14.襲撃
そろそろ厳しくなってきた。
思わずむせ返りそうな、焦げたにおいがする。矢倉や瓦礫でつくったバリケードが燃えているのだろう。
防御施設の損害も激しく、砦の維持も困難になりつつある。
部隊が孤立するのを避けるため、矢倉が燃えてしまったり、城壁に穴が開けられてしまった区画は、あっさり放棄し、兵力を本丸に集中した。
広い砦に散らばっていた部隊も、次々と本丸まで撤退を始め、ほぼ全ての部隊の集結が完了した。
総勢、1,500人。
「小隊長ども!兵を二列に並ばせろ!」
降伏して加入した指揮官たちは、俺がかつての上司である国人領主を迷いなく処刑したことで、俺を非常に恐れている。
そのため隊長たちはきびきびと兵に命令し、すぐに二列の縦隊ができた。
ライフルなんて遠距離の武器はなくて、皆、数打ちの槍や刀を手に持っている。好き勝手な格好で、統一性はない。
練度も低い。
けれど、彼らがこの世界に、速さの概念を持ち込むのだ。
俺は、人前で話したことなんてほとんどない。
この世界に転生する前だって、たまにプレゼンをした程度だ。
勇気を出して、兵たちの前に立つ。
「みんな、俺が暗君と名高いのは知っているな?」
シーン。反応はない。
つらい。
でも、みんな内心俺のことを、とんでもないダメ君主だと思っているだろう。
「俺たちを今、殺そうとしているのは誰だ!」
「綾野常識であります!」
1人、サクラで入れたおいた兵が反応してくれる。
これで一気に発言しやすい雰囲気になった。
「そうだ!よくわかっているな、さすがは三流の兵だ。綾野常識は、いくさの名手だ。俺よりも、数段上の将軍だろう」
うんうん、と頷く兵もちらほら。
ここ数日の防衛戦で、本気の綾野常識の手強さを感じたのだろう。
特に、激戦区に配置されていた部隊で、同意する雰囲気がある。
「俺たちは、今から、その綾野軍に、突っ込む!」
ざわめきが広がる。
大軍に突っ込むなんて正気ではない。
ここにいるのは、傭兵や投降兵の連中だ。目ざとく、すでに脱走の気配まで漂う。
けれど、俺は演説を続ける。
「安心しろ!俺たちには新戦術がある!負けるはずがない!」
「……けどよ、国主。あんたが新戦術とやらで、たとえ勝ったとしても、俺たちにゃ、たいして良いことないぜ。無理に大軍に突っ込んで、戦に勝っても、俺が怪我しちまえば、パアだ」
サクラを入れた効果があった。
反抗的な目つきをした傭兵隊長の1人が、鼻で笑いながら、意見してくれる。
なんだこいつ。
斜めに構えた不真面目な雰囲気を漂わせる金髪碧眼のおっさんだ。アソノ国の人間ではない。おそらく、聖王国からの流れ者だ。
「そうだな、君の言う通りだ。君の名前は?」
「名前を覚えられたら、後で殺されそうだから言わないでおくよ」
おっさんは、こちらを品定めしながら答えた。
「そんなことはしないさ。それでだ、名無しの傭兵隊長。安心しろ。大軍に突っ込むリスクに見合う報酬を用意する」
「へえ、他の大将と違って、忠義とか褒美とか、芝居がかった言い方しねえんだな。報酬、そのドライな言い方はなかなか気に入ったよ」
「ありがとう。俺も、君の捻くれ具合が気に入った。お互い気があうようだ。変人同士は、反発し合うか、惹かれ合うのどっちからしいぜ」
「なら、国主。その言葉は間違いだぜ。なんてったって、アンタは変人かもしれんが、俺は常識人だからな」
「よく言うよ。まあ、そんなことはどうでもいい。報酬の件だ」
俺は兵たちに向き直る。
大勢の兵隊が、俺の発言を待っている。
事前に発言内容も決めていたはずなのに、大勢の前に立つと緊張する。
「報酬は、身分保障だ!ここにいる全員、三流家に仕官する権利を与える!もちろん、戦の褒賞は全員に満額きっちと払う!そのうえで、うちに仕官するかどうかは決めてくれ!」
おおっ、とざわめきが起こる。
が、反応は2つに分かれていた。
仕官口が見つかって、喜ぶタイプ。
もう1つは、自由な傭兵じゃなくなるのは、お断りだというタイプだ。
「国主よお、俺は宮仕えってのは好きじゃねえんだ。だから、全然仕官先が見つかっても嬉しくないぜ?」
先ほどの捻くれた傭兵隊長だ。
他の指揮官や兵たちが、彼に一目おいていることから、それなりに発言力のある人物だ。
「傭兵隊長君、幸い三流家には、数名しか武将がいないことを知っているか?」
「そりゃ、当然知ってますよ。三流家は、どこかの誰かさまの代になって、家臣の離反が相次ぎましたからね」
「なら、わかるだろう?今、加入すれば……」
傭兵隊長は、にやりと唇を歪める。
様にはなっているが、品のない俗っぽい笑いだ。
「へえ、いきなり、重臣になれるってわけか。……まあ、普通の家なら、お断りだが、国主のアンタがおもしろそうだもんな。考えとくよ」
傭兵隊長は、そう言って踵を返すと、兵たちの元へ帰っていった。
「この戦いは、三流家の興亡をかけた一戦だ!出し惜しみはしない!前祝いだっ、食料庫を開けろ!」
俺の合図とともに、食料庫が解放され、備蓄されていた酒や菓子などの嗜好品や保存食が配布される。
兵たちはテンションが一気にあがる。
さすがは戦場、嗜好品の価値がハイパーインフレを起こしている。
「全員、食ったか!」
「「「オウ!!!」」」
「帰ったら、もう一回配るぞ!タダ飯食いたい奴は、死ぬんじゃない!それじゃ、総員、突撃!」
俺の号令とともに、総勢1,500人は、縦列に並んで、突撃した。
三流軍は突如、城門を開き、一気に飛び出す。
「国主様が、先頭だぞっ!我らも遅れるな!」
「「「「おおおっ!!!」」」
窮地に飛び込むんだ。指揮官が先頭じゃないと、兵たちも付いてきてくれない。
俺は、慣れない短剣を抜いて一番前を走る。
ヒュヒュンと頭上を弓が通過していく。
後ろの何人かが、射られた。
だが、俺たちは止まらない。
弓矢の雨をくぐりぬけ、敵陣まで達する。
敵は、全く対応できていない。果敢に立ち向かう者もいれば、逃げ出す者もいる。グジャグジャだ。
敵の数は多いが、意外と抵抗は少ない。
「死人の首を取るな!略奪もするなっ!後で褒賞はしっかり払う。このまま、敵陣を突っ切って、後方にいる綾野の本隊を攻めるぞ!」
綾野軍は、砦を取り囲むように、薄く広く布陣していた。
俺たち三流軍は、矛になって、綾野軍を裂いていく。
綾野軍の指揮官たちが、必死に兵を押しとどめ、反撃する。
「なっ、なぜ止められん!こちらの方が数は多いのだぞ。皆のもの、囲めっ、囲めっ」
「それが、1人を押しとどめても、後ろから来た敵に……ああっ、こちらに来ましたぞ!」
「ええいっ、これ以上進ませるなっ!敵の勢いを止めれば……」
綾野軍に、一筋のタテ穴が開いていく。
先頭によって、開いた小さな穴は、後ろに続く軍勢によって、拡張されていった。
タマ子は俺を守りつつ、隣を走っている。
流石は妖狐だ。息1つ切らさない。
時折、飛んでくる流れ矢も、事もなげに振り払い、立ちふさがる雑兵も一刀のもと、ザクリと2つにしている。
細身の身体だが、妖怪だけあってパワーは尋常ではない。鉄の鎧ごと敵を真っ二つにしているのだ。
一方、俺は刀を一振りするだけで、死ぬような思いをしている。
見かねたタマ子が、適度に痛めつけた雑兵を俺の前に誘導して敵の倒し方を指導してくれている。
最初は、人を斬ることに抵抗があった。けれど、ためらっていれば自分が殺される。そのため、何も考えず機械的に対処している。
俺が前線に立って、実際に敵と戦っているので、兵たちの士気も上がった。
そのまま、敵の陣地を奥深く進むが、普段の運動不足がたたって、息もあがっている。走っているだけでしんどい。
「面白いほど、敵陣を蹂躙できますわね。わたくしもビックリですわよ」
「ぜえ……はあ……当然だ。数式に直すとこちらの方が戦闘力が高いからな……」
俺は振り返る。
すると、後ろには列に並んで駆け足で、一直線に俺のあとをついて来てくれている兵たちがいる。
対する、綾野軍は、とにかく固まって俺たちの突撃を止めようとしている。
この差だ。
「やっぱり、速度だ。
俺たちの戦闘力を計算してみるぞ。
戦闘力=1/2×(兵力×指揮官の軍事ステータス×0.01)×速さの二乗だ。
俺たち1,500人は今、少し早歩き程度の速度で進軍している。仮定として時速5キロとする。俺の軍事力は13だ。この数字は、俺以外は誰も知らないけれどな。
式に条件を当てはめる。
1/2×(1,500×0.13)×5の2乗=戦闘力になる。
つまり、現在の三流軍の戦闘力は、2,437だ」
俺は、タマ子と会話しながら、どんどん進む。敵は恐慌状態に陥っており、時折、個人で反撃する程度の脅威だ。
対個人なら、妖狐であるタマ子は負けはしない。
よそ見しながら、一瞬で殺す。
「対する綾野軍はどうなのです?ご主人様の話ですと、速度は足りませんが、兵力と指揮官の能力値は高いですけど」
「綾野常識の戦闘力は、デフォルト、ああ、俺の分かる限りでの数値は82だ。多分、成長しているから85とでも見積もっておこうか」
「85!!ご主人様の6倍以上はありますよ。兵力も5,000人はいます」
「安心しろ。速度の概念で俺は勝利している。敵はほとんど動いていないから、時速1キロとでも仮定しておく。
1/2×(5,000×0.85)×1=2,125
俺たちの戦闘力は、2,437だ。こちらの方が強い」
「2,125対2,437、ふふ、発想で勝利していても、かなりの僅差ですわね。ご主人様の無才、まことの暗君で可愛らしいですわ」




