ゲームの知識のおかげで情勢を俯瞰できているのは、大きい。
俺が交渉下手なのを補っても、あまりあるアドバンテージだ。
今、三流家は「生き残り」という鉱脈を目指して、掘り進んでいる。俺はゲームの知識のおかげで、おおまかな向かうべき方向性がわかっている。鉱脈の位置を知っているのと同じだ。
鉱脈に向けて上手に掘れるか、という戦術的問題については、土居さんやタマ子に任せておけば良い。
本題に戻ろう。
なぜ、俺が花鳥院家に食料を支援したのかということだ。
「花鳥院家に負けてもらうためだよ」
「ええっ!ヤストモ様は、花鳥院家が聖王国に勝って欲しいから、支援したんじゃないの?」
「……ふふ、わかりましたわよ、ご主人様。やっぱり、その悪趣味な政策たまりませんわ。結婚して、本当に良かった……」
理解が、はやすぎる。
これだけのヒントで、あっという間に俺の政策を見抜いたらしい。
「花鳥院家は、食料問題がネックで、積極的な作戦行動にでられませんでした。ところが、三流家との交易によって、今後の食料問題が解決されました。これで、花鳥院家は大規模な攻勢に出ることは間違いありませんわね。
あとは……ふふっ。あのお嬢様が泣きついてくるのを想像すると、ちょっと興奮してしまいます」




