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23話 運命に抗う魔法

 ブックマークをしてくれた人、評価をしてくれた人、そして呼んでくれてる人、皆さんありがとうございます。


 始まりは小さな音だった。何が起こるか分からない洞窟の中で、僕だけではなく、依頼人や他の冒険者も含めて緊張が走った。



ドドドドド……



 音は次第に大きくなって洞窟内全体が揺れ始め、重くて低い音がこれから起こるであろう最悪の状況を想像させた。この音を聞くだけでどうしても楽観的な方向には考えられず、最悪の状況だけがイメージのみが浮かんでくる。



「不味いぞ!? 今の音は落盤の予兆だ! お嬢ちゃん、急いで戻ってこ━━」



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………



「ミーシャさん!?」



 不穏な地響きが岩が崩れ落ちる音に変わった。僕の呼び声も洞窟内に鳴り響く轟音にかき消されてしまう。全員に緊張が走る中、僕は音が鳴る中心地であろう横穴に急いで駆け出す。

 せめて小さい落石なら何とかなるだろう。だが、横穴内全体の天井が落ちたとしたら……いくらレベルが高いミーシャさんだとしても対応できない。


 つまり……また(・・・)親しくなった者の死が、僕の目の前に迫っているのだ。


 僕は願う。懇願しながら必死に走る。



 頼むから無事でいてくれ!



 怪我で終わってくれ!



 せめて入口付近まで戻っていてくれ!



 怪我ならどんなに酷くてもすぐに治せる。だが生き埋めになったら……もしそうなら救出するまでに時間が掛かってしまい、救える可能性が一気に下がってしまう。



 激しい音がしていた横穴にたどり着いた僕は、砂煙が舞い上がって何も見えないかもしれないと思った。しかし入口から中を覗いた僕の目に入ったのは、何もない漆黒の空間……地面がポッカリと空いて暗闇が続いている縦穴だった。



「ま、まさか……天井が崩れたんじゃなくて、地面が抜けて一緒に落ちた……のか」



 落盤の音はすでに収まっており、依頼人達も新たに発見された横穴の前に来て息を飲んでいる。



「……すでに落盤は落ち着いているようだが、また何か起こるかも知れない。急いでこの洞窟から出て様子を……いや、もう予定の日数が近いから町に引き返そう」



 状況を確認した依頼人の第一声は、僕には信じられない言葉だった。



「ちょっと待ってください!? まだミーシャさんの無事を確認していないじゃないですか!」


「君はこの状況を見て、まだお嬢ちゃんが生きていると思っているのか? 見ろ! 松明の光が下まで届かないだろ。それに……」



 依頼人の持つ松明の光は、どれだけ目を凝らしても下を映す事はなかった。それでも納得しないだろう僕に、落ちていた石を穴に投げ込んだ。


 1……2……3……4……5

 コトン


 音が聞こえるまでに約5秒……前に授業で習った記憶によれば、確か100メートルぐらいの深さになるはずだ。



「分かったか! こんなに遅く音が聞こえて来るって事は、持っているロープじゃどうしようもない。今から町に戻って用意して来ても、最低でも往復で3日は掛かるだろう。運良く生き残ったとしても、怪我をした状態で3日も生き残れる訳がない。つまり、もうお嬢ちゃんを救う事は出来ないんだよ!」



 そんなにハッキリと言わないでくれ。僕だってこの深さが絶望的な深さだって事は理解している。それでもミーシャさんの身体能力なら、もしかして……そう思っているんだ。



「なあ、いくら女神が強くてもどうしようもない事で死が訪れるのが冒険者だろ?」



 双子の弟が僕にそれが現実だと伝えに来る。



「そうです。お兄さんがどれだけ叫んでも、これが運命だったんです。ここで駄々をこねて他の人を危険に晒してどうするんですか」



 更に姉の方も諭しに来た。


 ああそうだな。それは間違いなく正論だ。冒険者をやっている以上、死の危険が隣り合わせなのは分かっていた事だから。



「どうやら納得してくれたようだな。それじゃあ、急いで撤退の準備をするぞ。お前も気持ちを切り替えて、仕事の続きをするんだ」



 全員が仕方がないって顔をしている。僕はこの表情を知っている。同情はするけどそれ以上は何も出来ないと思って距離を離し、過ぎた事だと忘れようとしている顔だ。


 全員が既に終わった事と切り替えて帰り支度をする中、僕だけがその場から動く事が出来なかった。



「どうした? もう大丈夫だと思うが、万が一の事を考えると立ち止まっている時間はないぞ」


「ええそうですね。確かに立ち止まってる時間はありません」



 時間がないのは同意できる。ただそれは依頼人の言いたかったであろう、自分達の安全を確保する為の時間ではない。


 僕は覚悟を決めた。



「なら急いでこっちに来て……」


「僕はミーシャさんを助けに行きます。すみませんが今回の依頼はここで抜けさせてもらいます」


「は? いったい何を言っているんだ」



 何を言っているのか分からない依頼人の問いに答える事無く、僕は縦穴の方に振り返り走り出す。誰もが唖然とする中、躊躇することなく穴に飛び込んだ。



「お兄さん!?」


「馬鹿が!」



 最後に双子の兄弟の叫び声のような声が聞こえた。


 ああ、僕の判断はきっと馬鹿なんだろうな。100メートル近くの縦穴に紐なしバンジーをするなんて、馬鹿以外の何でもない。


 それでも僕は信じている。ミーシャさんなら無傷とはいわないでも、なんとか生き残ることぐらいは出来ているに違いないと。そして僕の魔法も、生きている限りは何とか出来るはずだと━━。



 覚悟は決めていたはずだった。 だが、暗闇の中へのダイブは恐怖以外の何物でもない。唯一風を切る音だけが得られる情報で、下がまったく見えない状況ではそれも恐ろしく怖い。いつ地面に到達するのかを絶えず警戒し、落ちた時の痛みを想像し続ける恐怖に涙が流れ、脳が悲鳴を上げているのが分かる。


 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 絶対死ぬ!!!


 何時まで経っても地面に到着しない感覚に陥る。落下までの時間は5秒だったはずなのに、もう一分ぐらいは経っている気がした。


 もう意識を手放して楽になりたい! 気を失ったら自己治癒魔法《自動修復《オートリカバー》》も発動せず、そのまま死んでしまうだろう。それでもいい! もうこの恐怖から逃れれるなら、死んだ方がマシだ!


 僕は恐怖に負け、気が抜けるように意識を失いそうになる。それと同時に過去の記憶が走馬灯のように浮かんできた。


 楽しかった家族との団欒。友達との遠足、旅行、馬鹿騒ぎ………そのどれもが楽しかった思い出だ。ああ、あの頃に帰りたい……幸せだったあの頃に……




(お兄ちゃんは……わたしの分も…最後まで生きてね)




 流れるように思い出す走馬灯の最後に、腹部から血を流している儚げな顔の少女が浮かび上がる。その子は僕の手を優しく握って語りかけていた。


 僕の死ぬわけにはいかない理由を思い出した。


 妹との最後の約束。


 こんな馬鹿な行為をしたとしても、自分から死ぬ事に逃げるわけにはいかない願い。




「カナデ!?」




 ああそうだ……僕はまだ死ぬわけにはいかない。こんな所で死ぬわけにはいかないんだ!



「妹の━━カナデの分も━━僕はこの程度の恐怖に屈する訳にはいかないんだよーーーーー!!!」



 恐怖に負けていたはずの心に、再び生への執着が生まれた。何が起こっても絶対に生き残って見せると、僕は暗闇の先にある見えない地面を睨みつける。



ドンッ!!!!!



 気持ちが負けた時、奇跡的に体は足から落ちる姿勢になっていた。その状態をなんとか維持し続け、足から落ちる事には成功した。


 それでも落ちた衝撃で足は砕け、腰の骨も折れ、腕も叩きつけられて原型を保てず、内臓も潰れるような音と痛みが広がる。そんな死にそうな痛みにも僕は強い気持ちで━━絶対に死ぬわけにはいかないという呪いにも似た意思で━━涙を流しながらも気絶する事に抗い耐えた。



「━━くっ、さっさと発動しろ! 《自動修復(オートリカバー)》!」



 気が狂いそうになる痛みと共に、誰がどう見ても致命傷を負った僕の体だったが、意識を残せたので魔法が発動する。そして死ぬような痛みを負った記憶だけを残し、体はまるで最初から何もなかったかのように元に戻る。



「━━っ……ミ、ミーシャさん無事ですか! 生きていたら返事をしてください!」



 僕はすぐに立ち上がり、ミーシャさんに呼びかけた。生きているはずだ。最悪の想定であった僕の落下地点とミーシャさんの落下地点が被る事だけは避けれたようだ。ストレージから松明を取り出し、急いで火を付ける。

 時間はないが、闇雲に探すより返事が返って来るの待つ方が早いと、静かにして周囲からの反応に耳を傾ける。



「シ、シン……君……も、落ちて……来た…の?」



 聞こえた!? 消えそうな声だったが、確かにミーシャさんの声だ。僕は急ぎ、そして慎重に声がした方向へと移動を開始する。



「ミーシャさん!? ━━うっ!」



 松明の光がミーシャさんを照らした。だが、その姿はとても痛々しいもので、とても直視し続けるのが厳しい程だった。



「ハハ……さす、が…シン……君だね。……この、高さか…ら……落ちてきて……無事……なんだ…もの」



 やばい。僕は慌ててミーシャさんの傍による。その怪我は僕が負った怪我よりはマシだろうが、誰がどう見ても致命傷で、とても助かるようには見えないからだ。



「ミーシャさん。すぐに治しますから、もう少し我慢してください!」


「む、り……だよ。わたし、は……たすから、ない。……これは…ね、最初……から…分かって……いた…ことで……運命………だった……んだよ……」


「ふざけるな! 何が運命だ! 死ぬのが運命だって言うなら、そんなふざけた運命は僕が変えてやる! 僕の魔法はそんな運命の不条理を変えたいと願って手に入れた力なんだ!」



 僕は魔法を使う為に右手に魔力を集めてミーシャさんに触れる。



「痛っ!? そこ…に、いたんだ……ね。……もう……目が…見え……ない…や。さい…ごに……シ、ン…君……を……見たかった………よ」



 ミーシャさんの目に涙が流れる。その涙を見て理解する。運命と言って諦めたような事を言っているが、それでも本心は死にたくないと願っている事が……。



「最期じゃない! 僕なんかが見たいなら、後で好きなだけ見ればいい! ━━これはふざけた運命をねじ曲げる魔法だ! 間に合え《一分前への復元《ワンミニッツ・リカバー》》!」



 僕の手が触れている場所から魔力を流し、魔法を発動させる。ミーシャさんの体の下に時計のような模様の魔法陣が光輝く。その光に包まれるとすぐに収まり、地面におびただしく流れていた血の後も消え去り、怪我のほとんどがなかったかのように元に戻る。


 そしてボロボロになった服も同時に元通りに戻った。



 ミーシャさんの体を見てみると、右腕から手にかけての怪我だけが治っていないようで痛々しい。おそらくだが、落下の衝撃を和らげるために空中でなにかしらの抵抗をしたのだろう。だから僕の魔法の範囲外になってしまったと思われる。


 僕の回復魔法を自分以外に使う時の制限。それは魔法名《一分前への復元《ワンミニッツ・リカバー》》の名の通り、一分前の状態に戻すだけのものなのだ。つまり、一分以上前に負ったダメージは治す事が出来ない。それが制限だ。


 そんな制限があっても十分強力な魔法なのだが……やはりというか、当然と言うか、この魔法は対象が大きければ大きいほど多大な魔力を使う。



 僕の落下時の怪我を治す時に《自動修復(オートリカバー)》も使っているので、実はもう立つ事が出来ないほど魔力を消費していた。



 それでも落ち着いた静かな呼吸に戻ったミーシャさんを見て、僕は死の運命に抗った実感に満足して笑みがこぼれる。




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