11.初陣
俺の初陣は、あっけなかった。
サノ姫が、敵の大将を討ち取った後は、浮き足立った敵軍に突入するだけでよかった。
サノ姫に比べると、自分がうまく指揮できていない感触はある。指揮もきっちり伝達できているわけでもなし、自分の指揮が適切かどうかも分からない。
突撃の際、兵の反応も悪かった。
これが軍事力13の実力だ。
まあ、いい。ゲームではステータスは成長するものだったし、ここはゲームじゃない。現実だ。ステータスがどこまで意味のあるものかも分からない。
今、俺の眼前には、縄でしばられた10名の武将が立っている。
全員が、綾野家に従っていた国人領主だ。
「申し開きはあるか」
「……いえ。なにとぞ、寛大な御処分を」
ステータスをチェックするが、30〜40程度の低い者もいるが、60近い能力値を持つ優秀な者までいる。
普通の大名なら、降伏を受け入れ自軍に編成するだろう。ゲームで同じ場面なら、処刑せずに登用するところだ。
だが、俺は暗君だ。暗君らしく、振る舞おうじゃないか。
「全員、処刑しろ。お家は取り潰しだ。領地は当家が接収する。サノ姫、介錯してやれ」
「ハーイ、了解だよー。介錯付きなんて、安具様は優しいね!」
サノ姫は、元気よく長剣を抜く。
それを見て、本気だと国人たちは理解し、真っ青になる。
「そっ、そんなことを。国主様、お考え直しください!我々がいなくなれば、どうやって領地を治めるというのです!民は、制御不能になりますぞ」
1人の国人は、たまりかねて叫んだ。彼らは、厳罰を下されることはあっても、自らの処刑、それどころかお家取り潰しは予想していなかった。
これまでの内乱でも、国人衆は降伏すれば許されていた。地元住民と密着している彼らを殺せば、税の取立てなど到底不可能になる。その領主の地元住民からの人気が高ければ、反乱すら発生する。
今回も、彼らは戦場で死ぬことはあっても、降伏が許されないなんてことは考えていない。
「お待ちください、国主様。我らの他にも、この国には、大勢の国人衆がいます。ここで我らを殺せば、彼らは必死になって抵抗します。これは国主様の損になりますぞ」
なかなか言うじゃないか。と、俺はほくそ笑む。だけど甘い。
「想定内だ。コウモリばかりする国人領主どもはこの国にはいらん。俺が駆除する」
俺の宣言に、国人領主たちは顔を真っ赤にした。青になったり、赤になったり忙しい連中だ。
「アソノ国を地獄に堕とす蛮行ですぞ!」
「三流安具は、暗愚とは誠であったかっ!」
「口惜しい……降伏などするのではなかった……」
10個の首が入った箱が、俺の眼前に置かれている。
血なまぐさい空気が、鼻につく。
その様子を見て、ガタガタと歯を震わせているのは、降伏した部隊の指揮官たちだ。今朝までの上司が首だけになっている。ビビらない方がおかしい。
「処罰は済んだ。俺は、軍紀に基づいて、造反者を処分しただけだ。気分次第で殺すなんてことはしない。俺は暴君ではないからな」
コクンコクンと頷いている指揮官たち。絶対、本心では「暴君め、ファックだ」と思っているだろう。
「君たちが我々に従うというのなら、そのままの地位で受け入れよう。ただし、領地は全て没収だ。その代わり、同程度の賃金を支払う。
その条件が不満なら、ここを去っても構わない。また、戦場で会おう。次は、こんな交渉などないけどな」
何人かの視線が、俺の隣に立っているサノ姫に向いた。彼女の血濡れの剣を見て、すぐに目をそらした。
この日、綾野家東方侵攻軍の生き残り1,000人が、軍に編入された。
戦いでは、勢いがついた側を止めるのは至難の技だ。
それも長年、勝利を味わっていなかった三流軍は、大いに士気が上がっている。
編入された部隊も、かつて上司だった国人領主のように殺されたくはないという恐怖。
それと、今なら功を挙げれば死んだ領主のポジションを自分がもらえるのではないかという功名心。
この二つの感情が混じりあって、結果としては、果敢に戦っている。
西方から侵攻してきた綾野軍3,000人も、あっさり撃破。
捕まれば処刑されると恐怖した国人領主たちが、我先にと逃げ出して戦線が崩れ、綾野軍は潰走した。
逃げ遅れて孤立した国人領主の部隊は、領主の助命を条件に部隊の引き渡しを交渉すると、簡単に承諾してくれた。
東方侵攻軍の国人領主を全員処刑したのが、効いている。
問答無用で処刑というとんでもなく厳しい条件が先に刷り込まれているので、領主たちも何か自分たちが交渉に成功して良い条件を引き出したと、錯覚を覚えていたみたいだ。
実際には、とんでもなくひどい降伏条件から、ひどい降伏条件に変わっただけなのだが。
これで、三方向から迫っていた危機は、あと一つ。
綾野常識は、長く続く攻城戦に苛立っていた。
こちらは5,000の部隊を率いているのだ。どうして、500人もいない砦に苦戦しているのか。
「おおっ、常式よ。お前のためにも必ずや、三流家を滅ぼしてみせるぞ」
タマ子の策略で送り返された常式の骸骨を、常識は愛おしくなでる。
毎日、毎夜、武者たちが、砦に攻めかかる。
けれども一向に砦は落ちない。防御施設にも深刻なダメージは入っていない。ただ雑兵の死傷数だけが増えていく。
妖狐タマ子の本領発揮だ。
彼女は、現場指揮官の男たちを惑わし、指揮系統をめちゃくちゃにしている。
物欲の強い者には、贈り物漬けにして、攻撃を手加減してもらった。欲望を見抜くに敏な妖狐である、欲望が満足するギリギリのラインで贈り物を続けることで、賄賂の欲しさのあまり、情報すら漏らしてくれるようになった。
賄賂になびかない堅物には、身体を許さぬ範囲内で、籠絡にかかった。おっさん時代、数々の女傑を籠絡してきた妖狐としては、たわいもない。
色香に惑わされた指揮官は、交渉という名の逢瀬と文通を楽しみにするあまり、落城でこの恋しい日々が終わることを恐れ、攻め手の手を抜いている。
タマ子としても、夫の出張中にカジュアルな不倫を楽しむ奥様の背徳感を味わえたので、恋愛ごっこは楽しかった。
その上、タマ子があることないことを、賄賂組にも恋愛ごっこ組にも吹き込んだため、両者で同士討ちが起きる始末だ。
タマ子と通じていることは、言えないので、綾野にはただの喧嘩で報告したようだが。
指揮官がズブズブで、雑兵たちの士気も上がるはずがない。
塩漬けの首を送られ、息子の死を確信した常識は、最近、塞ぎ込むことの多くなり、前線の見回りの回数が減っている。
そのため、攻城ごっこという茶番が続いているのに、常識は気がついていなかった。
けれども、そんな緩んでいた雰囲気も、1人の武将が陣所に駆け込んできたことで、終わる。
その男は、マゲもほどけて、左右に長い髪を揺らし、鎧もヒモが緩んでダルダルになっていた。
小柄な身体に、どこか愛嬌を感させる仕草で、近習に告げる。
「常識殿にお目通り願いたい!拙者は、西方軍に参陣していた小山田景光でござる!」
小山田景光といえば、アソノ国南部に領地を持つそれなりに名の通った国人だ。供も連れないでやってくる人物ではない。
ただの伝令役なんて、務めるはずもない。
「おおっ、これは小山田殿、いかがなされた。これっ、小山田殿はお疲れの様子、水と軽食を出せっ」
常識の命令で、近習が水とおにぎりを渡す。が、小山田は水をいっきに飲み干すと、明らかに飢えている様子にもかかわらず、おにぎりに目もくれず、慌てた様子で口を開いた。
「常識殿、東方軍と西方軍は撃破されたでござるっ!拙者も、命からがらここまで転進してきたわけでござる」
「まっ、まことか?兵力はこちらの方が、段違いに多いはずだぞ」
「太田サノの騎馬隊が奇襲をかけ、混乱したところを三流安具が率いる本隊が突撃する兵法により、東西両軍は壊滅でござる。
拙者も力及ばず……せめて、戦況を伝えねばならぬと思い、常識様の陣までたどり着いたという次第でござる」
小山田は、近習から手ぬぐいを借りると、汗をぬぐって、服装を整える。
キリッと目を細め、覚悟を決めた様子で腰に手を伸ばす。
「もはや、拙者は、お役目を果たしたでござる。常識様のご期待に応えることができず申し訳ありませぬ。このたびの敗戦の責任は、拙者が腹を切って……」
小山田は、脇差を抜いた。
「待たれよ、小山田殿!早まられるな」
「お止めにならないでくだされっ」
「小山田殿は、勝利への情報を持ってきくれた。東西両軍が敗れたのは惜しいが、三流家を滅ぼすことができれば、なんら問題はない」
「……どういうことでござるか?」
「すでに、安具の手の内は分かったということよ。大手柄じゃ、小山田殿。戦勝のあかつきには、褒賞は期待して良いぞ。ふははは……」
ここ数日、息子の戦死の他にも、進展のない城攻めの戦況もあって、欝屈としていた常識であるが、今後の展開が見えたとあって、元気になる。
「これより、私が直接城攻めの指揮を執る!者ども、勝利は近いぞ!」




