【第8話:鷹匠との空のドッグファイト】
第8話です。
今回の敵は人間だけでなく、空の絶対強者である「ハヤブサ」。
自然の食物連鎖を利用した敵の卑劣な罠に、弦介の職人技が立ち向かいます。
──ピィィイイイイ──ッ!
突き抜けるような高い口笛の音が、
静まり返った山谷に響き渡った。
その直後、上空から凄まじい風切り音が迫る。
灰色の影が一条の矢となって凄まじき速さで急降下し、
哀れな鳩を空中で真っ向から打ち砕いた。
飛び散る羽毛が、血に染まってひらひらと舞い落ちる。
「……くそっ! またやられたか!」
梛木統真は城壁の端を叩き、悔しさに歯を剥いた。
大軍の包囲が解け、平和な空が戻ったかに見えた小田原の支城。
しかし、失脚した衣笠陣烈の残党たちは未だ諦めておらず、
裏で不穏な動きを見せていた。
彼らは統真たちの「空の便り筋」を何としてでも遮断し、
再起の機会を窺うため、特別に訓練された狩り鳥の
ハヤブサを操る腕利きの「鷹匠」を雇い入れたのだ。
「これで五羽目だ、梛木。放った鳩が、一羽も隣城へ届かねえ」
鳩小屋の影から現れた荒木弦介の顔は、かつてない怒りに震えていた。
白髪交じりの無精髭を蓄えた顎がガチガチと鳴っている。
「あいつら、俺たちが手塩にかけた鳥どもを、
まるで己が手並みの見せ所のように落としてやがる。
空の覇者たる猛禽を前にしちゃあ、
鳩どもは怯えて小屋から出ることすら拒み始めたぞ。
便り筋は一瞬にして壊滅の危機だ」
「……人間の姑息な悪あがきが、まさか空を塞ぐとはな」
天井の梁から、お初が音もなく飛び降りてきた。
その端正な顔立ちにも、いつもの余裕はない。
「うちが地上の鷹匠の動きを張ってたんだけどさ、
あのハヤブサ、並の鳥じゃないよ。
動きに無駄がない。
完全に鳩の命を狙い澄ましてる」
「荒木殿、お初。
座して悔しがっていても、空の道は開かぬ」
統真は、血に染まった羽毛を一枚拾い上げ、その鋭い瞳でじっと見つめた。
「敵が猛禽を使うなら、こちらも人間の知恵で応じるまでだ。
敵のハヤブサの動きを、徹底的に見極めるぞ。
お初、お前が見た奴らの狩りの様子を教えてくれ」
「うーん、そうだね……」
お初は顎に手を当て、記憶を掘り起こすように目を細めた。
「あいつらはいつも、信じられないくらい高い上空で円を描いて待機してるの。
そこから、地上の開けた場所を飛ぶ鳩を見下ろして、
一気に急降下して仕留める。
その速度は、地上のどんな飛脚も、どんな馬も追いつけない。
まさに一撃必殺だよ」
「高い上空から見下ろし、急降下する、か……」
弦介がその言葉を何度も反芻し、不意にその無骨な掌を強く打ち合わせた。
「──なら、その視界から、最初から隠れて飛べばいいんじゃねえか?」
「隠れて飛ぶ? 荒木殿、空のどこに隠れる場所があるというのです」
統真が問いかけると、弦介は不敵な笑みを浮かべて鳩小屋の奥を指差した。
「空は広いが、鳥が飛ぶのは高い場所ばかりじゃねえ。
梛木、お前がいつも調べている山谷の間取りを思い出してみろ。
木々が鬱蒼と茂り、谷が深く刻まれた場所があるだろう」
「……あそこか!
欠かさず調べておいた甲斐があった。
確かに、上空からは木の葉が遮って地上が見えぬ難所だ」
「おうよ! ハヤブサの強みは、見晴らしの良い大空からの急降下だ。
裏を返せば、木々が密集した狭い場所じゃあ、あの自慢の速度が出せねえ。
翼を引っかける恐怖があるからな。
ならば、俺たちの鳩に、上空の開けた場所を徹底的に避けさせ、
木々の合間を這うように飛ぶ『低空の山谷の道筋』を覚え込ませるんだ!」
弦介の提案に、統真の胸が高鳴った。
「鳥の習性を裏にかくか。
面白い、それなら勝機はある!
ですが、それほど入り組んだ飛び方、本当に鳩たちに仕込めるのですか?」
「俺を誰だと思ってやがる。鳥刺しの荒木弦介だぞ」
弦介は胸を叩き、自信に満ちた声を響かせた。
「鳩に『ここは安全な道だ』と教え込む。
低い谷のなかに、あいつらの大好物の木の実や、
安心できる中継の巣を細かく配置してやるんだ。
お初、お前の出番だぞ。
敵の鷹匠がどこに陣を張っているか、地上の配置を正確に探ってこい。
あいつらの目が届かない死角の谷を繋いで、新しい道筋を作る!」
「合点承知!
そういう泥臭い忍び働きこそ、うちの十八番だからね!」
お初は不敵に微笑むと、再び風のように夜の闇へと溶けていった。
それからの数日間、小田原의支城の裏山では、
誰も見たことのない奇妙な訓練が開始された。
「ほら、疾風!
上へ上がるな!
下の谷へ潜れ!」
弦介の鋭い怒号が響く。
新しく選ばれた若い鳩たちが、弦介の指示に従って、
わざと高度を下げ、木々の枝葉を掠めるようにして狭い谷間を駆け抜けていく。
お初が地上を這い回り、敵の鷹匠の配置を知らせる。
「軍配者様、東の尾根は駄目!
あそこに網を持った奴らが潜んでる!
西の枯れ沢を抜ける道筋に切り替えて!」
「分かった!
荒木殿、西の枯れ沢へ鳩を誘導する合図を!」
「おうよ、任せとけ!」
周囲の兵たちは、またしても彼らを
「戦が終わったのに、今度は山の中で鳥と遊んでいる阿呆ども」と嘲笑した。
だが、彼らの心には、地上の人間には見えない「空の合戦図」が、確かに描き出されていた。
ハヤブサという圧倒的な自然の脅威に対し、人間の知恵と、泥臭い工夫で立ち向かう。
統真は、この仕掛けが成功したとき、空の便り筋がいかなる逆境をも超える、
絶対に折れない強固な申し遣い網になることを確信していた。
そして、運命の当日。
お初から「敵の鷹匠が完全に罠を張り終えた」との報が入る。
「梛木、準備は万全だ」
弦介が、特製のカゴから一羽の力強い鳩を取り出した。
かつて大嵐を越えたあの「疾風」の血を引く、見事な翼だ。
「こいつには、俺たちが数日間かけて磨き上げた、
誰も知らない『低空の道』が叩き込まれている。
いってこい!」
統真の合図とともに、鳩は空へと放たれた。
しかし、鳩は真っ直ぐに上空へは上がらない。
放たれた瞬間、翼をすぼめるようにして、
鬱蒼とした山林の谷間へと急降下していった。
「──ピィィイイイイッ!」
遠くの尾根から、再び鷹匠の鋭い口笛が鳴り響く。
高い上空で待機していたハヤブサが、獲物の気配を察知して猛然と急降下を開始した。
凄まじい速度。
だが、ハヤブサが狙いを定めた瞬間、
の姿は、深く刻まれた山谷の木々の緑のなかへと、完全に消え去った。
「な、何だと……!? 鳥が見えぬ!」
遠くで敵の鷹匠が驚愕の声を上げるのが聞こえた。
ハヤブサは、鳩を追って谷間へ突入しようとしたが、密集する枝葉の危険を察知し、
直前で大きく翼を広げて急上昇せざるを得なかった。
高い上空からの視界を完全に遮られ、自慢の速度を封じられた空の覇者は、
ただ困惑したように空中で円を描ことしかできない。
その隙に、統真たちの鳩は、木々の合間を這うように、
狭い谷を弾丸のように突き抜け、敵の包囲網を完全に置き去りにして、
遥か遠くの目的地へと消え去っていった。
「やった……! 通ったぞ、新しい道筋だ!」
城壁の上で、統真は歓喜の声を上げた。
「ハハハハハ!見たか、間抜けな鷹匠どもめ!
人間の知恵と、俺たちの鳩の絆を舐めるんじゃねえ!」
弦介が涙混じりに大笑いし、統真の肩を激しく叩いた。
「うん、最高の空の合戦だったね。
弓矢や猛禽がどれだけ強くても、うちらの泥臭い気配りには勝てっこないんだよ」
お初もいつの間にか隣に現れ、誇らしげに胸を張った。
空を見上げると、手出しのできなくなったハヤブサが、
寂しげに羽ばたいている。
どんなに強い敵が空を塞ごうとも、
人間の知恵と、生き物を育てる愛の情熱があれば、必ず新しい道は拓ける。
夕日に照らされる小田原の山々を見つめながら、
統真たちは、自分たちの紡ぐ空の申し遣い網の歴史が、
また一つ、絶対に折れない強固な網の目を手に入れたことを、確信していた。
低空飛行訓練というコロンブスの卵的発想!ハヤブサの目を盗む山谷ルートで、
鳩たちは再び空を取り戻せるのか。
次回、チームを揺るがす最大の危機、そして絆の物語です。




