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『通信の鳩、食料の鳩 〜戦国の兵糧から米相場、大正の災害まで。鳥の「愛」とフンで日本を救った4代の歴史〜』  作者: 塩塚 蘭仮名


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【第22話:悪徳飛脚問屋の罠】

第22話です。今回は一転してアクション(?)回。

利権を失った悪徳飛脚問屋が、まさかの放火を計画。

しかし、お夜の情報網と弦蔵の筋肉がそれを許しません!

「おい、梛木の旦那。

ここ数日、常盤橋の周りを

妙にうろついてる不審な野郎どもがいる。


妙に鼻を突く油の匂いが染みついた、

殺気立った目の手合いだぜ。

ただの町人じゃねえ」


 常盤橋の古い大鳩舎の奥。

荒木弦蔵は、飼育用に使っている樫の木の頑丈な棍棒を、

トントンと静かに板床に突き立てながら、鋭い眼光を梛木統次郎に向けた。


その大きな背中には、長年鳥を育ててきた者特有の、

目に見えぬ殺気への嗅覚がみなぎっていた。


「弦蔵、鳥並みの直感というやつか。

お前がそこまで言うのなら、

やはりただの物売りや冷やかしの類ではないな。

お上の処分役人が退いたというのに、

まだ不穏な影が消えないか」


 勘定組頭へと出世した統次郎は、

手元に広げた勘定所の厚い帳面から静かに顔を上げ、眉間に深い皺を刻んだ。

行灯の小さな炎が、彼の冷徹な軍配者の目を妖しく光らせている。


「間違いないわよ、統次郎さん。

あたしの瓦版屋の報せ網を舐めないでほしいね。

日本橋の薄暗い飛脚宿の裏で、悪徳飛脚問屋の頭(かしら)どもが、

老中・衣笠様の手下と夜陰に紛れて、

密かに密談を交わしてたって決定的なネタを掴んだのよ」


 小脇に刷り上がったばかりの、

まだ湿り気のある和紙を大事そうに抱えたお夜が、

部屋の障子をきつめの音を立ててパタンと閉めながら、

これ以上ないほど声を潜めて言った。


その瞳には、江戸の街を昼夜問わず駆け回る瓦版屋の娘らしい、

鋭い緊張感がみなぎっている。


「悪徳飛脚問屋、か……。

我らの相場鳩通信が江戸の商いを完全に掌中に収め、

さらにあの『鳩糞肥料』の仕掛けでも大成功を収めた。


飢饉を救ったことでお上の覚えもめでたい。

彼らにしてみれば、これまで大坂と江戸の間で、

米相場の報せのやり取りを独占して貪っていた不当な暴利を、

根こそぎ我らに奪われたわけだからね。

恨み骨髄といったところか」


「ああ、その通りよ。

あいつら、お鳥様のせいで完全に仕事を失って、

今や破産寸前だそうよ。


逆恨みの熱量だけは一丁前でね。

裏で何とか梛木家を失脚させたい衣笠と結託して、

夜陰に紛れてこの常盤橋の巨大な鳩舎に火を放ち、

鳥もろともすべてを焼き尽くそうって、

実におぞましく卑劣な計画を立ててるわ。


もう油樽の手配まで済ませてるって話よ」


 お夜の放った物騒な言葉に、天井の太い梁の上から、

お初がひらりと一枚の木の葉のように音もなく床へ滑り降りてきた。

小袖の袂から覗くその細い手には、

いつでも人をあやめられる隠密の小刀が握られている。


「焼き尽くす、だって?

あの無粋なドケチ老中と泥棒ねずみども、どこまで根性が腐ってるんだい。

統次郎さん、もう我慢することはないね。

今度こそあたしの小刀で、その薄汚い首をまとめてお仕置きしてやる!」


「待て、お初。

力尽くで斬り結べば、こちらが不調法を咎められる。

火を放たせる前に、完璧な罠にハメるんだ。

弦蔵、お夜、町火消の面々に色よい手筈を伝えてくれ。

彼らだって、この鳩舎が生み出した肥料に命を救われた百姓たちの縁者だ。

暗闇のなかで牙を研ぐ悪党どもに、真の耳目の競い合いというものを教えてやろう」


 統次郎の瞳には、先祖統真譲りの冷徹なる軍配者の光が、

変わらず鮮烈に灯り続けていた。


敵の裏をかき、地上の闇を天の光で照らし出す、

逆転の計略がその頭脳のなかで瞬く間に組み上がっていった。


 その日の深夜、草木も眠る丑三つ時。

常盤橋の袂は、不気味なほどの静寂に包まれていた。


川のせせらぎだけが虚しく響くなか、

大鳩舎の影にいくつかの黒い蠢きが現れた。


「……おい、急げ。

梛木の小倅の不浄な鳩小屋は目の前だ。

油樽をここに静かに置け。

飛脚宿の意地を見せてやるんだ」


 夜陰に紛れ、黒い頭巾で顔を隠した男たちが、

重い油樽を抱えて大鳩舎の裏手に忍び込んできた。

その手は緊張でガタガタと震えている。


「この忌々しい鳥どもさえ灰になれば、俺たちの稼ぎは元通りだ。

衣笠様からも、一人残らず仕損じるなとキツく申し渡されている。

御公儀の後ろ盾があるんだ、恐れるな。

さあ、火を付けろ!」


 首謀者の男が、懐から火打ち石を取り出して

カチリと叩こうとした、まさにその瞬間だった。


「──そこまでだ、泥棒ねずみども。

お前たちの往く道は、すでに塞がれているぞ」


 闇を切り裂く統次郎の冷徹な声とともに、

突如として大鳩舎の周囲に、数十本、数百本の松明が一斉に燃え上がった。


昼間のような圧倒的な明るさが、

黒い頭巾の男たちを容赦なく照らし出す。


「な、何だと……!?

待ち伏せか! なぜここに火消しが……!」


 放火魔たちが狼狽して周囲を狂ったように見回すと、

そこには頑丈な樫の木の棍棒を肩に担いだ荒木弦蔵と、

不敵な笑みを浮かべたお夜、


そして纏(まと)いや水桶を手にした屈強な町火消したちが、

逃げ道のない巨大な壁のようにぐるりと立ちはだかっていた。


「てめえら、江戸の宝である神聖な鳥の家を灰にしようなんざ、

いい度胸じゃねえか!


江戸の火消しを舐めてもらっちゃ困るぜ!

煤まみれにしてやる!」


「常盤橋の『お鳥様』はな、俺たちの田畑を冷害から救ってくれた、

ありがたい守り神んだよ!

そんな神様に不義の火を付けようって悪党は、

この新門の辰五郎が承知しねえぞ!」


 火消したちの地鳴りのような凄まじい怒号が、

常盤橋の夜空に響き渡る。


「くそっ、構うな!

どけ! 力尽くで突破しろ!」


 放火魔の首謀者が、自暴自棄になって懐から鋭い小刀を抜き、

統次郎めがけて斬りかかってきた。


「させるかよ、この唐変木が!」


 弦蔵が、飼育用の樫の木の棍棒を、

猛烈な風切り音とともに容赦なく振り下ろした。


カァン! と甲高い音が響き、首謀者の小刀が虚しく夜空へと弾け飛ぶ。


それだけにとどまらず、弦蔵の棍棒は男の

分厚い腕に生々しい衝撃音を立ててめり込んだ。


「ぎゃあああ! 腕が、俺の腕がァ!」


「これでも喰らいなさいな、悪党ども!」


 すかさずお夜が、火消したちと用意していた特大の頑丈な捕縛網を、

男たちの頭上からガバリと一網打尽に投げ被せた。


網の目は太く、絡まれば絡まるほど身動きが取れなくなる仕掛けだ。


「うわっ、離せ! 何だこれは、身動きが取れん!」


 網の中で芋虫のように転がり、醜く喚き散らす悪党どもを、

火消したちが容赦なく地面に踏みつけ、

有無を言わせず完全な返り討ちにしたのだった。

地上の浅はかな罠は、天の直路を知る者の前で完璧に瓦解した。


「梛木の旦那、一人残らず生け捕りにしたぜ。

誰の差し金か、たっぷり吐かせてやる」


 夜が静かに明け始め、朝霧が立ち込める大鳩舎の前。

弦蔵が、悪党どもの返り血で汚れた手を布で拭いながら、

待機していた統次郎に深く告げた。


「弦蔵、お夜、火消しの皆さん、本当にありがとう。

これで、裏で糸を引いて我が一族をなきものにしようとしていた衣笠の、

決定的な不始末の証拠が手に入った」


 統次郎は、網のなかでガタガタと恐怖に震える悪党どもの首謀者を、

冷徹極まりない目で見つめ、地を這うような声で言い放った。


「お前たちの雇い主である老中・衣笠に、地獄の底から伝えよ。

地上の闇に紛れてどれほど汚い罠を仕掛けようとも、

空からすべてを見下ろす我が一族の伝路を、

決して焼き尽くすことはできない、とな。

不義の報いを受けるがいい」


 その瞬間、統次郎の肩の上で、疾風二世がクックッ、と誇らしげに、

高らかに喉を鳴らした。そして、夜明けの美しい江戸の空へと、

黄金の光を浴びながら力強く羽ばたいていった。


 周囲がどれほど強欲と理不尽、不条理に染まっていようとも、

彼らの守る人と鳥の絆は、完璧な知略の力によって、

泰平の世の空をどこまでも気高く、永劫に支配し続けるのだった。

物理で解決する弦蔵、最高に頼りになります(笑)。

悪党どもを現行犯で叩きのめしました。

次回、この事件の黒幕である老中・衣笠を、ついに完全失脚させる「ざまあ」回です!

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