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25話 剣闘姫

 不安な気持ちを強引に押し留めて数十分、先に進む僕達の目の前へには立派な扉がある。ここまでは一本道だった事から考えても、この扉が終着点である事はほぼ間違いがないだろう。


 そして扉には禍々しい悪魔のような彫刻が彫ってあり、この先にボスが待ってるぞ! と、知識の無い僕にも嫌な雰囲気をヒシヒシと感じとっていた。



「ここって絶対にボス部屋ですよね……」


「たぶん……そうだと思うけど、わたしも記憶が無いから断言は出来ないかな」



 ミーシャさんの表情も少し余裕がない。利き腕の右手が怪我で使えないので、強敵であるガーディアンがいた場合は勝算が薄いと分かっているのだろう。


 怪我人の剣士と魔力切れの僕ではまともな戦闘は不可能。それでも進むしか道が残されていないので、僕も祈るように誰もいないことを願って扉に手を掛ける。



 開かれた扉の先には殺風景な大きな部屋だった。その中央から少し奥の方に、立派な台座に乗った丸い水晶のような石が淡い光を放っている。

 現物を見た事はないが、その石がダンジョンコアであると推測出来た。


 ミーシャさんと無言で頷き合い、彼女の考えが僕と同じだと確認する。



「モンスターは……いないようだね」


「少し待ってください。もしかしたら罠が仕掛けてあるかもしれません」



 そう言って僕は木刀だけを部屋の中に入れ、軽く振り回してみる。もし入室した事で反応するタイプの罠ならこれに反応して、状況によっては扉を閉めて逃げ出す事も考慮したのだ。



「何も反応しませんね。とりあえず入ってすぐの罠はないと思います」



 僕は床も軽く叩いて様子を見たが、とくに何かが起こるような様子は見えなかった 。


 僕は嫌な予感がバリバリしてお腹が痛くなっている。警戒して物事を進める事を「石橋を叩いて渡る」と聞いた事があったが、命懸けである以上、その程度の警戒では少ないと思っていた。出来れば逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだが、脱出口がこの先にしかないので最終的には入るしか選択肢がない。


 その事が僕の胃を痛くしている原因だとは分かっている。



「……わたしが先に入ろうか? 利き手が使えなくても、シン君よりは戦闘力が高いと思うし」



 何時までも入口付近を調べて入る事に躊躇している僕に、ミーシャさんが気をきかせてくれたのだろう。僕の覚悟は決まってはいないが、今の所誰もいなさそうな空間に怪我をしている女性を前にして隠れて進むのは恰好が悪過ぎる。



「いえ、一緒に入りましょう。ミーシャさんは左側を警戒してください。僕は右側を注意して入ります」


「うん。分かったよ」



 ごめんなさい。僕には1人先に進むだけの勇気がありませんでした。でも、扉の外からでは見にくい左右の警戒を同時にするのは間違っていないよね。180度1人で警戒するより、90度を見張った方が異常の発見が早い筈だもん。


 ……言い訳がましいけど、戦術としては間違っていないはず! きっとそうに違いない!



 僕達は警戒レベルを最大限に上げて中に入る。


 一歩二歩進んでもとくに何も起こらない。


 更に数歩進んでもダンジョンコアと思われる石は、淡い光を発するだけで変化はなく、周りにモンスターやガーディアンの気配も感じられなかった。



「……やっぱりダンジョンとしては死んじゃってるのかな」


「普通のダンジョンがどうかは分かりませんが、僕の知ってるパターンだと中央付近まで足を踏み入れると扉が閉まって退路を断たれるのがお決まりですね。そして何もない空間からボスが現れるって流れですが……」



 もちろんゲームでの話です。ボス戦は逃げる事が出来ない分、現れる場所がハッキリしているので準備がしっかり出来るんだけど……この状況ではそんなお決まりのテンプレは止めてほしいね。



「シン君の言うとおりだと、もう少し進んだら扉が閉まっちゃ━━」



 ギギギギギ!


 ミーシャさんとそんなゲームでは良くあるような話をしていたら、僕達の後ろの方で何かが動くような音が聞こえてきた。

 慌てて後ろを振り向くと、それはまさに僕の話していた通りの展開。入ってきた入口の扉が締まる音だった。



「うそ!? 本当にテンプレ通りの展開!?」



 僕は本当にそんな事が起こるとは思っていなかったので、大声を出して驚いてしまった。そんな驚いている僕の横では、ミーシャさんがダンジョンコアの方を緊張した表情で見つめている。



「クックックッ、数百年経ってようやく外との道が繋がったか」


「だ、誰だ!?」



 僕でもない、ミーシャさんでもない、低い男の声のような物が部屋に鳴り響く。



「……まさかダンジョンコアが喋るなんて思ってもみなかったよ」



 そんな事をミーシャさんが言い、僕も慌ててダンジョンコアの方に目をやる。すると、先程までの消えそうな淡い光ではなく、強い光を発して声を出していたのだ。



「それにしても、久しぶりの獲物がまさか<剣闘姫>だとはな」


「剣……闘姫?」



 このメンバーの中で姫と呼ばれるような性別はミーシャさんだけだ。なので必然的に剣闘姫とはミーシャさんの事になるのだろうが、その事に心当たりがない彼女は緊張した面持ちで問いかけ直した。



「なんだ? 自分の事なのに分かっていないような顔だな。……ああ、なるほど。数百年経ってもその若さを保っているって事は、お前は封印でもされていたんだな。そして過去の記憶も失っていると」



 どうやらこのダンジョンコアはミーシャさんの過去を知っているようだ。



「だったら、なんだっていうのよ!」


「それに封印されていた事で、だいぶ弱っている様子。当時の鬼神のようなオーラは微塵も感じんな」


「……あ、あの~、思い出話に花が咲くのは良いのですが、出来れば僕達は争う事無く外に出たいんです。僕達が外との道を作ったと言う事で、貴方の力で外に送り届けてはくれないでしょうか」


「なんだ……ゴミも一緒にいたのか。お前みたいなゴミを吸収しても大した糧にはならないが、数百年も飯を食っていないからな。ダンジョンとしての機能を回復させてくれた礼に、苦しまずに殺してやろう」



 あ~、やっぱり無理な相談だったか。出来れば穏便に逃げ出して、冒険者ギルドで攻略チームを編成してもらおうと思ったんだけどな……。



「それに剣闘姫が一緒なら尚の事無理な相談と言うものだ」


「わたしが一緒だとどうして無理になるの」


「……どうやら本当に自分の事を何も覚えていないようだな。その魂に刻まれた呪いの事も」


「「呪い!?」」


「ああ、そうだ。鬼神のような強さのお前が、父親である魔王の座を狙う者に掛けられた呪い。自分がどう足掻いても勝てないと思わせた相手に惚れこみ、一生逆らえなくする呪いの事だ」


「は!? はい? なんでそんな呪いをミーシャさんに掛ける必要があったんですか? って言うか、逆らえなくするって事は、まるっきり奴隷じゃないですか」



 てっきり条件を満たすと死んじゃうような呪いを想像していた僕は、気の抜けた声を出して問いかけてしまった。

 それより問いかけてから良く考えてみると、そんな呪いの事より父親が魔王って事の方が重大なキーワードだったじゃないか。つまり、ミーシャさんは魔族のお姫様って事だよね。


 ま、数百年も昔の話だから、今は全然関係ないけどね。



「まあそうだな。強さと美しさを秘めた剣闘姫を自分の物にしたいと考えた輩が、その思いに暴走しただけだ。だが当時の剣闘姫は強かった。結局、挑んだ者は誰1人その美しい肌に触れる事も出来ずに命を散らしていき、国中にその呪いと結果が広がった。そして挑む者は誰もいなくなるほどだった」


「詳しいですね」


「俺が最後に取り込んだ魔族も挑んで敗れた者の1人だったからな。俺はダンジョンで息を引き取った奴を自由にガーディアンとして吸収出来る。その際に記憶も見る事が出来るんだよ」



 うーん。その話が本当なら、魔族の強者たちは勝手に同士討ちを行なって戦力を減らして言ったのかもしれないな。そうなると、ミーシャさんを封印したのは国力の低下を恐れた魔族のトップ達って可能性も出てきた訳か。



「だが!」



 そこまで話が進むと、ダンジョンコアはいっそう強い光を放ち、その質量が増えて形も変化していく。



「剣闘姫そこまで弱くなっているのなら話は別だ。この俺が最後に取り込んだ魔族の思いと、更なる戦力の強化のために、剣闘姫を新たなガーディアンとして吸収してやる!」


「シン君下がって! このモンスターはかなり強いよ」



 ミーシャさんが一歩前に出て僕を守るような位置に立つ。ダンジョンコアは僕達の倍以上の大きさまで膨らみ、その形はまるで悪魔のような姿に変わっていた。


 おそらくこの姿が話に出ていた最後に取り込んだ魔族の姿なのだろう。密閉されたダンジョン内だったが、ダンジョンコアである石と同化していた事で、他のモンスターとは違って死ぬ事はなかったと推測できた。



《ディアブロス(ダンジョンコア)  レベル 84》



「レベル84だって!?」



 変形を終えたダンジョンコアのレベルを見て、僕は思わずそのあまりの高さに大声で叫んでしまった。



「84……想像以上の化物が出てきちゃったね。ごめんねシン君。どうやらわたしでも勝てそうにないかも」



 叫んでしまったのでミーシャさんにもその情報は聞こえてしまい、レベルの高さから諦めるように僕に謝って来た。



「クックックッ、どうやら多少は相手の力を見抜く目は持っているようだな。だが、だからと言って見逃したりはしないから、餌は餌らしく黙ってその命を差し出すがいい」



 ダンジョンコアとガーディアンが別々だったら、隙を見つけてダンジョンコアを破壊して脱出って手もあった。だが、一体化して襲って来られたら、倒すしか脱出する方法は取れない。


 つまり、レベル13とレベル1の僕達2人だけで、レベル84もある化物を倒さないといけないのだ。ミーシャさんじゃないけど、誰が見ても絶望視してもおかしくない状況だった。



 


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