26話 シンの覚悟
変形を終えたダンジョンコアは3メートル近くはあるであろう身長と、石のような物質で出来た引き締まった筋肉をもった悪魔だった。
翼はなかったが、頭には鋭い角があり、五本の指の爪も鋭利な刃物のように鋭く尖がっている。軽く撫でられるだけで引き裂かれそうなその爪が最大の武器だろうとは分かったが、例えそれがなくてもレベルの差から考えて、殴られるだけで一撃で終わるだろうと感じさせる迫力があった。
「そう言えば久しぶりの餌だったから、ダンジョンコアとして決められたセリフを忘れていたな。……愚かにもこの俺に挑む馬鹿な挑戦者どもよ。もしこの俺に勝つような事があったら、褒美としてこの魔導具をくれてやろう」
そう言ってダンジョンコアは、1つの腕輪を器用に指で摘まんで見せる。見た目は木の腕輪のようで、赤いルビーみたいな宝石が1つ付いていた。
冒険者は平和の為にダンジョンに挑む訳ではない。いや、少数だがそういった考えの冒険者もいるだろうが、大概はダンジョン攻略を成功させた者が手に入れる事が出来るお宝、魔法の力を秘めた魔導具を目指すのが最大の目的である。
話に少しは聞いていたお宝が目の前にある。今はこの状況を切り抜ける事に集中しないといけないのは分かっているが、僕の目はその魔導具の効果を確認しに向いてしまう。
吸魔の腕輪 ・・・ 周囲に漂っている魔力を吸収して留める事が出来る。集まった魔力は自分の魔力として自由に使う事が出来る。数百年という長い年月を高い魔力に晒されていた為、その性能はかなり底上げされている。
どうやら装備するだけで魔力の予備タンクを手に入れる事が出来る魔導具のようだ。レベルを上げれない僕にとって実質魔力量を上げれるので、喉から手が出るほど欲しい魔導具ではある。
だが、その為に命懸けで戦うのは避けたい。
「あれが神託で聞いた装備……シン君が今後必要になるはずの魔導具。……まさかこんな危険な相手が持っていたなんて……」
「!?。 ちょっと待ってください! 神託ってどういう事ですか。それに僕に必要って……」
ダンジョンコアが持っている魔導具を見て、ミーシャさんが聞き捨てならない事を呟いた。そう言えばマリアに降りたって言っていた神託の内容は詳しく聞いていなかった。確か聞いたら逃げ出したくなるとは言っていたが……。
今の話から推測するなら、こんな危険な事に巻き込んだのは神託を出した神様とやらのせいとなる。僕は驚きと苛立ちを込めて問いかけた。
「ごめん、黙っていて。神託の内容の一部はシン君と仲間になって、この洞窟に行って今後必要になるアイテムを手に入れる事だったんだ。死ぬ可能性が高いとは聞いていたけど、さっきの事以外でまさかこんなに危険な相手がいるなんて想像もしてなかったんだよ。
……本当にごめん。シン君だけでも何とか守ってみせるから、隙を見て逃げて。たぶんそんなに時間は稼げないと思うけど……」
だから冒険者ギルドでこの依頼を受けたがっていたのか。
……少し気になっていた事の理由は分かった。だからと言って納得出来る話ではない。
「クク、ハハハハハ。まったく馬鹿な奴だ。人間の神なんかの口車に乗せられてその身を差し出す事をするとはな。大方、お前を始末する為に神がこの状況を作ったんだろう。剣闘姫が本来の力を取り戻して暴れはじめたら、人間側からすれば不味い状況になる。人間の味方であろう神からすれば、お前には死んでほしいだろうからな」
「……本当に最悪だよ」
こんな状況になった原因を聞いて僕の口から愚痴がこぼれる。その言葉は当然ミーシャさんの耳にも届いた。
「……わたし、そんなに悪い奴だったのかな……わたしはだた、マリアやシン君と楽しく冒険者をしたかっただけなのに……本当にそれだけだったのに……」
ミーシャさんの過去を知っているダンジョンコアの話を聞き、生きているだけでも害と思われていた事にショックを受けている。彼女にとって自分が楽しみにしていた将来が崩れ落ちていくと感じたのだろう。
その表情はいつもの笑顔ではなく、今にも泣き崩れそうな脆さがあった。
「お前も災難だったな。剣闘姫をここに閉じ込める為とはいえ、餌としてノコノコと殺されに連れて来られたんだからな」
「まったく本当に最悪だよ。大体、神様なんている訳がないじゃないか。例えいたとしても人の味方なんかしてくれるはずがない」
もし本当に神様がいるなら、僕の家族が理不尽な不幸に巻き込まれるはずなんてなかったんだ。神を信じていない。例えいたとしても、崇める事は決してしないだろう。
何もしてくれない神は、僕にとっては関係のない他人と変わりないのだ。
「シン君……ごめん」
「ミーシャさんもマリアも馬鹿だよ。そんな姿も見せないような存在の口車に乗って。それにその理由が僕なんかの為だったなんて」
「……………」
「僕はあんな立派な装備を貰ったからといって、危険な事に首を突っ込みたくはないって意思が変わらないのは知ってるでしょ」
僕の冷たい言葉にミーシャさんは黙ってしまう。
言い過ぎなのは分かっている。でも、これぐらい言わないと、今後も同じような事をされる可能性が残るだろう。
だから、ここは少しきつい言葉でも、しっかりと言い聞かせておかないと危険なのだ。
「ハハハ、もっと言ってやれ。神なんて糞以下の存在だとな。どうせお前達の運命は決まっているんだ。最後に好きなだけ悪態を叩くがいい」
「くっ! シン君だけでも死なせはしないんだから!」
大笑いするダンジョンコアに向かって、ミーシャさんは無謀にも斬りかかっていく。
キーーーーーン!
だがミスリルの剣で斬りかかったミーシャさんの攻撃は、まるで力も入れていないように前に出した手で簡単に弾かれてしまう。
「おいおい、まだそのゴミが話している途中だろ。そんなに死を急がなくても、ちゃんとゴミを始末した後で取り込んでやるから待っていろ」
「きゃっ」
ダンジョンコアは殺す順番を決めているようで、ハエを掃うようにミーシャさんを弾き飛ばした。
これがレベルの差。今まで無双していたミーシャさんが、攻撃をかわす事も出来ずに簡単に飛ばされてしまう。殺す気のない攻撃だったので致命傷に至るダメージは負わなかったようだが、それでもすぐに立ち上がる事は出来なかった。
攻撃は通じず、避ける事も出来ない。少し力を込めた攻撃を受けただけで即死亡の状況。ここまで相手とのレベルの差があると、レベル1とレベル13の差なんて無いに等しいだろう。
もはや誰が見ても勝機はない。それこそ奇跡でも起こらない限り僕達に勝ち目はないだろう。
「本当に弱くなったものだ。こんな脆弱な存在に落ちたらなら、この体の意思を汲んでまで取り込む必要もないか……」
「痛ッ……堅いし力も強い。わたしじゃ時間稼ぎも出来ないの……」
ミーシャさんは壁に叩きつけられたダメージで苦しそうだが、どうにか立ち上がる事が出来た。ただ、自分では何も出来そうにない事に、悔しさと憤りを感じているようだ。
「……どうやらこの体の持ち主もお前の脆弱さに落胆したようだ。もう良い。2人共さっさとトドメをさしてやる」
今までのような遊ぶつもりがまったくなくなったダンジョンコアは、その体全体から殺気と思われるプレッシャーを僕達に向けて来た。
レベルの差なのか、それともここまでの殺気を受けた経験がないせいかは分からないが、僕はもちろんミーシャさんも、自分の意思では止める事の出来ない程体が震えだしてしまう。
このまま見ているだけでは、そのまま決着がついてしまうだろう。僕はなけなしの勇気を振り絞って声を出す。
「あ、あの!」
殺気に当てられているせいか、僕の声はかなり上ずっていた。
「まだゴミは喋れるか……なんだ? 何か言い残した事でもあるのか?」
いまだダンジョンコアから発せられる殺気は収まっていない。それでも僕に話す機会をくれたようで、すぐに動く気配は感じなかった。
「で、出来れば、僕達を見逃してくれないでしょうか。こ、こんな雑魚の僕達を吸収しても、貴方にとってたいしたプラスにはならないと思いますし……」
「は!? ゴミが何を言っている」
「で、ですから、そんなゴミを吸収するのは貴方の経歴に汚点を残してしまうのではないでしょうか? な、なのでここは、強者の気まぐれで見逃してほしいんです」
僕は震えながらも、一生懸命に命乞いを続ける。例え自分の事をゴミと呼んでも、生き残る事が出来るのなら安いものだ。
「自分をゴミと認めるのは良い心がけだが……それはできんな。お前等は俺にとって数百年ぶりの餌だ。例えたいして腹が膨れないとしても、見逃す事など出来るはずがないだろ」
「……どうしてもですか?」
「しつこい! もう話は終わりだ。これ以上口を開くな!」
最後の命乞いは不発で終わり、ダンジョンコアの怒りを買ってしまったようだ。これ以上の交渉は不可能だろう。
「シン君……少しの間だったけど、一緒に冒険者をやれて楽しかったよ。もし生まれ変わりがあったら、もう一度一緒に冒険者になろうね」
ミーシャさんも諦めたようで、僕に別れの言葉ともとれるセリフを言う。圧倒的な力の差から、もう駄目だと悟ったのだろう。
ダンジョンコアも余裕を見せてうすら笑いをしているように見える。笑いながら人の……生き物の命を奪おうとする奴の顔。
僕が一番嫌いな種類の顔だ。さっきは命乞いをしたが、こんな奴を野放しにしてはいけない。きっと僕と同じような理不尽な事に巻き込まれる人が出るだろう。
目の前の敵が発する威圧感に体の芯から震えている。正直言って怖い。出来れば他の人にどうにかしてほしい。
でも……この場には僕達しかいない。
だから僕は!
「ミーシャさん。僕はその別れのセリフを受け取る事なんて出来ない。これが……この状況がアイツの言うとおり神が作った決められた運命だと言うのなら、その運命は僕がぶち壊す!」
僕は震える足を強引に動かして、ゆっくりだがミーシャさんの前に立つ。
「ゴミが。偉そうな事を言ったが、弱くなった剣闘姫より更に弱いお前に何が出来る。見たところ生命力も魔力も吹けば消え去りそうな量ではないか」
ダンジョンコアの目には僕達の生命力や魔力が見えるようだ。それを見て実力を判断しているのだろう。確かに僕の生命力はレベル1に相応しい最低量だろう。魔力は鍛えているので最大値はそれなりに多い筈だが、落下の時に使った魔力が回復しきっていない状態では馬鹿にされても仕方がない。
「さあ、最後の言葉だ。そんなゴミのお前に何が出来る!」
確かに戦う前の会話はこれで最後になるだろう。だから言ってやる。
「お前を倒して、この神の画いた理不尽なシナリオを書き直す!」
僕は震える体で木刀を抜き、ありったけの力を込めて宣言した。




