【第7話:城塞の解放と予見】
第7話です。
ついに籠城戦が終結し、城に平和が戻ります。
神様のように扱われる鳩たちですが、主人公の統真はすでに「その先」の冷酷な現実に目を向けていました。
──「約束の辰の刻、今にございます! 門を開けられよ!」
本丸の物見櫓から響いた梛木統真の鋭い声を受け、
城を預かる若手武将が軍配を振り下ろした。
「全軍、押し通せ! これより敵の西翼を衝く!」
城門が地響きを立てて開き、
朝焼けの空を裂いて籠城兵たちが打って出た。
疾風が命懸けでもたらした援軍の情報を基に、
小田原の支城は一斉に息を吹き返していた。
飢えと絶望に瀕していたはずの兵たちは、
今や反撃の好機を確信し、死に物狂いの形相で槍を構えている。
「うおおおおッ!
続け、続けえい!」
「約束の辰の刻だ!
外からも救援の鬨の声が聞こえるぞ!」
ドォン、ドォンと、地平線の向こうから数多の鉄砲の轟音が響き渡り、
敵の陣営が大きく揺らいだ。
城外からは約束通り、土煙を上げて押し寄せる救援部隊。
そして城内からは、退路を断たれた獣の如き気迫で打って出る籠城兵。
この完璧な挟み撃ちの前に、あれほど強固だった敵の大軍の包囲網は、
脆くも砂の城のように総崩れとなっていった。
「退け!
退けえい!
防備が追いつかぬ!」
「聞こえの道は塞いだはずではなかったのか!
なぜこれほど正確にこちらの隙を突いてくる!」
すでに偽りの密書によって不信感の亀裂が走っていた敵陣は、
まともな指揮を執ることもできず、算を乱して敗走していく。
数ヶ月に及ぶ地獄の果てに、小田原の支城はついに解放されたのだった。
数日後。城内は、奇跡的な大逆転勝利の熱狂に沸き返っていた。
広間には極上の酒と肉が並び、
生き残った武将や兵たちが大音量で笑い声を交わしている。
だが、その歓喜の中心にいるのは、軍配者である統真ではなかった。
「おい、見ろよ!
このお鳥様たちが、あの嵐のなかを飛んで救援を呼んでくださったんだぞ!」
「まさに勝利の神の使いだ!
命の恩人よ!」
「ほら、食え!
上質な米も豆も、お前たちのために山ほど用意してあるぞ!」
新しく作り直された鳩小屋の前には、
家臣や兵たちがひっきりなしに訪れ、かつて「無駄飯を食らうゴミ」と罵っていた
面影などどこにもなく、鳩たちを崇め奉っていた。
巣箱の周りには、兵糧から真っ先に仕分けられた最高級の餌が、
驚くほど山積みにされている。
「クックッ、クゥ」
新しく巻かれた布で傷口を保護された疾風が、
どこか誇らしげに喉を鳴らし、差し出された大粒の豆をついばんだ。
「あはは、疾風、大層な崇められようじゃない。
数日前までは『鍋にしろ』なんて怒鳴られてたのが嘘みたい」
鳩小屋の梁の上で、お初が楽しげに足を揺らしながら、
手元の木の実を口に放り込んだ。
「本当にな。移り気なものだ、人間というやつは」
荒木弦介が無骨な手で白髪交じりの無精髭をかきながら、
手入れされた巣箱の具合を確かめている。
「だがな、梛木。
お前が首を懸けて守り抜いた翼が、
こうして誰からも愛されるようになったんだ。
軍配者としても、少しは鼻が高かろう?」
弦介が振り返り、小屋の入り口に佇む統真に笑いかけた。
しかし、統真は笑わなかった。彼は、歓喜に溺れる兵たちの
喧騒から少し離れた場所で、
ただ一人、冷徹なまでに静かな瞳で、遠い空を見つめていた。
「……いや。手放しで喜んでばかりはいられぬよ、荒木殿」
統真の静かな声に、お初と弦介の動きが、
ぴたりと止まった。
「どういうことだよ、軍配者様。
戦は終わって、この子たちはみんなに感謝されてる。
これ以上、何も問題なんてないじゃない」
「お初の言う通りだ。
衣笠の旦那も失脚した。
鳥どもを殺しようとする奴は、もうこの城にはおらんぞ」
二人の言葉を背中で受け止めながら、
統真はゆっくりと疾風の元へ歩み寄り、
その傷ついた羽をそっと指先で撫でた。
「今は、な」
統真は呟くように言った。
「今は、戦の興奮が冷めておらず、
命を救われた実感が残っているからこそ、こうして珍重されている。
だが……人は喉元を過ぎれば、すぐにその有難みを忘れるものだ」
「有難みを忘れる、だと?」
弦介が眉をひそめる。
「さよう。この戦が終わり、天下が一つにまとまって泰平の世が訪れれば、
武功を誇る必要もなくなる。
そうなれば、毎日毎日、大飯を食らうだけの鳥など、
真っ先に不要のものとして切り捨てられるだろう。
人は勝手なものだ。役に立つときは『神の使い』と崇め、
平時になれば『無駄飯食いの獣』と見落とす」
「そんな……。疾風たちは、あんなに命を懸けて飛んだのに?」
お初が梁から飛び降り、統真の顔を覗き込んだ。
その瞳には、かつての軽快さはなく、
微かな憤りと悲しみが混ざっている。
「これがこの世の習いだよ、お初。
だからこそ、私はその先を見据えねばならん。
戦の道具としての価値しか持たぬのなら、この鳥たちの未来は、
いずれ必ず闇に落ちる」
統真は振り返り、弦介とお初の目を真っ直ぐに見据えた。
「戦が終わるなら、
今度は『平時』の世において、こいつらがなくてはならぬ存在だと、
お上に、そして国の人々に認めさせねばならんのだ」
「平時の世において、なくてはならぬ存在……?
梛木、お前、いったい何を考えていやがる」
弦介の目が、鋭く見開かれた。
職人としての直感が、統真の言葉の裏にある、
途方もない計略を察知していた。
「戦がなくなれば、今度は諸国の流通や、
政のやり取りが爆発的に盛んになる。
しかし、地上の街道には関所があり、飛脚の足にも限界がある。
……ならば、この空の便り筋を、
天下の商いや暮らしを支える『新たなる道』として仕立て直すのだ」
「新たなる、道……?」
お初が、統真の語る壮大な絵図に目を丸くした。
「さよう。あらかじめ諸国の主要な街道や宿場に、
この城のような『鳩の継所』を網の目のように配置する。
人間には通れぬ道、人間には超えられぬ速度で、
天下の情報を一瞬で繋ぐ仕掛けだ。
これが完成すれば、鳥は戦の道具ではなく、国を豊かにするための『命綱』となる」
統真の言葉は、熱を帯びていた。
それは、単に己の首を守るためのものではなかった。
自分を信じ、嵐の空を突き破って戻ってきた
小さな相棒たちの「命」と「血統」を、100年先、
その先の未来まで絶対に守り抜くという、執念の誓いだった。
「なるほどな……。戦の終わりを嘆く武士どもを尻目に、
お前はもう、次の世の絵図を描いていやがったか」
弦介が、感嘆したように深く息を吐き、口元を不敵に歪めた。
「いいだろう、梛木。お前がその壮大な仕掛けを天下に
張り巡らせるって言うなら、俺はどこまでも、世界一頑丈で、
世界一帰ってきたくなる『塒』を創り続けてやるよ」
「うちも、その諸国の継所ってやつ、
風のように飛び回って防備を整えてあげる。
空の道を塞ごうとする悪いねずみは、うちが全部片付けてあげるからさ!」
お初も再び元の快活さを取り戻し、ぽんと統真の背中を叩いた。
「頼む、二人とも。……ここからが、本当の戦いだ」
統真は、手元に集まってきた鳩たちを見つめ、固く拳を握りしめた。
城内からは、未だに勝利を祝う能天気な笑い声が響いている。
しかし、この小さな鳩小屋の中では、
来るべき泰平の時代を見据え、塵を宝へと変える、
目に見えぬ空の申し遣い網が、静かに、しかし確実に胎動を始めていた。
籠城戦クリアです!
しかし、ここからが本当の「生存戦略」の始まり。
次回、失脚したはずの陣烈の残党が、とんでもない「刺客」を放って統真たちを急襲します。




