17話 ミーシャさんのお礼
冒険者ギルドには昼過ぎに到着した。この世界では食事は朝晩の2回が主流なのだが、日本育ちの現代人である僕は一日3食は食べたい。
もちろんお金に余裕がない時は我慢するが、今日は食べてからギルドに向かった。
「今日こそは一緒の依頼を受けようね」
「そうですか? なら……町の清掃さ━━」
「はい! 今日はワイルドウルフのお肉を獲りに行くよ」
僕は昨日に引き続き、町中での安全な仕事を受けようと依頼書に手を伸ばした。だが、その手はミーシャさんによって遮られてしまう。
「ですから、僕は町の外には出たく……」
「今日はワイルドウルフのお肉を獲りに行くよ!」
「でも……」
「一緒にワイルドウルフのお肉を獲りに行くの」
「……………」
これは僕が何を言っても引く気がなさそうだぞ。うーん、なんで今日はこんなに押しが強いんだ?
「どうしたんですか、急に?」
「今日はシン君のおかげで良い剣が手に入ったからね。一緒の依頼を受けて、そのお礼がしたいの」
ああそう言う事ですか。別にミスリルの剣が手に入ったのは偶然だし、そこまで気にしないで良いんだけど……。
でも、ジッとこっちを見ているミーシャさんの顔から考えて、今日は逃げ出すのは無理か。それにここで騒げば騒ぐほど、周りの刺さるような視線が鋭くなっている気がする。
皆さんが想像しているような関係ではないんだけどな……
「……負けました、降参します。諦めて今日は一緒にその依頼を受けますよ」
「ほんと!? なら受付にいこ!」
「ですが、僕はモンスターを倒しませんよ。襲われれば身を守る程度はしますけど……」
自分で言っておいてなんだが、とても情けない発言をしているよなー。
「うん、分かってる。わたしがしっかり守ってあげるから安心していいよ」
普通この言葉は男である僕が言うべきなんだろうけど、見事に立場逆転だね。
「あのヒモ野郎、最低のクズだな」
……あれ? あそこにいる女性冒険者の方にクズでヒモ野郎って言われちゃったぞ。やっぱりそう見えますよね。うん、涙が出てきそうだよ。
僕は上を見て涙が落ちるのを我慢した。
「シン君。依頼を受けて来たから行くよ」
男性の冒険者にも女性の冒険者にも嫌われて、やっぱり僕って冒険者が向いていないんじゃないかな……。
あ!? 受付のお姉さんが手を振ってくれている。ありがとう。貴女のおかげで少し心が癒されたよ。その代わり男性冒険者の敵意が更に強くなったが、何も見えません! 何も聞こえません!
さあ、ミーシャさん。気分が良い内にさっさと出かけましょう。今の僕ならモンスターの一匹や二匹……………逃げ切る事が可能だと思います。
町を出て、よく目撃情報がある場所に向かう。ワイルドウルフはゴブリンより動きが早く、群れに出会うと低レベルの人は逃げ出すのも絶望的な状況になってしまう。
実はこの世界に来たばかりの僕が始めて出会ったモンスターで、殺されかけた相手だった。だったんですが、ミーシャさんの手に掛かると一刀のもとに首が狩りとられて戦いは終わってしまう。
レベルの差、武器の差、そして戦いに関する心構えの差をしっかり感じる。
まあ、魔法を覚えた今の僕なら逃げ出すのは可能だろう。……別に負け惜しみではないですよ。
そんな調子でミーシャさんは次々と倒していく。僕は薄目で出来るだけ見ないようにする。
流石に何もしないのは悪いので、ワイルドウルフの死体は僕が運ぶ事にした。もちろん傷口を見ないように、死体は後ろから掴んで背負っていたリュックに放り込む。
僕のリュックの収納量を軽く上回る様子に、ミーシャさんは不思議そうな顔をしている。マリアもその正体を知ろうと見ているだろうが、この収納力に何らかの魔法が使われているとは分かっていても、《ストレージ》の魔法から属性を割り出すのは無理だろう。
今日は昼からの活動だったが、モンスターとのエンカウント率が高かったので5匹も倒す事が出来た。
冒険者ギルドに戻ってきて、僕はある問題に気付いた。ワイルドウルフの複数討伐自体は大した事はないのだが、僕とミーシャさんの2人で5匹ものモンスターの死体を運搬した方法をどうやって説明すれば良いのか考えていなかったのだ。
「ワイルドウルフとは出会えましたか?」
「うん! 5匹も倒せたんだよ」
「5匹もですか、それは運が良いですね。……それでモンスターの死体は何処に? 食用となりますので新鮮さが大事なんですが」
不味いね。ミーシャさんは目立つから、周りの目も集まっているよ。どうしよう……ここで死体を取りだしたら僕の魔法の異常性に興味を持たれるよな。
「死体はシン君がまとめて持っているよ」
ミーシャさん……勝手に話を進めるのはやめてください。まだ考えがまとまっていません。
僕は額に冷や汗を流しながら固まり、一生懸命に誤魔化す方法を考え続ける。
「それではシンさん。奥にある冷蔵庫に案内するので、そこに死体を運んで来てください」
ん? 別の部屋? 今、奥の冷蔵庫に案内するって言ったよね?
そう言って受付のお姉さんが歩き始める。冷蔵庫がある部屋の場所を聞いた僕は、「ナイス!」と思いながら一度部屋から出ては1匹ストレージから取り出して運ぶ、を繰り返した。
正直助かりました。
「……シンさん、このワイルドウルフは今倒した訳ではないんですよね?」
僕が運んだモンスターの死体を見て、受付のお姉さんは驚いたような顔をしている。
「今って、それじゃあ町の中でモンスターと戦った事になるんじゃ…………あ」
お姉さんが何に疑問を持ったのか気付いた。
「いえ、このモンスターの状態があまりにも良い物で……それにまだ血が固まっていませんし……」
そう、僕が取り出したモンスターの状態が良過ぎたのだ。
なにしろ《ストレージ》の魔法で収納した物は、時の流れから取り残されて入れた時のままになる。生きた者は入れる事が出来ないという制限はあるが、それでもチートと言われても仕方がない性能だ。
「……どうしてだろうね……僕は特別な事をした覚えがないので、良く分からないです」
僕はとぼける事にした。
「そうですか? ですが状態が良いのはいい事です。依頼内容の新鮮な肉を確保出来る事ですし、精算しに戻りましょうか」
ありがとう、受付のお姉さん。あまり深く突っ込まれるとボロしか出ないから助かるよ。お姉さんに対する僕の好感度が3上昇しました。
そんなくだらない事を考えながらも、依頼の報酬を受け取って宿に戻っていく。
この日以降は強引に一緒の依頼を受けようとは言いださず、僕はGランクの依頼を順調にこなし、ミーシャさんはFランクの依頼を手堅くクリアして、すぐにFランクに昇格した。
僕もミーシャさんに遅れて4日目にはFランクに上がる事が出来た。
「シン君もFランクに上がったね。なら一緒にEランクの依頼を受けよ!」
Eランク依頼
・シルクスパイダーの糸の採取
・ワイルドウルフの群れの討伐
・ゴブリンソードの討伐
・鉱山での護衛任務
・ポイズンフロックの討伐
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うん、全部モンスターとの戦いが避けれそうにないものばかりだね。
「僕はこれまで通りGランクの依頼を受けさせてもらいます。ミーシャさんも無茶をしないでFランクで堅実にいきましょう」
「えー、せっかく冒険者になったんだよ。シン君も一緒に冒険しようよー」
「駄目です。せっかく安全な町にいるんですから、無茶をしないですごします」
やっぱり平穏がベストだよ。今日は下水道のゴミの除去依頼でも受けようかな。ちょっと大きいゴミでもストレージにポイ、で終わりだもんね。
「……なら、わたしも一緒にGランクを受ける。1人で戦っていてもつまらないもん」
「え? ミーシャさんも下水道のゴミの除去をするんですか?」
「うん、せっかくチームを組んでるんだから、一緒にいたいでしょ?」
ミーシャさん……そんな前かがみになって甘いセリフを言わないでください。ほら、聞こえませんか? 周りから嫉妬と憎悪が籠った声が……
「なんだあいつは! あんな美人に下水道に潜らせるつもりか!」
「あいつ、モンスターとの戦いも彼女に任せっきりで、自分は何もしないらしいぞ。きっと今回も彼女に汚れ仕事をやらして、報酬だけ自分の物にするに違いないぞ!」
「あのヒモ野郎を叩きのめして、俺のチームに編入させてやる」
完全に僕が酷い男と言う事になってるよ……どうしてかな? こう思われないように別々の依頼をこなして来たのに、たった数回一緒の依頼を受けただけで何でこんな変なイメージが定着するんだ?
結局この悪いイメージを好転させる対策も思い付かないので、僕は逃げ出すように下水掃除の依頼を受けにギルドを逃げ出した。




