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18話 下水道のモンスター

 依頼を受けた下水道への入口まで来たが、場所の説明をしてくれた依頼人の表情は、信じられない物を見ているように驚いたままだった。



「……本当にミーシャさんも下水道に潜るんですか? この中は臭くて汚いですよ?」


「仲間なんだから、協力するのは当然だよ! それに2人でやった方が、終わるのも早くなるしね」


「早く終わったからと言って、モンスターの討伐系の依頼は受けませんよ」


「えー、わたし久しぶりにレベルが上がったんだよ。強くなったわたしをシン君にも見てほしいよ」



 わたしを見てほしいだって!? まさかここで18禁となるムフフな展開に??? ……まあ、宿で聞いたらそんな展開を期待しちゃうだろうけど、こんなむさ苦しい冒険者ギルドないじゃ、ありえない話だよね。

 え? 本当は期待したんじゃないかって? ハハ、そんな事思うはずがないじゃないですか。ハハハ……。


 ……まあ、がっかりするミーシャさんを出来れば見たくはないけどね。



「とりあえず後の事は考えないで、今、目の前にある仕事をしましょう。掃除は僕がやりますから、ミーシャさんは後ろで待っていてください」



 下水道の中はゴミや汚水、小動物の糞や死骸の匂いが入り混じっている。僕は一応、2度目の依頼なので少しは慣れているが、初めてのミーシャさんにとってはキツイだろう。



「下水道って暗いんだね。松明の光がないと真っ暗で何も見えなくなっちゃうよ」



 あっれー? ミーシャさん、結構平気そうなんですけど。



「……ミーシャさん、ここの匂いは平気なんですか?」


「へ? 匂い? ……あぁ、匂いね。うーん、少し臭いとは思うけど、わたしはマリアの仕事でアンデットの浄化なんか付き合っていたから、これぐらいの匂いは平気なんだ。だって、人や動物の腐った匂いってこんなもんじゃないし、見た目だって最悪だよ?」


「うっ!? ……想像しただけで気持ち悪くなった。でも、平気なら良かったです」


「うん。心配してくれてありがと、シン君」



 ここで女神のような笑顔ですか……おかげで気持ち悪さが一気に消え去ってしまったよ。でも魔族に女神のような笑顔って表現は、少し変だったかな?



「それよりシンさん。迷わず進んでいるようですが、何か宛てがあるんですか?」



 少し浮ついていた僕に、マリアの少々冷めた声が問いかけてくる。



「ああ、前回この依頼を受けた時にいろいろ回って少しは道を覚えたからね。とりあえず前と同じ場所を確認しようと思ってるよ。そこは下水の合流地点で、通りは広いんだけど流れが不安定になっててゴミが溜まりやすい構造になってるんだ。依頼人にもその事を報告はしているけど、そんなにすぐには改善できる問題じゃないからね」


「ねえシン君。この下水ってどこに行ってるの?」


「これは川に流れていきますよ。町の外を流れている川の一部を町の地下に通して、その勢いも利用して下水を流し、元の川に合流させているんですよ」


「……それって川の水が汚れるんじゃないの?」


「確かにそうですけど、結構大きな川ですし、しばらくすれば海に出るらしいですから混ざってほとんど影響がありませんよ。本当は下水処理施設を作るのが一番良いんですけどね」



 下水の垂れ流しが良くないのは分かっているが、この町で下水道を利用しているのは一部の上流貴族だけなので、汚水の量自体は大した事がないのだ。

 だから低ランクの冒険者が、たまにこうしてゴミが引っ掛かった時に見に行くだけで済むんだけどね。


 それにしてもやっぱり臭いな……。ミーシャさん達は平気そうだけど、僕は気持ち悪い事を少しでも考えると吐きそうだ。


 よし、ここからは無心で進もう。



「下水処理施設って何?」


「簡単に言えば汚れた水を綺麗にする場所ですね。僕も詳しい仕組みは覚えていませんが、微生物とかを利用して綺麗にするんですよ」



 目的地に到着するまで少し時間が掛かるし、松明があるとはいえ、周りは暗闇なので少々気持ちが落ち込み不安になる。そして間違っても下水には落ちたくないので、足元にも集中する必要もある。

 極力無心でいようとする事と、最低限の周囲への注意を払っているせいもあってか、ミーシャさんの質問にうろ覚えの知識を淡々と意識せずに答えていく。



「微生物って何?」


「微生物ってのは、目には見えないほど小さな生き物ですよ」



 うわっ!? あんな所にネズミの死体を見つけちゃったよ…… 



「見えないのになんで生き物って分かるの?」


「顕微鏡とかを使って1万倍ぐらいに拡大すれば見れるようになるんですよ」



 無心って言っても、いきなりそんな事出来る訳がないか……またネズミの死体か……



「そんなの聞いた事がないけど、どこにあるの?」


「安いのなら普通に学校とかにありましたよ」



 せめて風の流れがもう少しあれば、このジメッとした空気も楽になるのにな。



「……そんな物を置いてる場所ってどこにあるんです?」


「日本中の学校に置いてあったんじゃないかな。理科の授業で習うし」



 結局、いろいろ見えてる以上、気分が滅入るのは避けられないか……。死体ってのはどんな動物のでも気持ち悪くなるな……ウップ



「……シンさんは何処の国から来たんですか?」


「普通に日本にいたよ。この世界に来たのは最近だし」


「この世界って事は……信じられませんが、シンさんは違う世界から来たって事ですか?」



 ジメジメした空気、動物の食い荒らされた死体、流れる下水の匂いと、気分が悪くなるものばかりが重なっており、僕は思った以上に余裕がなくなってしまい、少しの間一緒に来ているミーシャさんの存在が頭から外れていた。



「うん、そうだ…………ちょっと待って!? 何か前の方で動く物があるぞ!」



 松明の光の先、下水が流れる川の真ん中らへんに不自然に動く何かが見えた。薄暗いから気のせいかとも思いながら光を当てて注意して見る。すると……



「あれって……スライム?」


「スライム、のように見えますが、かなり大きくありませんか?」



 僕達の持つ松明の光に気付いたのか、川の流れを遮るような巨大なスライムがこちらに近づいて来る。


 町の外などで見かけるブルースライムは、だいたい50センチほどのゼリー状のモンスターだ。だが、僕達の目の前に現れたスライムは、色こそ同じ青だが、ゆうに3メートルは在ろう巨体だった。



「普通のブルースライムではありえない大きさです。きっと長年この下水に住み着いて、小動物やゴミなどを食べて育った異常種に違いありません」


「こいつが下水を詰まらせていた原因か! ……よし! 原因も分かった事だし、急いで逃げましょう!」



 僕はミーシャさんの手を掴み、来た道を引き返そうとする。しかしその手はビクともせず、引っ張ったはずの僕が逆に引き戻されてしまった。



「大丈夫だよ、シン君。相手は最弱と呼ばれるブルースライムだよ。ただ大きくなっただけじゃ、わたしの敵じゃあないよ」



 簡単に引っ張り戻され、久しぶりにレベルの差を感じてしまった。


 相手は血や肉のないモンスターなのだが、生物の命を奪うと思うと、やはり僕の体はまともに動いてはくれそうにない。出来れば逃げたいのだが、ミーシャさんはやる気のようで、剣を抜き、巨大なブルースライムに向かって走り出してしまった。


 相手の動きは遅い。いやむしろ巨大になって自分の体が重いのか、普通の奴より遅く感じる。所詮はブルースライムなのだろう、僕はミーシャさんの戦いを気を抜いて見守る事にした。



「一撃で終わらせてあげる!」



 ミーシャさんの袈裟斬りがブルースライムをとらえる。しかし普通サイズなら真っ二つになる一撃も、3メートルを超える巨体となると、刃が奥まで届いていない。

 そのせいで手前を斬り裂くだけで終わってしまい、元々水分の塊みたいな体は、何事もなかったかのように元通りにひっついてしまった。



「うそ!?」



 ミーシャさんはその現象に驚いてしまい、動きが止まっている。その隙を突かれ、下水の中からまるで触手のように伸ばして来たブルースライムの体に足を掴まれてしまい、宙吊りにされて本体の方に引っ張られていく。


 慌てて伸ばして来た部分を剣で斬るも、下に降りる前に斬り口が繋がって触手にまた掴まれる。



「もう! しつこい!」



 ミーシャさんは何度も剣を振るうが、宙吊りという体勢の悪さからいつものように剣を振るう事ができず、一進一退を繰り返していた。


 だがその均衡もすぐに崩される。巨大なブルースライムからもう一本の触手を伸ばされてしまった事で、ミーシャさんは防戦一方になってしまう。

 ブルースライムの主な攻撃手段は相手を溶かして捕食する事だ。僕なんかが相手だと触れられた所が軽い火傷のようになるが、レベルの高いミーシャさんにとっては普通に触られるのと変わらない。


 だがそれは、あくまでレベルの高いミーシャさん本人が耐えれるだけの話で、その彼女が装備している衣服はそうはいかない。

 次々と掴まれては斬り裂くを繰り返していく内に、触手に触れられたミーシャさんの服はドンドン綻んで消えていき、肌色部分が目に見えて増えていく。



「ミーシャさん、剣だけでは厳しそうです! 魔法を使ってどうにかなりませんか!」



 明らかに剣でのダメージは皆無に等しい。いくら斬れ味が良いミスリルの剣だとしても、まるで水を斬っているように手ごたえすらほとんどなさそうだ。



「わたしの使える魔法は剣に闇を纏わせて刃の長さを少し伸ばすか、相手を拘束するやつしかないの。それもこんな水っぽいのが相手だと意味がないのよ。でも大丈夫! 絶対わたしが倒して見せるんだから!」



 ミーシャさんのやる気は少しも落ちていないが、持ち前の魔法が意味をなさないとなると、このモンスターとの相性は最悪としか言いようがない。


 しかし、いくら魔法をあまり利用しないからって、なんでこういう相手を想定した魔法を練習していないんですか。攻撃でダメージを受けないでも、体内に取り込まれたら息が出来なくなって死ぬぞ。


 ……何か手はないか。僕が魔法を使わないで現状を打破する手が!



 そう考えている間にもミーシャさんは徐々にブルースライムの方へと距離が近づいていく。それに比例して服もやばくなっていく。


 ……布が落ちる。そして視線はそれがあった場所にいく。

 触手による攻撃ではミーシャさんにダメージはなく、体内に取り込まれない限りは死ぬ事はないだろう。斬る事ではダメージを与えれないが、僕にはブルースライムを倒す魔法がある。

 その余裕からか、いつしか僕の意識はミーシャさんの肌色部分に集中していた。


 何度も繰り返していた終わりの見えない攻防を打開しようと無理な動きをした結果、触手がミーシャさんの胸のあたりに巻き付く。



「こ、これは!? このままではミーシャさんが胸がはだけてしまう…………ゴクン」



 いや、ミーシャさんの裸を不可抗力で見れるかもなんて邪な考えは持っていませんよ。僕の視線がブルースライムからミーシャさんに集中しているのは、魔法を使わないで助ける方法を考えている結果であって、見えそうで見えなかった大きな山に目が囚われている訳ではないよ。断じてないよ。



「シンさん……鼻の下がしっかり伸びていますよ」



 期待していた……いえ、心配していた僕に、まるで冷水を浴びせるような冷たいマリアの声が響き、急に背筋が寒気に襲われる。それと同時にミーシャさんの体が光って、マリアと入れ替わった。



「不浄なる者よ。聖なる光によって焼き払われたまえ。《ホーリーレイ》」



 マリアの杖から放たれる一筋の光は、まるでレーザーのようだ。その光に触れた触手は焼き払われるように消滅していき、ブルースライム本体にも穴を開ける。



「ここまで巨大ですと、一撃とはいきませんか。《ホーリーレイ》」



 ブルースライムが怒ったように伸ばしてくる触手に合わせ、マリアは光を放っていく。相手が攻撃するたびに体を削られていくが、所詮はブルースライムなのか、まるで火に飛び込む蛾のように返り討ちに遭い、やがてその体は一欠片も残さず消え去ってしまった。



「いやー良かった。一時はどうなるかと心配したよ」



 戦いが終わったので僕は安堵の表情でマリアの近くに歩み始める。




「《ホーリーレイ》」


「わ!?」



 そんな僕の足元に、マリアは光の魔法を放ってきた。まさに足の先10センチの所にポッカリと黒い穴が空き、直撃を受ければ僕の体も同じような穴が空いていただろう。


 僕は冷や汗を流しながら足元から視線を上げてマリアを見る。彼女はまるで汚い物を見るかのような冷めた目をしていた。



「すみません。不浄なる者が近づいて来た気がしたもので」


「い、嫌だな、マリアさん……僕はミーシャさんの事を、し、心配して……」


「ミーシャさんの服がどこまではだけるか、の心配では?」



 ま、不味いです。一瞬とは言え、僕が考えてしまった事を正確に気付いている。



「ぼ、僕は、じゅ、純粋に心配を……」


「その割には視線が胸に集中していたように見えましたけど?」


「……………」



 やばい! 何か良案を捻り出して誤魔化さないと殺されるかもしれない。……まあ、殺されるのは言い過ぎかもしれないか。



「先程のわたしの浄化魔法を受けてみましょうか? それを受けて焼け死ねば、わたしの勘違い。もし消滅するようなら、シンさんはどうしようもない変態さんとしてお墓を建ててあげましょう」



 そう言ってマリアは杖を向けて来る。


 はい、全然言い過ぎではありませんでしたね!? って言ってる場合じゃないでしょ! だいたいなんですかその魔女裁判的な判別法は!? それってどっちにしろ死にますよね? これって僕の未来は死しか残っていませんよね!?



「すみませんでしたー!!! わたくし、ミーシャさんがダメージを受けていない事を良い事に、邪な目で見つめていました!」



 僕はマリアの目の前に膝を曲げて滑り込むように土下座を行う。まさかスライディング土下座を実際に行なう日が来るとは思ってもみなかったが、まるで汚物を見るようなマリアの冷めきった目に命の危険を感じ、躊躇なく最上級の反省の意を表した。



「仕方がなかったんです。僕だって男なんです。目の前に神秘があれば、そこに視線が釘付けになるのは自然の摂理だったんです。」


「……あまり反省の色が見えませんね」



 カチャ、と音が聞こえるように杖を動かし僕に向けてくる。実際に向けられた事はないが、銃を押し付けられたような恐怖を感じた。



「心配したのは事実です。どうにかしないとと考えていたのも事実です。ですから許してください」



 嘘はつけない。マリアは人が嘘をついているかが分かるほど、観察力に優れている。僕は正直な心の動きを伝えて謝るしか出来なかった。



 静寂だけが流れる。下水の匂いも音も、まるで耳に入って来ないほど緊張の時間が過ぎていく。どれだけの時間が過ぎただろう。ようやくマリアが杖を下ろして声を掛けてくれた。



「今回はミーシャさんがなかなかわたしと変わらなかったのも原因ですし、許してあげます。ですが、今度いやらしい目で見たら、その目に魔法を撃ち込んであげますよ」


「肝に銘じておきます!」



 ようやく許しをもらい、僕が顔を上げた時……また事件が起こる。



 バサリ……



 2人の耳に、布が落ちる音だけがしっかりと聞こえた。その音の発生源に、僕はもちろんマリアも動く事が出来ない。


 良く考えてみれば、ミーシャさんからマリアに変わった時、ブルースライムの触手は胸の所に巻き付いていた。

 服が朽ち果てて胸が露わになりそうだったミーシャさんとマリアが入れ替わり、装備も変わったからとはいえ、ダメージを受けていなかったマリア服はその瞬間から消化液の被害を受けていたのだ。


 つまり、貫頭衣を着ているマリアの服は胸の所がバサッと朽ち果てて落ち、今は胸は露わになり、下着姿で僕の目の前で固まっている。


 たった今、いやらしい目で見ないと宣言したばかりだったが、目の前にある美少女といえるマリアの裸体から、僕は視線を逸らす事など出来なかった。


 


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