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『通信の鳩、食料の鳩 〜戦国の兵糧から米相場、大正の災害まで。鳥の「愛」とフンで日本を救った4代の歴史〜』  作者: 塩塚 蘭仮名


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【第4話:胃袋への密書】

第4話です。

城内に裏切り者の影が忍び寄る中、統真が考案した前代未聞の通信方法とは?タ

イトルにもある「胃袋の密書」のトリックが、ついに明かされます。

──ギギギ、と嫌な音を立てて御殿の重い扉が開いた。


 広間に一歩足を踏み入れた瞬間、

梛木統真の肌を刺したのは、凍りつくような殺気だった。


数日前辺りに比べて城内の空気は明らかに歪んでいる。

それもそのはず、城の防衛網の隙間を突くように敵の小部隊が侵入し、

兵糧の隠し場所が焼き払われたのだ。


「内通者がおる」


 上座の衣笠陣烈が、低く濁った声で断定した。

その目は血走り、怒りで小刻みに震えている。


「我が城の陣地作法、兵の配置、すべてが敵に筒抜けよ。

梛木、お前が放った早捕り(はやとり)の者どもはどうなった」


 統真は冷や汗を拭いながら、声を絞り出した。


「……東街道へ向かわせた三名、西の山道を抜けようとした二名、

すべて敵の伏兵に討ち取られました。


首が城門の前に晒されております。

聞こえの道は、完全に塞がれました」


「使えぬ木偶(でく)どもめ!」


 陣烈が激しく机を叩いた。凄まじい衝撃音に、

居並ぶ重臣たちが肩を震わせる。


「人が駄目なら、お前の大言壮語したあの鳥はどうした! 

梛木、早く鳩を使え! 


使わぬのなら、今すぐお前を八つ裂きにして

あの鳩小屋の鳥どもと一緒に煮込んでくれるわ!」


「お待ちくだされ!」


 統真は必死に平伏した。


「敵は地上の使者のみならず、空の動きをも警戒しております。


今、普通に鳩を飛ばせば、敵の弓兵の格好の標的となり、

落とされるのが関の山にございます」


「ならばどうする! 

座して死を待てと言うか!」


「いえ。敵の裏をかく、奇異なる謀計(ぼうけい)がございます。

……敵が空を警戒し、飢えているのならば、あえてその『胃袋』を突くのです」


「胃袋だと?」


 陣烈が不審そうに目を細めた。

統真は頭を上げたまま、不敵な笑みを浮かべてみせた。


「敵は我らを干殺しにするつもりですが、

同時に敵自身も数ヶ月の遠征で兵糧が尽きかけております。


特に最前線の偵察兵どもは飢えているはず。

なれば、彼らに『絶好のごちそう』を差し出すのです。


あえて食料として敵に捕まることを前提とした、罠にございます」


「おい、梛木。

鳥をわざわざ敵に食わせるというのか。


それでは文が読まれるではないか」


 重臣の一人が声を荒らげたが、統真は首を振った。


「普通の手紙ならば、捕まった時点で破り捨てられるでしょう。

ですが、もしも密書が『鳩の胃袋のなか』に

隠されていたらどうでしょうか」


「何……? 胃袋だと?」


「ははっ。荒木殿の知恵を借り、

油紙と漆、そして蝋を幾重にも塗り固めた、

特製の極小文筒(ふみづつ)を作らせました。


水も通さず、火の熱にも耐える頑強な筒です。

これに極秘の書状を込め、鳩の喉奥から胃袋へと直接、飲ませるのです。


外見はただの丸々と太った美味そうな鳩。

敵は何も知らず、喜んでその鳩を本陣へと持ち帰るでしょう」


 広間が、しんと静まり返った。

あまりにも奇想天外な、狂気とも言える仕掛け。


 衣笠陣烈は、統真の顔をじっと見つめていたが、

やがて、その口元が不気味に歪んだ。


「ククク……、ハハハハハ! 

胃袋に書状を仕込むか! 

梛木、お前はやはり底の知れぬ阿呆か、さもなくば稀代の詐欺師よ! 

面白い、すぐにその鳥を放て!」


「御意。お初、手筈通りに」


 統真が呟くと、天井の闇から「承知」と短い声が返ってきた。

 その夜、城の裏手。

大気は重く沈み、月は雲に隠れていた。


 鳩小屋のなかで、統真とお初は、

一羽の野生のドバトを机の上に載せていた。


お初が手際よく鳩のくちばしを開き、統真がその喉奥へ、

人差し指ほどの大きさの黒い蝋固めの筒を差し込む。


「すまない、苦しいだろうが耐えてくれ」


 統真が指で押し込むと、鳩は喉を大きく波打たせ、

ごくり、とそれを胃袋へと飲み下した。

「よし……。外見は普通の鳥と変わらないね」


 お初が鳩の腹をそっと撫でる。


「お初、この書状には城内の内通者を炙り出し、

敵の軍勢を内側から乱し、瓦解させる仕掛けを施してある。

だが、敵の目の前で放たねば怪しまれる。

危険な役目だが……」


「容易いことさ。

うちの足なら、敵陣の鼻先へ忍び寄るなど造作もないよ」


 お初は鳩を小さな竹籠に収め、不敵に微笑んだ。


「あんたのその狂った作戦、うちが完璧に形にしてあげる。

軍配者様は、城のなかで首を洗って待っててよ」


 言うが早いか、お初は音もなく夜霧のなかへと消え去った。

 数時間後。敵陣の最前線、鬱蒼とした木々の合間に、お初の影があった。


 彼女の目の前には、篝火を囲んで寒さに震える、

敵の偵察兵たちの姿がある。


お初は籠から密書を宿した鳩を取り出すと、

その羽をわざと少し乱し、地面へと放り投げた。


「──クルル、クゥ」


 鳩が地面を這うようにして羽ばたく。


「おい、静かにしろ! 今の音は何だ!?」


 飢えた敵の偵察兵が、鋭く辺りを見回した。

篝火の光が、地面でもがく灰色の鳥の姿を捉える。


「鳥だ! 

鳩だぞ! 

おい、見ろよ、この非常時に丸々と太っていやがる!」


「馬鹿言え、逃がすな! 

生け捕りにしろ! 

今夜は極上のごちそうだ!」


 偵察兵たちは槍を放り出し、泥にまみれながら鳩に飛びついた。


お初が仕掛けた通り、羽を痛めたように見せる偽装に騙され、

兵たちは容易にその鳩を生け捕りにすることに成功した。


「やったぞ! こいつは立派だ、肉が詰まっていやがる!」


「待て、俺たちだけで食うのは惜しいな。

本陣の将軍たちに差し出せば、褒美がもらえるかもしれんぞ」


「応ともさ! おい、急いで本陣へ運べ!」


 意気揚々と引き上げていく敵の兵たち。

その様子を、大木の枝の上から見下ろしていたお初は、

ふっと満足げに口元を緩めた。


「かかった。本当に間抜けなねずみたち」


 お初は身を翻し、城へと向かって風のように駆け出した。

 密書を胃袋に宿した鳩は、

いま、敵の軍機が集う本陣の奥深くへと、着実に運ばれていく。


地上の使者が一人も通れなかった鉄壁の包囲網を、

飢えた敵自身の「欲」によって突破せしめる


──統真の仕掛けた乾坤一擲の奇策が、ついに敵の本陣を揺るがそうとしていた。

決死の作戦が始まりました。

あえて敵に捕まらせるという狂気の策。

果たして、胃袋の中の密書は無事に目的を果たせるのか?

次回、敵陣の宴席で大どんでん返しが起こります!

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