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28話 過去と呪い

 僕は夢を見ている。最悪の出来事……消える事のない過去の記憶。


 楽しかった家族での食事中に襲って来た悲劇。


 平和そのものだった空間を壊したそれは、遊び半分で僕の家族を殺しに家に侵入してきた男達だった。笑いながら親を1人づつ殺し、恐怖で泣き叫ぶ僕と妹の反応を楽しんでいた。

 男達は子供の目から見ておじさんと呼んでも良いぐらいの年齢で、僕が何をしても刃向えない力の差を見て感じている。


 何故こんな事に巻き込まれたんだ。僕達が何をしたんだ。僕は訳が分からなく、動かなくなった親の死体を見てそう思う事しか出来なかった。


 残されたのは僕と妹。次は僕の番かと思うと、怖くて震え、漏らし、そして泣きながら叫び続けた。



「そうだ。お前は殺さないで残してあげるよ」


「え!?」



 そんな僕を見て、犯人の男の1人がそう言う。だが、死の恐怖で頭は混乱しており、その言葉の意味を理解しきれずに戸惑ってしまった。



「その変わり……」



 男は醜い凶悪そうな笑顔を見せて妹の脇を持ち上げて、強引に立ち上がらせて僕と引き離した。



「君の手でこの子を殺すんだ」



 言っている意味が分からない。



「な、何を???」



 僕が……妹を殺す? そんな事が出来るはずがない。


 しかし1人の男が突然発案した内容に、犯人達全員が面白そうに同意した。そして一向に行動に出ようとしない僕の手に強引にナイフを握らせ、押さえつけられたままで体ごと妹の方に向かわされる。



「嫌だ! こんな事はしたくない! 僕じゃなく、妹を助けてください!」


「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん!」



 妹も怖くて泣いている。本来なら膝に力が入らず立っている事も不可能なのだが、男によって強引に持ち上げられている状態の為、逃げる事も出来ない。



 僕は一生懸命に懇願した。妹を刺したくなんかない。1人生き残らせてくれるなら、僕じゃなく妹をと。

 だが、そんな僕の願いは聞き入れてくれる事はなかった。それどころか、その反応が見たかったようで、益々笑い声が大きくなり表情が悪魔のように歪んでいく。


 徐々に近づいて行く2人の距離。僕は精一杯抵抗したが、少しも止まる事はない。



「嫌だ! やめてください! お願いですからもう止めてください!」



 僕が何を言っても相手を喜ばすだけで、無駄な抵抗のように進む。






 そして……妹の柔らかいお腹に、僕が握らされているナイフが刺さる。





 痛みに泣き叫ぶ妹の声と、柔らかい肉に徐々に刺さっていく感覚をこの手に感じさせながら、男達によって強引に根元まで押し込まれてしまった。



「お兄ちゃん……痛いよ……」


「ご、ごめん、ごめんよ、カナデ……カナデ……」



 男達の拘束が解かれたので、急いで僕はナイフを抜き取る。その瞬間、まるで噴水のように血が噴き出してしまい、僕の視界を血の色で染めてしまう。


 そして、妹は仰向けで倒れてしまった。


「ハハハハハ、あーあ、抜いちゃった。そのままナイフを刺したままだったら、もう少し長生き出来た筈なのにね。ハハハ、どうだい? 妹をその手で殺してしまった感覚は?」


「「「ハハハハハハハ・・・・・・」」」



 そんな心ない言葉が僕の耳元で囁かれる。



 僕……が、妹を殺した? 



 とてもじゃないが立っていられなかった。まるで糸が切れた人形のように力なく膝をつく。


 男達は大笑いして僕達を見ておろしている。だが、そんな声は僕には聞こえてこなかったが、すぐに我に帰り、いまだ勢い良く流れている血を止めようと必死に傷口を押さえ始める。



「ハハハ、最後に良い物も見れたし、そろそろ帰るとするか?」


「ああそうだな。あ、帰りにゲーセンでも寄ってかね? 金は……ああ、そこに財布があるから、少しは遊べるだろう」



 男達は親の財布からお金を抜き取ると、笑いながら去って行く。



「カナデ! カナデ! 頼むから止まってくれよ! なんで血が止まらないんだよ!」



 僕は幼いながらに力一杯傷口を押さえているが、血が止まる事はなかった。



「お兄ちゃん……そんなに泣かないで。お兄ちゃんのせいじゃないよ」



 妹は青白い顔をしてそう呟く。もう、大きな声を出す体力もなかったんだろう、今にも消えそうな霞んだ声が僕の耳に届いた。



「僕に……僕にもっと力があれば……正義のヒーローみたいに、悪を倒せるだけの力があれば……」


「お兄ちゃんは……何時まで経っても子供だね。……そんな人……いる訳ないよ」



 妹に言われないでも分かっている。あれは架空の世界だからいる存在。現実はそんなに都合良く助けてくれる人なんているはずがない。現に僕達は地獄を見ている。



「これはね……きっと、運命だったんだよ……神様が……わたしたちを……迎えに…来たん……だよ」


「そんな事はない! きっと助かるから、絶対に助けてやるからそんな諦めるような事を言わないでくれ」



 そう言って妹を励まそうとしたが、子供の僕に出来る事は傷口を押さえるだけ。そんな事では血は止まる事もなく、顔色は徐々に青白くなっていく。



「お兄ちゃん……もう痛くないから……悲しそうな……顔をしないで」



 そんなはずがないのは僕にも分かる。きっと妹は僕を慰めようとしてくれているのだ。僕より年下なのに……こんな状況になったのに……もう……死が目の前に迫っているのに……。



「わたしは……もう……お母さん達の…所に…行くけど……お兄ちゃんは、最後まで生きてね」


「カナデ!」


「……………」



 妹は最後に笑っていた。残された僕が生きていけるように……




 のちに担当警察の話で、主犯格以外の男達は捕まったと聞いた。犯行の動機を聞き、子供ながらにショックを受けた。





 ━━男達はただ暇つぶしに楽しそうだと思い付き、それを実行しただけだと言っていたらしい。










 僕は意識を取り戻し、ゆっくりと目を開ける。 

 

 久しぶりに悪夢のような出来事を見てしまった。きっとダンジョンコアとは言え、命を奪ったせいであの時の夢を見てしまったのだろう。



「……シン君、うなされていたけど大丈夫?」



 頭の上でミーシャさんの声が聞こえた。



「ミーシャさん? ……あぁ、少し昔の夢を見ていただけですから大丈夫ですよ。それより、僕はまた気を失ってしまったんですね。まったく、何度も意識を失って恰好悪いったらありゃしない」


「ううん。全然格好悪くないよ。わたしを守るためにダンジョンコアの前に立ったシン君は、とっても恰好良かった。……そして凄く強かったよ」


「そう……ですか? 今でもまだ手が震えていますよ」



 ダンジョンコアを斬った時の手ごたえはまったくなかった。それでも手の震えは止まる事はなく、その手を見てると死を迎えた相手の最後の顔を思い出してしまい、全身が震え始めてしまう。



「ハハ、駄目だ、震えが止まらないよ」



 ミーシャさんに恰好悪いところを見せたくないと思ったが、どう頑張っても震えを止める事が出来なかった。



「……そんなになってまでわたしを助けてくれてありがとう」


「ミ、ミーシ、もごもご!?」



 突然僕の顔が柔らかい物に埋まってしまう。


 パニックになりかかったが、その柔らかい感触に気持ちが落ち着いて来る。


 そうして少し冷静になったので状況を思い出してみると、僕はダンジョンにいたはずなのに頭は柔らかい物の上にあった気がする。

 そして、真上から聞こえていたミーシャさんの声。


 それらを総合的に考えてみると、僕はミーシャさんに膝枕をしてもらっていたのだろう。そして、視界が遮られる直前に感じた頭を持ち上げるような腕の感覚。



 結論から言うと、僕はミーシャさんの胸に顔を埋めていました。とても柔らかいです。そして……とてもいい匂いがします。きっと此処が天国ですね。


 先程までの体の震えと恐怖が消え去り、今の僕は顔に感じる感触に意識が集中していた。



「シン君、ごめんね。こんな危険な事に巻き込んじゃって。でも、神託でこの装備品がシン君には絶対に必要だって言われて……。危険はあるって聞いていたけど、失敗しても死ぬのはわたし達だけだと思っていたんだよ。もちろん、マリアも……」


「━━分かりましたから、分かりましたから少し落ち着いてください!? この状況は不味いです!」



 ミーシャさんの泣きそうな声での弁解を聞き、意識が現実に戻ってきた。恐怖に縛られていた心が落ち着きを取り戻す事は出来たが、今度は別の意味でやばい状況に陥りそうになって慌ててしまう。


 血が下の方に集まるのを防ぐ為、僕は頭の中で無駄に円周率などを考えるが、元々そんな事を覚えていないのですぐに行き詰まる。



「ごめんね、シン君」



 ようやく顔が胸から解放され、僕はホッと安堵する。……少し惜しいと思う気持ちはあったけどね。


 しかし、ミーシャさんの突拍子のない行動はこれだけでは終わらなかった。



「シン君はやっぱり凄く強かったんだね」


「そ、そんな事は……」



 ミーシャさんの顔が真上にあり、距離も近い。もともとかなりの美人に分類されるであろうその顔を、間近に見ていると何だか照れてしまうが、少々気になると言えば彼女の頬が少し赤みを含んでいるように見えた事だ。



「わたしでは傷もつけれなかった相手を簡単に倒しちゃうんだもん。やっぱり凄いよ」



 やっぱり少しおかしい。目も少し潤んでいるように見えるし、赤みは更に増しているように見える。



「シン君……」


「え!? え!? なんで? どうして?」



 怪我をしていない左手を優しく僕の頬を押さえ、ミーシャさんの顔がドンドン近づいてくる。彼女の目が徐々に閉じていき、このまま進んだ先にある僕との接点を考えると、間違いなくお互いの唇が当たるだろう。


 ミーシャさんはキスをしようとしてきたのだ。僕はそんな突然の出来事に混乱する。


 何がどうなったらこんな展開になるんだ? いったいどこでフラグを立てた? 


 徐々に近づいてくる唇。とても柔らかそうで綺麗な唇を前にして、僕はどうしていいか分からず目を閉じて流れに任せ、固まる事しか出来なかった。



「………」


「……………」


「…………………」


「………………………あれ?」



 僕は、いつ来るか、いつ来るかと心臓をバクバクさせて待ち構えていたが、その時が一向に来ないので目を開ける。



「シンさん。なんでそんなにされるがままになっているんですか。少しはミーシャさんの異常な状態に気付いて、抵抗してくださいよ」



 僕の目の前にいたはずのミーシャさんは、いつの間にかマリアに変わっていた。そう言えば太ももの感触も変わっているね。

 どうやらかなり気が動転していたようだ。



「ちょっとマリア、なんで邪魔するのよ! わたしはシン君とキスをしようとしたのに!」


「ミーシャさんは少し黙っていてください。そして、落ち着いてください」


「わたしは冷静だよ。冷静に考えてシン君とキスをしたいの!」



 マリアとミーシャさんが1つの体で揉め合っている。いつもだったらこんなに自己主張の強くないはずのミーシャさんだが、今は僕と口づけがしたいと駄々をこねている。


 マリアの言うとおり、明らかに異常な状態と言える。



「シンさんも黙っていないで、少しはミーシャさんを説得してください」



 ミーシャさんが一向に引く気配を見せないので、困ったマリアは僕にも説得をするように言う。



「ミーシャさん、少し落ち着いてください。そんなに騒いだらマリアに迷惑だよ」


「うん。シン君がそう言うなら、少し静かにするね」


「「……………?」」



 僕とマリアはお互いに見つめ合って首を傾げる。あんなに駄々をこねていたのに、僕の言葉は素直に聞き入れてしまったからだ。


 いったいどうして? その答えはすぐにマリアが気付いたようで、ミーシャさんに問いかける。



「……ミーシャさん。先程のシンさんの戦いはどうでしたか?」


「すっごく恰好良くて、強かったよ!」


「……あの状態の……ダンジョンコアと向き合ったシンさんと戦って、少しでも勝てると思いましたか?」



 そこまでマリアが聞いて、僕もミーシャさんがおかしくなった原因に気付いた。



「ううん。絶対に勝てないと思ったよ。だって、あんなに早く動けて、あんな絶対的な攻撃力を見せられたら、どう足掻いても勝てる気がしなかったもん。それに、シン君は先読みの力も凄いんだよ!」



 ミーシャさんはまた興奮しだしたので、ここで質問を終える。いや、これ以上質問をする意味がない、が、正しい言い方か……。



「シンさんも気付きましたね」


「あぁ、これがダンジョンコアの言っていた呪い……だね?」


「たぶんそうです。相手に絶対に勝てないと思わせた相手の妻になる。それはここまでベタ惚れになって、言う事を何でも聞いてしまう呪い。シンさんの圧倒的な力を見たミーシャさんは、心底勝てないと思ってしまったのでしょう。その結果がこれ、と言う訳ですね。……まさかそんな呪いに本当に掛かっていたなんて……」



 マリアは深いため息を吐いた。今後の事を考えると頭が痛いのだろう。僕もどうすれば良いか分からず、途方にくれる事しか出来なかった。




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