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『通信の鳩、食料の鳩 〜戦国の兵糧から米相場、大正の災害まで。鳥の「愛」とフンで日本を救った4代の歴史〜』  作者: 塩塚 蘭仮名


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【第9話:落ち武者狩りと鳩の絆】

第9話をお届けします。

今回は胸熱な絆の回です。お初を救うために傷ついた疾風。

生き物として、家族として、統真たちが必死にその命を繋ごうとします。

──キィィィィン、と高い金属音が静まり返った山林に響いた。


「くっ……しつこいねずみども!」


 お初は鋭く息を吐きながら、

敵の野武士が放った刀をクナイで受け流した。


 ハヤブサの襲撃を避ける低空の道筋を開拓するため、

山奥を這うように進んでいたその時、最悪の不意打ちを喰らったのだ。


相手は失脚した衣笠陣烈の残党に雇われた、血に飢えた落ち武者狩りの一隊。

その数、十数名。


「おい、そこの小娘! 大人しく首を出せば楽にしてやるぞ!」


「あはは、冗談きついって。

うちの首は、あんたたちみたいな野良犬にあげられるほど安くないんだよね!」


 軽口を叩きながらも、お初の額には冷たい汗が滲んでいた。

多勢に無勢。


背中のカゴには、空の加減を確かめるために連れてきた初代『疾風(ハヤテ)』が

激しく羽ばたいている。


 ザッ、と背後の茂みが揺れた。

もう一人の野武士が、お初の死角から牙を剥いて飛び出してくる。


「しまっ──」


 防御が間に合わない。

お初が死を覚悟して目を瞑った、その瞬間だった。

 バサバサバサバサッ!


「グルゥゥゥアッ!」


 お初の背後から、灰色の弾丸が飛び出した。


疾風だった。

カゴの隙間を力任せに突き破った疾風は、

お初を襲おうとした男の顔面を目がけて、猛然と突撃したのだ。


「うわあああッ!? なんだ、おのれ鳥め! 目が、目がぁ!」


 疾風は鋭い爪で男の目を引き裂き、烈火のごとく狂暴に羽ばたく。


「疾風、ダメ! 逃げて!」


 お初が叫ぶのと、別の男が刀を振り下ろすのは同時だった。

ザシュッ、と嫌な音が闇に響く。


「クルッ……!」


 小さな悲鳴。疾風の美しい灰色の羽が、夜の虚空に舞った。

敵の鋭い刃が、その小さな身体を深く掠めたのだ。

しかし、疾風が命懸けで生み出した一瞬の隙を、お初は見逃さなかった。


「おのれぇぇぇッ!」


 お初は怒りに瞳を燃やし、閃光のごとき足さばきで

男たちの喉元をクナイで切り裂いた。


悲鳴が上がるのを置き去りにし、落ちていく疾風を空中で抱きとめると、

そのまま風となって崖の闇へと飛び降りた。


 数時間後。小田原の支城、その薄暗い鳩小屋。


「しっかりしろ、疾風! 目を開けてくれ!」


 統真の悲痛な叫びが響いた。

何とか城へ退却したものの、机の上に横たわる疾風の有様は見るに忍びぬものであった。


小さな身体は燃えるように熱く、ハァハァと苦しげに短い呼吸を繰り返している。

脇腹の傷口からは、未だに赤い血が滲み出ていた。


「どうだ、医者は何と言った!」


 部屋に飛び込んできた荒木弦介が、統真の襟元を掴まんばかりに詰め寄る。

統真は拳を血が出るほど固く握りしめ、首を横に振った。


「……『鳥の傷など治せぬ、すぐに新しい鳥を調達しろ』と、匙を投げられました」


「ふざけるな、あの木偶坊どもが!」


 弦介が床を激しく蹴りつけた。


「うちのせいだ……。うちが油断したから、この子が……」


部屋の隅で、お初が膝を抱えて震えていた。


いつも不敵に笑うくノ一の面影はなく、

その瞳からは大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちている。


「お初、己を責めるな。お前を救ったのは、疾風の意志だ」


 統真は静かに、しかし決然とした声で言った。

いつもの冷徹な軍配者としての仮面は、そこにはなかった。

ただ一羽の相棒の命を願う、一人の男の顔だった。


「荒木殿、医者が駄目なら、私たちが治すしかない。

これまでの飼育の知恵を、すべて貸してくれ」


「おうよ……! 

舐めるなよ、俺は鳥刺しの荒木弦介だ。

この程度の傷で、俺の手塩にかけた最高の強情鳥を死なせてたまるか!」


 それから、地獄のような数日間が始まった。

弦介は寝る間も惜しんで、付きっきりで疾風の看護を続けた。


熱で乾くくちばしに、一滴ずつ水を垂らし、傷口を清潔な布で何度も何度も巻き直す。

無骨な大手が、奇跡のような繊細さで鳥の身体を労わっていた。


「軍配者様、これ……!」


 夜明け前、息を切らせて戻ってきたお初の手には、

泥にまみれた薬草が握られていた。


「お初、それは……」


「敵の残党がまだうろついてる山奥の、一番深い谷に生えてる薬草。

昔、忍びの里で、お上の鷹の傷を治すのに使ってたやつ。絶対に、効くから……!」


「お初、ありがとう……! 荒木殿、すぐにこれを!」


「任せろ!」


 弦介が手際よく薬草をすり潰し、疾風の傷口に優しく塗り込んでいく。

統真は、熱に浮かされる疾風の小さな羽根にそっと手を添え、

胸の奥でひたすらに祈り続けた。


(死ぬな、疾風。お前がいない空など、俺は見たくない。

まだ、何も始まっていないんだ。

俺たちの空の便り筋を、一緒に天下へ広げるのだろう……!)


 三人の祈りと執念が、小屋の濃密な夜を支配していた。

単なる申し遣いの道具ではない。


彼らにとって疾風は、生死を共にする、かけがえのない家族だった。

 試練の夜が明けた、四日目の朝。窓から差し込む柔らかな光が、机の上を白く照らした。


「……ク、クル……」


 か細い、しかし確かな鳴き声が響いた。


「疾風……!?」


 統真が顔を寄せると、これまで固く閉じられていた疾風の瞳が、

力強く、ゆっくりと開いた。


その狂暴なまでに気高い、美しい黒い瞳が、じっと統真を見つめている。


「荒木殿! お初! 疾風の目が、目が開いたぞ!」


「本当に……? 本当によかった……!」


お初が統真の肩にすがりつき、子供のように声を上げて泣き崩れた。

弦介もまた、涙でぐしゃぐしゃになった顔を何度も袖で拭っている。


「クルルゥ」


 疾風は、心配そうに差し出された統真の人差し指を、

そっと、まるでお礼を言うかのように優しく甘噛みした。


その小さな口元の温もりが、統真の指先から心臓へと、熱く伝わってくる。


「はは……、痛くないぞ、疾風。本当によく頑張ったな」


 統真の目からも、堪えきれない涙が溢れ、床へと落ちていった。


 窓の外、どこまでも青い泰平の空が広がっている。

この過酷な試練を経て、三人と一羽の絆は、何ものにも破壊できない、

鋼のように強固なものへと生まれ変わっていた。


単なる道具と人間の関係を超えた、固き絆。

彼らが紡ぐ人と鳥の誓いは、この涙の雨を経て、

より深く、力強い光を放ちながら、次なる時代のうねりへと突き進んでいくのだった。

疾風が無事で本当に良かったです!

これで統真、弦介、お初、そして疾風の4者の絆は完全に本物になりました。

次回、時代は大きなうねりを見せ、戦国の終わりへと加速します。

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