15.光る刃
「常識様、大変でございます。包囲網が突破され、三流軍はこちらに向かっております」
伝令の報告に常識は、歯をギリギリと鳴らす。手に持っている扇子もバキりと折れた。
「ぬう、安具の最後の足掻きか……トナミマチ攻略に失敗したとはいえアソノ国の国人衆はワシが掌握している。南部に逃れ再起をはかる」
優秀な武将というのは、引き際が優れているものだ。
軍事ステータスが高めに設定されている綾野常識も例外ではない。
三流安具が、いったいどういう手を使ったのかわからないが、自軍が敗れた以上、速やかに逃げる必要があると判断した。
「見事な判断でございますぞ。崖上の太田隊と三流軍本隊は拙者が引き受けるでござる。殿はお逃げくださりませ」
ニタニタと前歯を唇から出して、小山田景光が、常識のもとへ歩いてきた。
普段なら、自分の利益しか考えず媚びることしか能のない人間だと馬鹿にしていたが、自分を逃がすために命を張ってくれるというのだ。
常識は、彼に対する評価を改めないといけないと思う。
かたじけない、と手を伸ばした。
その時、みぞおちに何か冷たい感触がした。
「ん?」
常識は、顔を下げて自分の腹を見てみる。
白刃が、鎧の継ぎ目にぴったりと刺さっているではないか。
「小山田どの……これは……?」
正面を向いて、小山田の顔を見据える。
先程までのこちらに怯え、媚びるような顔つきは消え、口角を上げていやらしい笑、どこか焦点のさだまっていない。狂気を含んだ表情をしている。
「しねっ!しねっ!」
小山田は、先日はこれで自分の腹を切ると言っていた脇差を、自分の腹でなく常識の腹に突き刺し、傷口をぐじゃぐじゃにえぐっている。
「前から、お前が目障りだったでござる!死ね!何が正道だっ!国人領主の財布で戦争して、綺麗事語りやがってでござる!クソッ、クソッ!次は拙者がいい思いをさせてもらうでござるよっ!」
綾野常識が布陣していた本陣跡に俺はいる。
戦いの跡が生々しく残る。綾野家の家紋が描かれた旗が焼けたものが打ち捨てられ、死体の焦げたにおいが、かすかに漂っている。
目の前には、きれいな状態の常識の首が置かれていた。
小山田は常識の胴体はミンチにしたようだが、首より上は献上することも考えて傷1つつけていない。
丁寧に化粧までして、持ってきた。
油断ならない男だ。
「埋伏の毒というわけでございますよ。ご主人様」
「降伏した武将から、ここまでの適材を見つけてくるとは。もう、タマ子が大名したら?俺は、城に篭ってゴロゴロしてるわ」
「才気あふれる英雄を堕落させるのは、とてつもなく快感ですが……ご主人様は、落としがいのあるタイプではないので。
追い詰められて、ひいひい言っているのを横から見る……という新しい趣味にわたくし目覚めましたわ」
そんなこと言いつつも、タマ子は小山田景光に調略をかけておいてくれた。
人の心の機敏を見抜くのに優れた妖狐だ。どの領主が取り込みやすいかすぐさま判断し、常識のそばに送り込んでいたとは。
「まあ、それでも勝勢側から、敗勢側に寝返らせるのは、わたくしでもかなり骨の折れました。それにご主人様が、綾野軍を負かしていなければ、小山田も裏切ったかどうか。綾野が勝ったら、自分が内通していたのは素知らぬ顔で、わたくしたちの首を取りにきてますもの」
先程、従順なそぶりでやって来た小山田を思い出す。
調子が良く、いかに俺の作戦が優れていたかを力説して、俺の印象を良くしようとしていた。
おべっかだとはわかっているが、妙に愛嬌のある姿で、憎みきれない男だ。
綾野常識も、その媚びた振る舞いに、どこか油断したのかもしれない。
「今回の勝利は、ご主人様とわたくしの共同作業、ふふっ、始めての共同作業による勝利。結婚祝いということですね」
「ああ、そうだな。けれど、これでやっと滅亡の危機を回避したというだけだ。
国内の南部地域は、綾野という重しを失って混乱は続く。それに、他国の動きも心配だ」
「落ち着いたら、ハネームーンしましょうね、ご主人様」
「ああ、当分先になるだろうがな」




