24話 ダンジョン
「ミーシャさん。大体の怪我は治ったはずですよ。いい加減、起きてください」
死を覚悟してか、何時まで経っても目を開けようとしないミーシャさんの額に、僕はデコピンをお見舞いしてあげる。
「━━あいたっ!?」
「そろそろ目を開けててください。ここはまだ安全の確認が出来ている場所ではないんですよ」
「酷いよ、シン君……わたしは瀕死の怪我で……」
「ですからほとんど治療は終わらせています。右手の怪我とダメージを受けた事によるダルさと体力の低下はどうしようもありませんが、もう死ぬ事はありませんから起きてください」
「嘘!?」
ミーシャさんは驚いて上半身を持ち上げ、自分の体を確認しだす。
彼女の体はシロートから見ても致命傷と分かるほど、確実に死を待つだけの重傷を負っていたはずだった。それが今はもう治っていると言われても、すぐに信じる事が出来る訳はないだろう。
そう思う事にはまったく問題がない。
━━が! 僕の目の前で行なわれる確認方法にやや問題があっただけだ。
「凄いよシン君。胸や脇腹にポッカリ穴が空いていたはずなのに、その傷跡が全然見当たらないよ! マリアに聞いた回復魔法だとここまでの怪我は治せないし、傷跡もこんなに綺麗に治らないはずなんだよ」
ミーシャさんが言っている通り、彼女は胸と腹に大きなダメージを負っていた。その時にだろうか、装備していた胸当ては粉砕したのか吹き飛んだのかは分からないが、今はどこにも見当たらない。
そんな彼女の装備は胸当ての下に着ている服だけだ。つまり怪我があった場所を手で撫でているので、僕の目の前で大きな胸が激しく揺れている。
それだけでも目のやりどころに困るのに、更に脇腹の傷跡を確認する為に服を捲り上げてお腹を露わにするものだから、先程までの僕のシリアスな気持ちは粉々に砕け散り、彼女の綺麗なお腹に意識が集中してしまった。
「…………ミーシャさん、少しは落ち着いてください。さっきも言いましたが、まだここは安全とは決まっていません。体に異常がないなら武器の確認と周囲の索敵をしたいんですが……」
建前です。本音はこれ以上ミーシャさんが服を持ち上げでもしたら、僕は理性を保てる自信がないんです。
「そうだった。……でも、シン君の方は大丈夫なの? 結構顔色が悪いよ?」
「ああ、それは仕方がありませんよ。僕の回復魔法は大量の魔力を使いますからね。実は魔力が切れかかって立つのも厳しい状況です」
ここに跳び下りた時に使った《自動修復》と、ミーシャさんに使った《一分前への修復》。その両方とも大量の魔力を使うので、今はこれ以上魔法を使う余力は残っていない。
少し経てば回復するから、そこまで大きな問題ではないけどね。
「普通の魔力切れならちょっと安心したかな。そういえばわたしの怪我って、なんで右手だけ治っていないの?」
痛々しい怪我だが、先程までのダメージが大き過ぎたせいか、それともミーシャさんが痛みに慣れているのかは分からないが、とくに痛そうな様子を見せず普通に会話をしている。
「うーん、詳しくは言いませんが僕の回復魔法は少し特殊で、いろいろ制限があるんですよ。本当はすべての怪我を治せれば良かったんですが、その怪我は制限から外れていたので、すみませんが町で治療してもらうまで我慢してください」
「回復魔法に制限があるなんて、変な魔法だね。でももう一度こうやって顔を見て話が出来て、すっごく嬉しいよ。ここまで来てくれてありがとう、シン君」
ミーシャさんは満面の笑みで僕を見つめ、抱きついて来た。
眩しいです。真っ暗の洞窟が明るく照らされたような笑顔ですよ。そしてこの二つの柔らかな感触……痛い思いをしてここに跳び下りた甲斐があったって納得出来るよね。
でもこれって……もしかしたら手を出しても大丈夫な状態ではないだろうのか? 良く考えてみればさっきはお腹を平気そうに見せて来たし、やっぱり僕を誘っているのかもしれない! 「君のためなら命懸けで来るのは当然だよ」とか言ったら、「助けてくれたお礼に、わたしを好きにしていいよ」みたいな感じなのかも!?
……いやいや、落ち着くんだ僕の煩悩よ。これ以上都合の良い妄想が暴走すると、マリアにまた変態さんと呼ばれてしまう! って言うか、経験上もう手遅れだよね。
…
……
………
…………
……………あれ? おかしいな。いつもならもうマリアの冷たいツッコミが来てもおかしくないんだけど……
「ねえ、ミーシャさん。マリアはどうしたの? さっきから全然出て来る気配が見えないんだけど」
「んー、マリアはね、さっきのダメージで気を失っちゃったんだ。ほら、わたし達って体は別々だけど、感覚は共用しているって知ってるでしょ。だから、わたしは何とか耐えれたけど、マリアは駄目だったんだ。あ!? でも安心してね。マリアは気を失ってるだけだから、その内目を覚ますはずだよ」
「そう、なんだ。良かったー……ショック死ってあるから、もしかしたらマリアもって不安になっちゃったよ」
言っておいてなんだけど、ここから落ちて来た時の僕も十分ショック死する可能性があったんだよな……。
うん。今後は洞窟なんかには足を踏み入れないようにしよう。荷物持ちだからって油断してたよ。
「それじゃあ、そろそろ出口を探し始めますか」
このままジッとしていても、上にいる人達が助けに来ないのは分かっている。つまり、自分達で出口を探さないといけないのだ。
望みとしては元々この空洞はあったようなので、どこかが外に繋がっている可能性が残されている事だ。
ひとまずミーシャさんの右手の怪我は薬草を当てておいた。薬草とは怪我の治りを早くして、更に殺菌効果もあるので、冒険者から一般人まで非常時の必需品として僕達も少しは用意していた。応急処置は必要だからね。
ミーシャさんが落ちた時に手放してしまった剣もすぐに見つかり、とりあえず周囲の状況を確認する意味も含めて歩き始める。
この空洞は思った以上に広い。落盤エリアの先にあったのは、明らかに人工的に造られた洞窟だったのだ。
「ここって……もしかしたらダンジョンかもしれないね」
「━━ダンジョンって、もしかして最深部にダンジョンコアとガーディアンがいる、人食い洞窟って言われてるダンジョンの事!?」
ダンジョンとは洞窟内がモンスターの胃袋みたいな感じで、内部で死んだモンスターや人の死体を吸収してドンドン大きく深くなるのだ。ダンジョンは内部のモンスターを強化する効果もあるので、放って置くと周囲が壊滅的な被害を受ける可能性がある。
なので、発見すると速やかに破壊する事が進められている。破壊方法は最深部にあるダンジョンコアと言われる宝石を破壊するだけなのだが、それを守るガーディアンがいるので簡単にはいかない。
ただ、モンスターを強化する力が道具や装備にも影響することがあり、魔導具として補助効果や魔法の力が宿ることがあるので、お宝目当てで来る冒険者も多くいる。
今はお宝探しをする余裕はなく、僕達の進む先にはガーディアンが待っているって事が不安要素だ。
「うん、でもダンジョンコアを破壊すれば地上への転送魔法陣が現れるはずだから、外に出るには進むしかないよ」
落下地点からここまでは一本道だった。落盤で道が隠れてしまった可能性はないとは言えないが、調べた限りでは他に道はなかった。僕達に残された選択肢は、落盤地点の崖をよじ登るか進むしかない。片手が怪我で使えないミーシャさんがいるって事を考えると、進むしかないとも言えた。
どっちにしろ、僕はロッククライミングなんてした事がないから、崖をよじ登るなんて事は不可能だけどね。……ハー、進むのも地獄、後戻りも出来ない、留まっていても死を待つだけ。もうどう転んでも最悪の結果しか待ってないよ……
「今のところ、周囲にモンスターの気配は感じられないから、もしかしたらずっと前に入口が塞がったダンジョンかもしれないよ。そうすると内部のモンスターは全滅しているし、運が良ければガーディアンも死んでるかもしれないし、あまり悪い方に考えないでも良いかもね!」
ミーシャさんはあえて明るく話してくれる。きっと僕が不安そうな顔をしたのを見て、少しでも励まそうと無理をしているのだろう。
いくら年上とはいえ、女性にそんな気使いをさせてしまったと気付いたからには、僕も落ち込んでばかりはいられない。
「そうですね。きっと無人のダンジョンコアを破壊するだけだから、僕でも楽勝ですね! さ、そうと決まればさっさと進みましょう」
ダンジョンなんて挑むつもりが少しもなかったので、僕は詳しい知識を持っていない。でもミーシャの言うとおり、生き物なら閉鎖された空間で長年生き抜くなんて不可能に違いないだろう。
僕達は希望を持って暗闇の先に進むことにした。




