13.数式で救う、1ターン目に滅亡する大名
東と西から来た綾野軍を撃破した俺は、急いで南の砦に向かった。
すると、全裸のおっさんが指揮を執っていた。
「おう、大将!久しぶりだな。むっ、敵をやっつけて、少しはいい男ぶりになったじゃねえか。修羅場をくぐると一味違う。男児3日会わざれば、うんぬんだな」
軍配をぶらんぶらんさせながら全裸おっさんは、俺の肩をポンポンと叩く。
誰だ、この人。
ボンッ
突然、おっさんが白い煙に包まれる。
すると、超絶kawaii美女タマ子が現れた。おっさんはどっかに行った。
「恥ずかしかったぜ。いや、恥ずかしかったですわ。やっと、クールタイムが終わりましたの」
タマ子は、その白い柔肌の顔を真っ赤にして、両手で隠す。中身のおっさんメンタルが隠し切れていないのもかわいい。
「ご主人様、三層ある城壁のうち、二層は陥落。今は、即席でつくった空堀と残る一層の土壁で耐えています。が、落城も時間の問題でしょう」
タマ子と俺は天守に登って、砦の状況を見る。
この南の砦は、トナミマチとアソノ国南部を繋ぐ街道を、川の流れを塞きとめるダムのようにふさぐ形で建設されている。
関所が、要塞となったスタイルだ。
幸か不幸か、綾野軍は砦を迂回できずに、正面から攻めている。
矢倉に登って、見渡してみる。
綾野軍は、砦を包囲して、全方位から攻め立てている。
防衛側のこちらは、人数が足りず、どの部署も守りが薄い。
よく防戦しているが、1人、また1人と倒れている。
「ご主人様の援軍と城兵を足し合わせても、1,500程度。5,000人いる敵の3分の1以下です。どう考えても不利ですわね。どういたしますか?」
俺は、よく敵を観察する。
そして、確信した。
「数式を使おう。そうすれば、勝てる」
俺は、文系だ。
今、「数式を使おう」なんて、キメ顔で言っちゃたけど、高校時代は数学で赤点まみれだった男だ。マルコフ連鎖?微分積分二次関数?よくわかんにゃい。
中学レベルで行こう。
「運動エネルギー = 1/2 × 質量 × 速さの2乗」
運動エネルギーを求める公式だ。
Σやベクトルなんて出てこない。
この公式をかのナポレオンは、愛用し、連戦連勝したと、昔聞いたことがある。
この単純で文系にも物理の奥深さと楽しさを教えてくれる美しい数式を、この戦略ゲームがベースとなっているこの世界風にアレンジしていく。
運動エネルギーは、戦闘力程度に訳して問題ないだろう。
質量は、兵力とでも訳すか。
確か<ランセ・トウイツ>では、ユニットの強さは「兵力×指揮官の軍事ステータス」が基本のはず。他にも、地形条件や士気、武将の相性、兵科適正等の諸条件があるが、抽象化のためにも、今回はスルー。
ステータスは、最善の答えに対し何パーセントの力を発揮できる才能を持つかという指標だ。攻略本に書いてあった。
軍事52のサノ姫なら、100人を指揮して、52人力。
俺なら、軍事13なので、100人を指揮して、13人分の力を発揮する才能があるということになる。87人どこ?
話が逸れた。
運動エネルギーの公式を、この世界に落とし込むと以下のようになる。
「戦闘力 = 1/2 ×(兵数×指揮官の軍事力)×速さの2乗」
多分、抜けはいっぱいあるが、概ねこの認識で問題ない。
戦場の霧を考えると、このぐらいおおざっぱな方が使いやすかもしれない。
下手に条件を多くして、判断を惑わせることはない。
「ご主人様は、戦とは兵力のぶつけ合いではないとお考えで?」
「最終的には、兵力のぶつけ合いになるだろう。だが、綾野のいくさを見るに、速さの概念が欠けている」
矢倉の上には、俺とタマ子しかいない。
俺はとなりに立つ、タマ子に体の正面を向けると、その瞳をじっと見据えた。
「実際、俺の軍事指揮をどう感じる?」
「正直に言わせてもらうと、素人ですわね。頭ではやりたいことが浮かんでいても、兵に伝えるやり方がわかっていないと感じます」
「ははっ、手厳しいな」
まあ、確かにタマ子の表現は適切だ。
転生前の俺は、戦略ゲームは好きでも、軍事的な訓練を受けているわけではない。プロスポーツのファンが、いきなりスタジアムに放り込まれたのと同じだ。頭で考えていても、動作が洗練されていない。
おまけに、この体の前の持ち主は、武芸も嫌いでまったく訓練していない。個人的武技も欠けているし、肉体的にも貧弱だ。
「俺は、皆に比べて、無能な大将だろう。けどなそれは戦術の話だ」
「ご主人様は、何をしても不出来なところが可愛いですのに……」
妖狐特有の、愛する者を甘やかして堕落させたいという欲望が一瞬、タマ子の顔から見えた。が、次の瞬間には消えていた。
最強の味方だけど、油断ならねえよ、このおっさん。
「ここだけの話だがな、タマ子。俺には、ステータスという人の才能を見抜く力がある。……信じるか?」
「信じますよ。どうりで、わたくしをただの全裸おっさんだと思わずに対応したり、一見するとただの変態狼藉者としか思えないサノ姫をあっさり登用するわけです」
「そのステータス。実は俺、どれも最低値なんだ。多分、全国の大名で一番低い。どのくらい低いかというと、そこらへんの雑兵の方が高いくらいだ。成長率も最悪だ」
「へえ、わたくしは、そんな暗君と夫婦になったわけですか。これまで、わたくしと、お付き合いした方は、皆、名君と誉れ高い女傑ばかりでしたのに」
「知ってるんだぞ。おっさん時代のお前と付き合ったやつ、全員、途中で暗君に変貌してるじゃないか」
「ただわたくしは、恋に生きただけで……それに元々、暗愚と名高いご主人様は、わたくしに堕とされる心配は不要かと……」
「痛い指摘だなあ。まあ、それでだ。その暗君の適用範囲は、戦術レベルにとどまるらしいぞ」
<ランセ・トウイツ>でステータスが作用するのは、戦術レベルでのみだ。
例えば、浪人を登用するには、政治と知力のステータスが物を言った。けれど、誰を登用するのかは、プレイヤーが決める。ステータスの影響はないのだ。
「俺は戦略でこの世界を変える。才能で、全てが決まる世界を終わらせるんだ。天才の時代を終わらせる!」
「ふふっ、ご主人様は、今までお付き合いした女傑たちとは、また違う方向で面白いですわ。もしかすると彼女たちより、天才かもしれませんわ。……天才が天才の時代を終わらせるのですか、ふふふ」
「元カレ、いや、元カノか。どっちでもいい、元のパートナーと比べるのはよしてくれ」
「あら?嫉妬ですの?」
「嫉妬は戦略的にありえない。俺は恋の軍師だからな」
「意味不明の口説き言葉、戦術的には敗北ですわね……」
フリジア山脈の険峻な細い山道を、騎馬隊が通過している。
不安定な足場をものともしない。練度の高さが窺われる。
「いいねっ、みんな!前回と同じだよ。敵の本陣が見えたら突撃。それまでは、静かに隠れておくよ」
崖の下に見えるのは、フリジア山脈唯一の街道。
綾野家の後詰部隊が、のんきに歩いている。
木々に隠れているおかげで、崖側からは街道の様子が見えるが、街道からは、崖側の様子は見えない。絶好の奇襲ポイントだ。
絶好の奇襲ポイントなら、敵が警戒しているだろうって?
そんなわけはない。
細い山道を騎馬隊が通り抜けられるわけがないのだ。普通はそう考える。
だが、サノ姫と、男の娘の魅力にとりつかれ狂信的に崇拝する取り巻きたちは、険しい道など問題ない。練度、そして覚悟が違うのだ。
サノ姫は、元気いっぱいに馬から降りると、安具に用意してもらった弁当を開いた。
先日、ハンバーグとポテトフライという料理をたべさせてもらってから、サノ姫はそれに夢中だ。ほっぺたの周りをケチャップで赤色に染めつつ、お弁当を食べる。
静かな森の中で、ピクニック。
ああ、平和だ。
これから殺し合いをしなければ。
サノ姫は、ご機嫌でお弁当を食べ終わり、草むらに寝転がってのんびりする。
しばらくウトウトしていたが、突如、その可愛らしい目を見開き立ち上がった。
「足音の数が増えた!常識の部隊かもしれない。みんな、準備だよ!」
サノ姫は、馬に飛び乗ると、街道を見つめる。
立派な旗が何本も掲げられた部隊が街道を通過している。他の部隊と違って、周りを騎馬武者がかため、歩兵たちも密集している。
間違いない、大将クラスがいる。
サノ姫は、肉食獣のように八重歯でくちびるを噛んで、不思議と湧いてくる笑みを抑える。
下腹部が膨張してくるのは止められない、防御パッドが一箇所盛り上がっている。
戦いの前はいつもこうだ。
待つ。引きつける。
どんなに凶暴な肉食獣でも、自分の攻撃圏内に入るまでは、忍耐強い。
きっと、未来を予想しているからだろう。
自分が、快楽の赴くままに、嗜虐心の誘うがままに、相手を蹂躙する姿が見えているのだ。強者であろうと関係ない。最後には、自分の足元に、媚びるように屈している姿が、見えている。
サノ姫は、我慢する。
ハアハア、と次第に興奮で息が荒くなってくるが、我慢した方が最終的には気持ちがいいのだ、と自分に言い聞かせる。
特に警備が厳重な部隊が、騎馬隊の攻撃圏内に入った。その厳重な警護の中心に、綾野はいるのだろう。
刃が届く。
そう確信すると、サノ姫の体がゾクリと震えた。
「全騎、突撃だよぉぉぉ!!!!!」
「「「「うおおおおおおおおお」」」」」」
「常識様、崖から騎馬隊が駆け下りてきます」
近習が告げる。
「ふんっ、タネが割れてるのに、同じ戦法とは。安具はやはり暗愚よのお」
小山田景光の報告により、東西から侵攻した部隊は、総指揮官の部隊を奇襲され、敗北したことが分かっている。
兵力に劣る三流軍としては、斬首戦術くらいしかできることはない。東西両軍を敗走させた斬首戦術は恐ろしいが、手段が分かっていれば、別に怖くない。
逆に、三流軍は、唯一保有している騎馬隊という切り札をさらしているのだ。
三流軍に一本残った牙を、ここで完膚なく叩き潰してやると、常識は意気込む。
崖を見ると、300騎の騎馬だ。迫力はある。
けれど、それだけだ。
「歩兵は、防馬柵を立てろ!間から槍を突き出すのも忘れるなよ。弓隊、事前の打ち合わせ通りに、部隊ごとに分かれて動け!。矢は十分にある。一瞬も矢の雨を切らすな!」
歩兵が、準備していた竹製の防馬柵を並べる。
そして、三組に分かれた弓兵たちが、交代交代に弓を放つ。
サノ姫は矢の雨が、自分たちの進路方向へ向けて降り注ぐのを目にした。手綱を引き寄せて馬を止めて、近くにあった地面のくぼみに移動する。
「ちぇっ、みんな!馬から降りて!馬を盾にして、弓の準備!」
ヒュンヒュンと戦場に、矢が乱れ飛ぶ。
功を焦って飛び出した者は、例外なく射られて、互いの陣のちょうど中間地点に倒れている。
誰も助けにいけない。むなしく、苦痛に滲む呻き声をあげている。
弓兵の数は綾野側が多く戦いを優位に進めているのだが、遠距離攻撃だけでは、決定的な打撃を与えることができない。
もし接近戦を挑めば、たちまちサノ姫は馬に乗って騎馬突撃をかけてくるだろう。
防馬柵の後ろから、ちまちまと弓をいかけることしかできない。
「まあよい。これで、安具は、虎の子の騎馬隊を無為に消耗していくのだからな。矢はいくらでもある。遠慮せずに射ろよっ!特に馬を狙え、騎馬を消耗させろ!」
常識は、にんまりと笑みを浮かべた。




