20話 神官をやめた理由を聞く
「シンさん、これは……その……少し露出が多いのではありませんか?」
僕が直した服を着て、マリアは少し恥ずかしそうにしている。元々は貫頭衣だったが、胸の所がまるまる焼け失っていたので元に戻す事は諦め、デザインを変える事で違和感なく着れるようにしたのだ。
ただ、所詮シロートの作業なので、修復方法はスカートの下の部分を少し切り取ってそれを肩掛けようのヒモとし、胸の膨らみ分もスカートを切り詰めて利用するといった簡単なものだ。
おかげでひざ下まであったスカートは今や太ももの半ばまで上がり、肩も露わになっているので、マリアからすればかなり露出が上がったと感じても仕方がないだろう。
「それは仕方がないよ。なくなってしまった物は返って来ないからね」
もっと早くに気付いていれば話は変わったんだけどね。
「それは分かっています。ですが……1つ疑問があります。どうして失われたはずの胸の部分のサイズが、前よりピッタリになっているのでしょうか?」
「それはそうでしょ。綺麗な胸が傷付かないように、その部分に細心の注意を払い、入念にサイズと形を思い出して最高の着心地をイメージしたからね。その違いに分かってくれて、製作者としては嬉しい限りだよ」
「……シンさんはもう少しまともな人だと思っていましたが、どうやら本当に変態さんだったようですね」
「え、なんで? 使用者に最高の状態を提供しようと努力する事は、とても良い事でしょ?」
「言ってる事に間違いはありません。ですが、女性の胸を思い出しただけでここまでピッタリの物を作れるなんて、普通ではありえませんし、それを本人の前で堂々と言えるところが変態と呼んだ理由です」
マリアにまた変態と言われて少し冷静になった。
……確かに本人の前で胸の形がどうとか言うのは駄目だった気がする。いや、気がするじゃなくて、間違いなく駄目だろう。日本でそんな事を言ったら、間違いなくセクハラで訴えられるレベルだよね。
久しぶりに思ったな……ここが異世界で良かったと。
反省も終え、依頼内容であった下水の詰まりは、先程の巨大なブルースライムが原因だったようで、今は問題なく流れているので地上に出る事にする。
もちろん隣にいるのはマリアだ。ここに来る時はミーシャさんだったから同じ方が良いだろうが、彼女の服は人前で見せれるレベルには修復不可能なので、一応着る物があるマリアの姿で町に戻る事にした。
だが、出口の近くに着くとマリアの表情が困ったような顔をして、歩みを止めてしまう。
「……シンさん、わたしはもうしばらくここにいますので、先にギルドに戻って報告し、宿で待っていてください」
「へ? どうしたの急に? ここは匂いも臭いし、あまり人の体に良い場所じゃないよ」
「それは分かっていますが……とにかく! 日が昇っている内は町の中を歩きたくないんです」
「ん? 分かってるけど出たくないってどういう事? ……あれ!? そう言えば、マリアって宿でも自分達の部屋以外ではその姿を出さないよね? 何か理由でもあるの?」
理由も言わず頑なに拒むマリアを見て、出会ってからの彼女たちの行動を思い出す。マリアの説明では直接剣で戦えるミーシャさんの方が、戦闘や何かトラブルに巻き込まれそうな時に瞬時に対応出来るからと言っていたが、周りの目がない部屋以外では、一度もその姿を現せた事がなかったのだ。
「貴方は変なところが鋭いですね」
「変は余計です。それより、そう言うって事はマリアの事情に何かあるって事?」
「それは……」
マリアはとても言い難そうに言い淀む。その姿から思った以上に大きな問題がありそうだと感じ、僕は聞かなかった事にしようと思う。
トラブルになりそうな事を聞いちゃったら、その問題に僕も巻き込まれるかもしれないからね。
でも薄情なんて思わないでくれよ。この世界では簡単に人が死ぬんだから、偉い人、強いモンスターなどとは戦わないのが一番長生き出来るコツなんだからね。
「言い難いなら言わないでも━━」
「マリアはねー、勇者って呼ばれている人に目をつけられちゃって、求婚を求められているんだ。それで困っていた時に神託が降りて来て、結婚させようとしてくる教会を捨てて旅をする事にしたんだよ。ま、さいわいわたしの姿に変われる事は誰にも言っていないから、簡単に逃げる事が出来たんだけどね」
「ちょっと!? ……ミーシャさん、それは内緒にしてくださいと言ったではありませんか」
「えー、でも、シン君は異世界から来たって教えてくれたんだし、マリアの事情だって少しは話さないとズルイよ」
「ちょっと待って!? なんで僕が異世界から来たって知ってるの!? まさか魔法を使って知らない間に僕に自白させたっていうのか?」
「何を言っているんですか。わたしの質問に普通に答えてくれたではありませんか」
嘘だ!? 僕が自分から秘密を話しただって? そんな記憶はないぞ……いったい何時、聞きだしたっていうんだ。
「やっぱり、無意識で質問に答えていたようですね」
「やっぱりって、ちょっと前にマリアが急に黙っててって言ってきたのは、シン君が何でも答えてくれる状態だって分かっていたからなの?」
「ええ、たぶんですが先程のシンさんはこの下水道の雰囲気に呑まれ、わたし達の質問に淡々と返しているように見えましたので、疑問に思っていた事を聞くチャンスと感じました。出来れば魔法の事まで聞きたかったのですが、モンスターが現れてそれどころではなくなってしまいましたからね」
「まさか……ブルースライムと出会うまでの間に、そんな質問が混ざっていたなんて……。 しくじった。まさかこの僕が言葉の駆け引き負けるなんて!」
きっとマリアの事だから、相当高度な話術で僕を手玉にとったに違いない。記憶にまで残さない聞きこみとなると、もう催眠術レベルと言っても過言ではないぞ。
「駆け引きって……あれはそんな難しい物ではありませんでしたよ? シンさんが訳の分からない単語を言いだすものですから、ミーシャさんが疑問に思って普通に質問を繰り返していただけです。もちろん、裏表がないミーシャさんの純粋な質問が相手では、警戒も出来ずにポロっと答えないでも良い事まで出るでしょうけどね」
「つまり僕は繰り返される簡単な質問を返す内に、答えるのが普通と思わされ、言っちゃいけない事まで話しちゃったと? そう言う事なのか?」
「簡単に言えばそうですね。シンさんの精神状態に余裕がなかったのも原因ですが」
そこまで人の精神状態を見抜くとは、なんて恐ろしい子なんだマリアは……。
「でも、勇者ってあれでしょ、世界を救う存在みたいな者でしょ? 結婚相手が勇者なら将来は安泰なんじゃないかい?」
このままマリアのペースで話をしては不利と悟り、僕は話題を強引に変える。
「あれはそんな偉い存在ではありません! 国の中で傍若無人で好き放題暴れま放題、周りの村が魔物に襲われても助けにすら行こうとしない最低の男です!」
あれ? 思っていた以上に話の矛先が変わったぞ? それに、ここまで感情を露わにしたマリアを見るのは初めてかもしれないな。
「……それって勇者って言うの? 勇者は正義の為に戦って、皆から尊敬されるはずじゃあ……」
「シンさん、あの国の勇者は異世界から勇者召喚によってよばれただけの存在。その性根は腐りきった唯の悪人です」
ん? 勇者なのに悪人? 言っている意味が分からなんだが……
「それでもあれは国の威信を懸けて呼んだ者。だから現実を受けとめたくはない立場の偉い人達が、民衆の声に耳を傾けず勇者と認め続けているのです。なのであの男は好き勝手が許され、ある意味勇者に支配されている国、と言っても過言ではありませんね」
「へー、どこの世界にも立場かわいさに横暴を行う上の人間っているんだね。でもそんなに酷いんなら、皆で戦えばいいんじゃないの?」
必殺、数の暴力。
「残念ながら……仮にも勇者召喚で呼ばれた者は、その恩恵として常人以上の力を授かります。おそらく異なる世界の壁を越えた反動なのでしょう。あれも行いは悪人そのものでも、力だけは勇者と呼ぶに相応しいものを持っているのです」
「それは最悪だね。どこの国かは知らないけど、近づかないようにしないと。しっかし、神様も助言を与えるぐらいなら、直接手を貸してあげればいいのに。まあ、僕は神様は架空の存在だと思っているから、アリス達が聞いたって言う神託も信じていないけどね。
だいたい、僕みたいな普通の異世界人に会いに来させるなんて、マリア達に何の得があるって言うんだい? 知っての通り、僕はまともに戦えない弱虫な男だよ」
「その上、変態さんですね」
「うぐっ!」
マリアの会心の一撃! シンは瀕死のダメージを受けてしまい、まともに立っていられない。
おぅ……マリアさん、ここでまた変態と呼びますか。言葉のナイフが僕の心にグサグサとダメージを与えてきますよ。
僕の魔法でも精神的ダメージは回復する事が出来ないから、お手柔らかにお願いします。マジで……
「そ、それで、その神様とやらは僕に何をやらせたいと考えているんだい?」
「それは……」
言い難そうにしているな……きっと碌な事じゃなさそうだ。
「ミーシャさんも聞いたんですよね? いったいどんな内容だったんですか?」
マリアが駄目ならガードの柔らかいミーシャさんに教えてもらおう。
「うーん。教えたらきっとシン君が逃げ出すと思うから、教えてあげなーい」
「……僕としてはその解答だけで、すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいになったけどね」
「安心してください。シンさんが何処に逃げたとしても、ちゃんと追いかけて首に縄を掛けてあげますから」
全然安心出来ないよ!? 冗談だよね? マリアさんの口端がニヤリと上がっていますが、それを含めて冗談を言っているんですよね? 子供に首輪をつけられて紐で手綱を握られるのは、見た目も立場も最悪のような気がするんですけど……
…………うん、折を見て逃げ出そう。
ミーシャさんと一緒にいる限り、マリアがその勇者に捕まる事もないだろうし、冒険者として安定した生活も出来るだろうから、僕が心配する必要はないしね。
今後の予定を大まかに決めた僕は、とりあえず依頼人に終了の報告だけを済ませ、マリアが残っている下水道に戻っていく。
逃げるとは決めたが、流石に下水道にレベルが高いとはいえ子供を1人夜まで残すのは気が引けたので、一緒に日が暮れるまで臭い下水道で一緒に過ごした。
マリアには「わざわざ戻って来る必要はありませんよ」とか、「貴方は馬鹿ですね」とか散々言われたが、その表情は少し嬉しそうにしているように見えたので、僕は罵倒を浴びせられても心地よく聞き流す事が出来た。
ちなみに僕は罵られて喜ぶような性癖は持っていないです! それだけは勘違いしないように!




