10 .困難は分割せよ
勝利条件を確認しよう。
綾野にとっては、三流家を滅ぼすこと。
俺たち、三流にとっては、トナミマチを守りきること。唯一の拠点であるトナミマチの失陥イコール滅亡だからだ。
ここはゲームの世界じゃない。
俺には妙なステータスが見えるが、それ以外はすべて前世と同じだ。
ゲームで選択できるキャラクターにとらわれ、参加プレイヤーは、俺と綾野の2人である。そう考えていたからダメだったのだ。
アソノ国覇権争いのプレイヤーはもう1人いた。1人という言い方は、ふさわしくないけど。集合体とでも、表現するのがよい。
三人目のプレイヤーは、国人領主。
彼らの勝利条件は、一つ。自らの利益を戦争を通じて増やすこと。
今は、綾野に従っているが、それは彼らは、綾野につけば利益を得られると考えているからだ。
俺が勝つには、国人領主と綾野の結びつきを破壊してしまえばいい。
国人領主の欲望は?
まず相手が何を大切にしているのかの分析を始めよう。
「ずばり、それは自分の命でしょう」
タマ子は答えた。
「そりゃそうだけど、そんな身も蓋もないことじゃなくて、領地やお金みたいな部分を俺は言いたかったんだけど……」
タマ子は笑う。
「ふふ、ご主人様ともあろうお方が。長期的に利益を得られることがわかっていても、勝利が確約されていても、その場に生きて存在しなければなりませんもの。死人に、領地や金銭は必要ないのでは?」
タマ子は、片頬をわずかに吊り上げる。
「人も家畜と同じです。家畜を躾けるには、恐怖を擦りこめば良い」
「どうやってだ?俺たちより大軍、主人より屈強な家畜にどうやって恐怖を刷り込むんだよ。躾ける前に命がなくなる」
「あら、そのために、あの去勢をしていない狂犬を飼い始めたのではなくて?」
タマ子がさわさわと俺の背中をさすり、ふっと耳に息を吹きかける。ゾクッとする。
「わたくしは、南の砦の守備に回ります。ご主人様は、狂犬と一緒にお散歩に出かけてください」
「守兵はどれだけ連れて行くんだ」
「わたくし1人で十分です。トナミマチの兵力は全てご主人様が使ってください」
「死ぬなよ。それに、防衛は大丈夫か?」
「ふふふ、砦の防衛より、わたくしの心配が先で嬉しいですわ。それにね、ご主人様……」
タマ子が、ズイっと近づいて、正面から俺の瞳を見据える。
「わたくしは、傾国の妖狐ですよ。任せてください」
太田介貞は、綾野家の重臣だ。
彼は、東方侵攻軍2,000を率いて、汚名返上に燃え上がっていた。
介貞は、綾野家に仕えていることを誇りに思っている。
綾野常識は、この乱世に生まれた英雄だ。アノソ国を外敵から幾度も防衛し、乱れた世を正そうとしている。守護という責任ある立場にありながら、酒浸りでろくに公務を務めない三流安具とは正反対だ。
そんな素晴らしい主君に、牙を向ける者がいた。それも我が一族からだ。
分家の太田サノが、東方侵攻軍の大将であり、常識様の息子である常二様を殺害し、逃亡した。
常識様は、私を代わりの大将に任命し、汚名返上の機会を与えてくれた。慈悲深く、思慮深い判断だ。
サノは、自分のことをサノ姫と名乗り、普段から女装して乗馬している奇人である。
成長するにつれ、まともになるだろうと思っていた自分が愚かであった。
ダッダッッダ……
地面が擦れる音だ。
見れば、見慣れたピンク髪、ドレス風のフリルの形をした防具の付いている鎧を着たサノが、林から飛び出してきた。
道端の草むらに姿を隠していたのだ。
2,000人の軍勢のど真ん中だぞ、ここは。そんな軍勢の真ん中で、こいつは数名で奇襲をかけようというのか。
救いようのない狂人だ。
「やっほー、スケサダ大伯父さん。元気?」
「ええぃ、者ども、取り囲め!敵は数人、恐れるなっ!」
介貞の指示に従い、供回り衆が、さっと槍衾を作る。槍衾から外れたものは、その後ろから弓を構えた。槍と弓で二重の防御網、奇襲を完全に封じた。
「射かけろぉぉっ!!!」
矢がサノに向け飛ぶが、サノがその長剣を一振りすると、全て払い落とされる。
「ここは、私にお任せを」
1人の壮年の男が出てきた。鉄砲という、最近普及し始めた武器の名人で、護衛に雇い入れていた1人だ。
彼は、長い筒を構えると、サノに向けて撃つ。
ドゴンオオン
と馬が驚いてしまうほどの音が鳴り、煙が上がる。
サノに、鉛玉が命中したようで、上半身が、馬の後方へ仰け反って倒れている。
死んだか?
「……ドレスの鎧に穴が空いちゃったよお。せっかく、安具様が、ボクに作ってくれたのにぃぃぃぃぃっっ!!!!!!」
あの細身の体に、どれだけ屈強な腹筋が埋まっているのだろう。
サノは、ばね仕掛けの人形のように、すぐさま体を起こす。
馬上でできる芸当ではない。馬に振り落とされないよう、ホールドしていた下半身の筋力も尋常ではない。
サノは、振りかぶると、えいっと可愛らしい声を出して、長剣をサイドスローで投げる。
クルクルと回転しながら、槍衾をなぎ倒し、供回りの兵隊を真っ二つにする。勢いはまだ衰えず、そのままっ鉄砲名人へ、飛ぶ。
「ひっ、来るなっ」
鉄砲名人は、銃を盾にしようとするが、頼みの銃は回転をしている長剣に、弾きと飛ばされ、あえなく槍兵と同じように、二つの肉塊に変わった。
そのまま回転する長剣は、半円を描き、ブーメランと同じ軌道で、持ち主の元へ戻った。
「はうっ、少しはすっきりしたぁ。あとで安具様に修理を頼もっと」
お気に入りであろう鎧の傷を気にしているサノの馬下では、血まみれの惨状が広がっているが、それを気にする様子はない。
「この狂人め……我が一族の恥さらしがっ。そんなに人を殺して楽しいかっ!」
介貞の問いに、数瞬間、ぽかんとしていたサノだが、満面の無邪気な笑みで答えた。
「うんっ、楽しいよ!屈強な人がねっ、かよわいボクの足元に転がっているのをみると、なんだかおまたがムズムズするんだ」
股間部分の鎧のカップだけが、妙に盛り上がっている。
「きっ、貴様っ、同族の太田一族に仕える忠義者を殺して興奮だと?恥ずかしくないのか?」
「同族?忠義?ボク、難しいこと分からないから。ごめんね、大伯父」
貞介は、太田本家に伝わる名刀を抜いた。
「この刀は、初代様より伝わる名刀っ、綾野家に逆らう不届きものを誅してきた刀だ。サノ、貴様もサビの1人に加えてやる」
「ボク、迷信とか信じないタイプだよ。ただの古臭い刀じゃん」
貞介は、初代様からの姿を脳裏に思い浮かべ、祈る。目の前の、邪悪な存在を、自分に斬らせてくれと。
サノもこちらに馬を走らせて向かってきた。
今は、細かい技量なんて関係ない。強い正義の思いが、貞介に立ち向かう力をくれる。
「うおおおおおおっ、破邪あああああああ」
気づくと貞介の目の前には、サノの顔があった。
やった勝ったのだ。正義は勝つのだ。
ふははは、謀反者サノは、私が誅したのだ。
「さあ、みんな。逃げるよ」
不思議だ、討ち取ったサノが喋っている。
「うわっ、汚い首だなあ。安具様は、戦果報告だけで良いらしいから。やっぱり、捨てとこ。ぽいっと」
私の体が宙を舞う。そして、泥の中にぼたりと落ちた。
ああ、眠たいな。勝って、私は安心したのかな。
いかんいかん、まだ正義の戦いは道半ばというのに。まあ、少しくらい一息ついてもいいか。
貞介はまぶたを閉じた。




