12話 黒マリア
今日から泊る宿、『爆睡亭』。ここは主に新人を抜けた冒険者が利用する宿で、実力はついてきたがまだ収入が安定しないが少し贅沢したい人が泊る。
この町をメインに活動すると決めた安定した収入を得られる冒険者は、そもそも宿などを利用せず家を買って拠点とするので、ここには中堅冒険者以下か流れの冒険者しかいないのだ。
安定した収入どころか、まだこの町で一度も働いていない2人だったが、慣れない場所なので少しでも安心が欲しかったので今日はここを選んだ。
「いらっしゃい。おや? 見慣れない2人だね。新人冒険者……なのかい?」
宿に入ると、カウンターに立っていたおばさんが僕達を見て不思議そうな顔をしていた。何を疑問に思ったかは分からないが、僕は普通に話を進める事にする。
「今日この町に着いて、冒険者になったばかりの新人です」
「そっちのお嬢ちゃんもかい?」
「うん。わたしもさっき冒険者になったんだ。シン君とはチームを組んだんだよ」
あれ? いつの間にチーム登録までしちゃってるの? もしかしたら僕が呆けている間に済ませちゃったのかな。……うーん、僕はGランクの依頼を細々と受けようと思っていたけど、ミーシャさんの事だからFランク依頼を勝手に受けそうだ。
これは対策を考えておかないとモンスターの討伐ばっかり受ける事になるぞ。
今後の事を考えていると、宿泊費の話が始まった。
「そうかい、なら2人で1泊400ゴールドだよ。食事は朝、夕の2回。昼は食堂をやっているから、必要なら食べに来てね」
日本円で1人一泊2万円か。確かに少し高いな……僕の残金は500ゴールドだから、この宿だと2泊で終わり。
Gランクの依頼報酬がだいたい100ゴールドだったから、1日2件は達成しないと寝泊まりすら出来ない。こりゃ、明日の稼ぎ次第では安い方の宿にしないといけないな。
「ではとりあえず2泊でお願いします」
「ありがとね。じゃあ案内するよ」
この人が女将さんなのかな? 案内してくれるようで、僕達は後ろを着いて行った。
「ここだよ」
そう言って女将さんは戻って行こうと歩き出す。
「え!? あれ? すみません、僕の部屋は?」
「ん? あんた達って付き合ってるんじゃないの? だからチームを組んだんじゃないのかい?」
「そ、そう見えます?」
僕とミーシャさんが恋人に!? おっと、美人と恋人関係に見えるなんて言われて浮かれちゃったけど、本当にそうなる訳がないし、なったらなったで今後の生活が波乱万丈になる可能性が高いから勘弁してほしいね。
うん、強がりじゃないよ。落ち着いて考えてみれば当然の話だ。僕はお世辞にもハンサムではないからね。一般人には一般人が相応しいんだよ。
「そうかい。てっきり恋人だと思っていたけど、違うなら部屋を別けないといけないね。でも、困ったね……今はこの部屋しか空いていないんだよ」
「わたしは別に一緒の部屋でもいいよ。今までも一緒に寝てたしね」
一緒でいいだって!? 落ち着いたはずなのに、一気に心臓が跳ね上がってしまったよ! もしかしてミーシャさんは僕に一目惚れでもしていたのか???
ん、まてよ!? ……それってつまり、今夜はお楽しみが待っているって事なのか!? 宿屋での伝説の会話、「昨夜はお楽しみのようで……」が、生で聞く事が出来るのか!
「なんだい。やっぱりそういう関係なんじゃないか。ならこの部屋を使っておくれ」
「はーい」
僕が混乱している内に話は終わり、女将さんは帰っていき、ミーシャさんは部屋の中に入って行った。廊下に取り残された混乱中の僕。
そんな僕を現実に戻したのは、冷たい声と視線だった。
「いつまで鼻の下を伸ばして呆けているつもりですか? ハッキリ言っておきますが、シンさんが期待しているような展開にはなりませんし、ミーシャさんにそんな気持ちは欠片もありませんから期待しないでください」
「 !? 」
「気持ち悪いですよ」
「おぅ……」
部屋の中ではすでにマリアの姿に変わっており、まるで僕の考えている事が分かっているかのように一刀両断で否定してくれた。バッサリと斬られた僕は、膝をついて落ち込んでしまう。
まだ子供と言える歳の女の子に駄目出しを受けるとは…………これでマリアの好感度がガクッと下がったよね? 爆弾まで付いちゃったかな。
あ、駄目だ……考え方がゲームになっちゃってる。
散々ミーシャさん達と仲良くなるのはトラブルの元だって言って来たけど、僕だって男だよ? ミーシャさんは美人だし、マリアも美少女だ。そんな2人と仲良くなれると思ったら、少しぐらい浮かれるのは当然でしょ?
確かにモンスターとの戦いは嫌だけど、顔の前にあまりにも美味しそうな餌がぶら下げられたら、僕じゃなくても食いつこうとしちゃうよ……。
ああ、明らかに危険な罠が見えていても、目の前の宝箱を開けたくなる気持ちが分かった気がする。
「マリアさん、これは違うんだ。僕は男として当然の感情を思い浮かべただけで、けっして何か行動を起こそうとは思っていないんだ」
「わたしの体とミーシャさんの体は別ですが、感覚は共有しているんです。つまりシンさんは12歳の子供に手を出そうと考えていたんですね。これからは変態さんとでもお呼びしましょうか?」
一瞬マリアの口端が上がり、ニヤリと笑ったような気がした。いや、気のせいじゃない! 口はすぐに戻っているが、目が笑っている。
不味い……今のマリアは黒い方だ。僕の直感がすぐに危険だと感じた。
「それは勘弁してください。同じ部屋で寝て、マリアに変態さんなんて外で呼ばれたら僕の立場が……」
「マリア、ですか?」
「いえ、マリアさん! 僕は決して邪な考えを持っていないのでお許しください!」
いつもの冷静で諭すような優しいマリアが白マリアとするなら、言葉で相手を追い込んで喜びを感じるのが黒マリア。
僕は黒マリアの前で正座をする。
「まさか神託に選ばれる程の方が、少女愛好家の変態さんだとは思いませんでしたよ」
「いえ、違うんです。僕が誘惑に負けそうになったのはミーシャさんの方で、マリアさんに欲情した訳ではないんです」
「そうですか。わたしみたいな子供には興味がないって事ですか……」
ミーシャさんの危険な誘惑に妄想が先走ったのは確かだったが、その事を聞いたマリアの声が少し落ち込んでいた。
だが、誤解を解いて許してもらおうと必死になっている僕が、その事に気付く事はなかった。
「そんな事はないよ。マリアの体つきもミーシャさん程ではないにしろ、出るところは出ていて魅力的だったよ。ミーシャさんが美人ならマリアは美少女だし……いや、そうじゃなくて、子供に対してそんな目で見るのは道徳的に不味いと言いますか、変態と呼ばれるのが怖いと言いますか……」
「ま、まだあの時の事を覚えているんですか!?」
「今でも細部までしっかり覚えています!」
「……やっぱり変態さんですね」
あれ? 正直に答えちゃったけど、今は変態じゃないと証明しないといけないのにこれじゃあ逆効果なんじゃぁ……。
でも少しは許してくれたかな? なんだかマリアの声が少し上ずっているような気もするし。
「どうしました変態さん?」
うん。変態の称号が定着し始めているね。全然許してくれる気配はなしと……
「ねー、マリアは何でシン君を変態さんって呼ぶの? わたしもそう呼んだようがいいかな?」
「勘弁してください」
僕は速攻で頭を下げて許しを乞うた。ミーシャさんがそう呼び始めたら、どこだろうと気にしないで口にするだろうから、町中に僕が変態だって広がってしまう。
それだけは何があっても避けなければならない。僕はひたすら謝り続けた。




