19話 裁縫と暴走
僕は今、汚い下水道の床で倒れています。
ただ決してモンスターにやられた訳ではありません。それ以上に恐ろしい者ではありますが……。
「マリアさん……そろそろ機嫌を治してほしいのですが……」
「……………」
マリアは何も答えない。落ちた服で体を隠し、僕に背を向けて座り込んでいた。
何故こんな状況になったか。それを説明する為にも時間を少し遡ってみよう。
マリアの服が落ちた瞬間、僕は土下座をしていた為に、下から覗き込むような形でハッキリと魅入っていた。
「……………」
突然の痴態だったはずなのに、平然とした顔のままのマリアだった。これは表情が固まってしまうほど怒っていると感じ、僕は何か言わないといけないと思って声を掛ける。
「マリアさん。ご馳走様です」
「こんな粗末な体を見たぐらいでお礼は必要ないのではありませんか?」
僕は「落ち着いて」と言おうと思ったのだが、つい本音の感謝の言葉が出てしまった。しかし返って来た言葉は自分を卑下するもので、状況に着いて行けず驚いてしまう。
あれ? 怒っていないの? 確かに前見た時も同じような反応だった気もする。……でも…マリアは1つ、勘違いをしているぞ。これは僕が教えてあげないといけないな。
「1つ訂正をするよ」
「なんですか?」
「君の体は粗末なんかじゃない! 確かにミーシャさんに比べれば小ぶりで可愛いと思うかもしれないが、それは将来の楽しみとも言える。だが、今でもその胸の形は君のプロポーションとマッチしていてとても綺麗だと思う。幼いながらにも見てとれる腰のくびれ、僅かに成長したお尻、そして何より小さ過ぎず大き過ぎない胸! そのすべてが高レベルだ! 生で見たのはマリアの胸しかないが断言しよう━━これこそがまさに美乳! マリアはもっと自分の胸を評価して良いと思うよ」
「……………」
下水道内に僕の声が響き渡る。何故自分をそんなに低い評価にしているのかは分からないが、その間違いに気付いてもらうため、僕は全力でマリアの胸を評価した。
生で見たのは初めてだから、その見比べた相手は日本にいた時に見た写真集だ。もちろん、18禁じゃないよ。写っていた人は水着などは着けていないように見えたけど、きっと18禁じゃなかったはずだよ。だって僕は健全な青少年だったからね。
「な!? な!? な!?」
「分かってくれたかい?」
驚いて目を白黒しているマリアに、優しく手を差し伸べて上げる。これで自分の評価を上げてくれるだろうと信じて……
「シンさんのへんたーーーーーい!!!!!」
「がふっ!?」
しかし僕の手にマリアは受け取ってくれなかった。それどころか、僕の力説を聞いてマリアは左手で胸を隠し、右手で勢い良く杖を振り抜いてきたのだ。
杖は僕の頬に直撃し、勢い良く後方に吹き飛ばされてしまう。いくら元神官で魔法使い、そして年下の女の子とはいえ、彼女のレベルは13もあるので力は僕を遥かに上回って高い。まさに別次元、ケタが違うのだ。
突然死を覚悟するダメージを受けた僕は、《自動修復》が発動して傷はなかった事になる。だが、そのまま何事もなく立ち上がるとマリアの怒りの矛先がこちらに向くと冷静に判断し、僕はダメージで動けないフリをする事にした。
それにしても、どうして殴られたんだ? 前にマリアの裸を見た時はこんな攻撃をしてこなかったよね? なんで今回は殴られたんだ?
……いや、むしろ褒めたんだから喜んでくれても良いはずだ。分からない……やっぱり彼女がいない僕には女心は難し過ぎるよ。
ただ先程の光景は忘れれないとだけは言っておこう。もちろんたった今殴られるまでを動画としてだ。
そして現在に至る。
「ねえマリア……どうして怒ってるの? なんならわたしが変わろうか?」
「駄目です……服の状態は、わたしより酷いじゃないですか。そんな事をしたら、いつ変態さんが更なる暴走を起こすか分かったもんじゃありません」
落ち込んでいるマリアを心配して、ミーシャさんが慰めようとしている。マリアは自分が恥ずかしい思いをしたくない為にミーシャさんを晒し者にする訳にはいかないと、そう判断出来る程には落ち着いたのだろう。
だが、その声はまだ弱弱しく、どうして今回に限ってこんなに取り乱しているのかは分からないが、それでも僕が原因だとは理解している。
「マリア……」
「シンさんはこっちを見ないでください! わたしは今、着る物がないんですよ! またわたしを視漢しようと言うんですか!」
マリアは僕の声を聞くと、下水道内に響き渡るような大声で叫んできた。
僕の説得が効いたのか、今は隠すところは隠している。だが僕に対する評価は思った以上に重症だ。
「前を見ないから、落ち着いて少し話を聞いてくれ」
「……………」
怒鳴られないって事は話を聞いてくれるって事だよね?
「僕は自分の服を直す為に、簡単な物だが裁縫道具を持っている。それを渡すから応急処置をしてほしい」
僕はリュックから小さい小箱に入れている裁縫セットを差し出す。前を見ていないからマリアとの距離がいまいち分からず、とりあえず適当に前に出しただけだが、受け取ってくれたので一安心する。
「たしか黒の糸もあったはずだから、それを使えばあまり目立たないで済むはずだ」
「もしかして変態さんは裁縫が出来るんですか? 変態なのに…………言い間違いました。男性なのに裁縫が出来るんですか?」
うーん、また変態と呼ばれるようになっちゃったか。今回は仕方がない部分もあるから諦めるけど、出来るだけ早く元の呼び方に戻してほしいな。
「簡単な縫物ぐらいなら出来るよ。授業でも習ったし、昔からお金に余裕がないから、自分の分ぐらいは自分で直せるようにならないといけなかったからね」
「っ!?」
マリアのいる方から息を飲む音が聞こえた。これは明らかに何かに動揺したよね。今の話の流れから考えると、答えは一つしかないけど。
「もしかして……マリアは裁縫が全然出来ないの? そりゃ、専門の人に比べれば僕の腕も足元にも及ばない程度だけどね」
「へー、いがい。てっきりシン君て、そう言うのは出来ないと思っていたよ。わたしやマリアはその手の事をした事がなかったからね。何かを作る以前に、まともに針も持った事がないよ」
ああ、やっぱり2人共出来ないんだ。
「そんな必要がない事を、今は言わないでいいです!」
動揺を隠しきれない言葉使いを聞いて、僕は確信を得る。それと同時に、マリアの顔も真っ赤になっているだろうなー、とも、何となくだが分かるような気がした。
「……なら僕が後ろを向いてその服を直すから、良ければ服を渡してほしい」
僕は後ろを向くが、そのまま場が固まって何の進展もないまま時間がだけが流れる。マリアも他に手はないかといろいろ考えたのだろうが、しばらくして僕に渡すしか方法がないと観念したのか、そっと肩に破れた衣服がかけられた。
「ちょっと待っていてよ。少し形は変わるけど、着ていて可笑しくない程度には直してあげるから」
受け取った服を広げ、僕は修復方法を考えて針を通す。
応急処置的な物のつもりだったが、元々の服の素材が良かったのもあり、多少激しく動いたとしても問題ないぐらいの出来で仕上がった。
「マリア、これでどうかな? 胸の部分が崩れ落ちちゃってたけど、ちゃんとサイズに合わせて直しておいたから、違和感はない筈だよ」
僕は後ろを振り返らないでマリアに直した服を渡してあげた。無言だったが、後ろで布が擦れる音だけが聞こえる。
これはこれで興奮する物があるな。女の子が僕のすぐ後ろで生着替えをしているなんて、凄いシチュエーションだよね。しかもマリアの裸は今も鮮明に記憶にあるから、完璧に着替えのシーンがイメージ出来るよ。
……最近、僕のテンションがおかしい事になっている気がする。ま、仕方がないよね。美少女と一緒の部屋に寝泊まりして僕は悶々としっぱなしなんだから、これぐらい普通だよね?
僕は自分で自分にそう言い聞かせた。




