【第13話:家康の眼となった鳥たち】
第13話です。
関ヶ原の戦いが終わり、勝者となった徳川家康から、統真たちに最大の褒美が与えられます。
どん底の籠城戦から始まった彼らの努力が報われる瞬間です。
──天下は、定まった。
関ヶ原の地を覆っていた濃霧が引き、地平線が朝日に照らされたとき、
そこには数多の骸と、東軍の勝利を告げる地鳴りのような勝ち鬨が残されていた。
事前の情報戦において、
敵の挙兵も、諸大名の本音もすべてを先んじて空から掴んでいた東軍の勝利は、
必然であったと言える。
その本戦の激闘から数日後。
勝利の熱気が未だ冷めやらぬ伏見城の、最も格式高き大広間。
「軍配者・梛木統真。
ならびに荒木弦介、お初。前へ」
近習の重々しい声が響き、統真は平伏したまま、
弦介とお初を伴って畳の上を静かに進んだ。
広間の上座。
そこに威風堂々と鎮座していたのは、
天下をその手に掌握した徳川家康であった。
左右には本多正純をはじめとする並み居る重臣たちが居並び、
鋭い眼光を梛木たちに向けている。
いつもの戦場での粗末な直垂ではなく、
一張羅の小袖に身を包んだ統真の背中を、緊張の汗が伝う。
「梛木統真。
面を上げよ」
家康の低く、しかし驚くほど深く通る声が広間に響いた。
「ははっ」
統真がゆっくりと顔を上げると、
家康はその細い目をさらに細め、愉快そうに口元を緩めた。
「お主たちが、あの地上の伝路がことごとく絶たれた暗闇のなか、
我が東軍に勝利の光を届け続けた者たちか」
「恐れ入ります。
私はただ、先祖より受け継ぎし術と、
ここにいる二人の知恵、そして鳥たちの力を繋いだに過ぎませぬ」
「謙遜は不要よ」
家康は身を乗り出し、広間の者たちを見渡すように両手を広げた。
「お主の放った伝路の迅速、かつ正確なること、神業の如しであった。
京の挙兵、毛利の動向、割れゆく大名たちの本音
……お主たちの報せがなければ、
我が軍は美濃の山中で袋のネズミとなっておったやもしれぬ。
本多、そうであろう」
「仰せの通りにございます」
本多正純が進み出で、統真たちに向かって深く一礼した。
「毎日、どこからともなく届く最新の正確な情報に、
我ら一同、驚愕いたしておりました。
その情報源が、お主たちの育てる小さな鳥であると知った時の衝撃
……今なお忘れられませぬ」
「ハハハ、そうであろう、そうであろう!」
家康は大音量で笑い声を響かせた。
「梛木よ。
お主の知略、地元の民を巻き込んだ継所の仕組み、
それをお主たちの鳥は、まさに余の『眼』であった」
余の、眼。
天下人から贈られた最大の賛辞に、統真の胸の奥が熱く震えた。
かつて、飢えた小田原の支城で、
衣笠陣烈に「無駄飯を食う肉」と罵られ、
鍋の具にされかけたあの小さな生き物たちが。
泥にまみれて藁を集め、嘲笑されながらも守り抜いたあの翼が、
いま、この国の頂点に立つ男に
「なくてはならない眼」として認められたのだ。
「梛木、これを受け取るがよい」
家康の合図とともに、正純が一つの三方を統真の前に差し出した。
そこに乗せられていたのは、
目も眩むような黄金でも、贅を尽くした太刀でもなかった。
一通の書状、そして白木に記された土地の絵図であった。
「これは……」
「江戸城のすぐ近く、
常盤橋の袂に、広大な土地を拝領する。
そこをお主たちの新たな本拠とし、
天下の伝路をさらに強固なものとせよ」
家康は鋭い目を統真に据え、厳かに言った。
「地上のことは任せよ、荒木。環境は任せよ、荒木。
そしてもう一つ。
それが徳川の証しとして、
お主たちに鳩の飼育と通信の権利を
永久に認める『裁許状(朱印状)』である。
これより、お主たちの伝路を邪魔する者は、
誰であれこの徳川が容赦せぬ。
お主たちの翼を、天下の重き政の仕掛けとしての
地位を不動のものとし、我が家が永劫に守護することを約束しよう」
裁許状に押された鮮やかな葵の朱印が、統真の瞳に焼き付く。
それは、ただの褒美ではなかった。
かつて戦国編の始まりに統真が夢見た、
「生きるために飛ばされる食料」だった鳩たちが、
誰からも命を脅かされることのない「平和の象徴」であり
「最高機密の仕掛け」としての地位を不動のものにした、
歴史的瞬間であった。
「徳川様……!
この梛木統真、身に余る光栄にございます」
統真は畳に額を擦りつけ、深く、深く平伏した。
その目から、熱い涙がボロボロとこぼれ落ち、
畳を黒く濡らしていく。
(やったぞ……。疾風、荒木殿、お初……!
俺たちは、ついにやり遂げたんだ。
あの小さな命の未来を、この国の歴史の礎に、
完璧に刻み込んでやったぞ……!)
拝領を終え、伏見城の巨大な門を出ると、
夕暮れの心地よい風が統真の頬を撫でた。
城外の小高い丘へと足を向けると、そこには、
いつものように無精髭をかきながら待つ荒木弦介と、
梁の代わりに大木の枝に腰掛けて足を揺らすお初の姿があった。
「おかえり、軍配者様。
お偉い方々の前で、粗相はしなかったかい?」
お初がひらりと枝から飛び降り、
統真の顔をのぞき込んだ。
「ああ。
粗相どころではないよ、お初。見てくれ」
統真が懐から家康より賜った裁許状と
土地の図面を取り出すと、
弦介が奪い取るようにしてそれを広げた。
「おいおい
……これ、まことかよ、梛木」
弦介の無骨な手が、ガタガタと激しく震え始めた。
「江戸城の目の前に、特大の鳩小屋を建てていいってのか?
しかも、お上の名前で、
誰も俺たちの鳥を殺しちゃならねえって……」
「さよう。
もう、誰もあいつらを『無駄飯食いの肉』とは呼ばせない。
衣笠陣烈のような理不尽な奴らが現れようとも、
この葵の紋が、あいつらの命を永遠に守ってくれる」
「ハハ……、ハハハハハ!」
弦介が、涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠しようともせず、
天を仰いで大笑いした。
「やったなぁ、梛木!
俺たちと鳥どもの『意地と執念』が、ついに天下人に勝ったんだ!
おい、疾風、お前も聞いただろう!」
弦介の腕のなかから、一羽の灰色の若鳥
──初代・疾風の気高き血を引く相棒が、クックッ、と
誇らしげに喉を鳴らして飛び立った。
「うん、これ以上の痛快はあるまいね」
お初も涙を袖で拭いながら、
不敵に、しかしこれ以上ないほど温かい笑顔を見せた。
「これで、うちらの創った通信の網の目は、
誰にも引き裂けない本物になった。
親父どの、明日から江戸の新しいお家へ引っ越しの準備をしなきゃね」
「おうよ!
日の下一頑丈で、日の下一居心地の良い大鳩舎を建ててやるぜ!」
夕日に照らされる京の空を、
若き疾風が美しい螺旋を描いて昇っていく。
その羽ばたきは、かつて大嵐を越えた初代と同じように力強く、
そしてどこまでも自由だった。
地上の人間たちが、己の野心と恐れから刀を抜き、
血を流し合っていた戦国の世は、
いま静かに終わりを告げようとしている。
だが、梛木統真たちが100年の執念を懸けて紡ぎ上げた人と鳥の絆は、
過去の遺物になるどころか、
新しき世の、徳川の泰平の空を支える「偉大なる翼」として、
いま、最高の、そして不滅の第一歩を踏み出したのだった。
徳川家康公からの公許獲得!
これで大手を振って鳩を育てられます。
しかし、ここから時代は「泰平の世」へと移り変わります。
次回、統真が未来へ残す「ある遺産」とは。




