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『通信の鳩、食料の鳩 〜戦国の兵糧から米相場、大正の災害まで。鳥の「愛」とフンで日本を救った4代の歴史〜』  作者: 塩塚 蘭仮名


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【第12話:途絶えた飛脚】

第12話をお届けします。

関所が閉鎖され、人間が完全に孤立する極限状態。

その時、上空を優々と飛び交う小さな翼が、歴史を動かす決定的な差を生み出します。

──おのれ、ここも通さぬというのか! 


美濃の深い山影、厳重に丸太が組まれた西軍の関所の前で、

泥まみれの男が絶叫した。


 東海道を激走してきた、

京の商人お抱えの韋駄天の走衆(はしりしゅう)の一人だ。


だが、その行く手を阻むのは、抜き身の槍を構えた西軍の兵たちだった。

関ヶ原の戦いの直前、

東西の両陣営は主要な街道の関所を完全に封鎖していた。


「怪しい者は片っ端から捕縛せよとの石田様の命だ。

衣服をはぎ取れ! 

髪の毛の中、刀の柄まで徹底的に調べ上げろ!」


「待ってくれ、私はただの旅の者で──」


「黙れ! 連行しろ!」


 地上の道を塞がれては、

いかに足の速い者とて力及ぶはずもなかった。


これにより、これまで日本の情報を

辛うじて担っていた東海道筋の使者や走衆たちは完全に動きを止められ、

人による伝路はことごとく途絶してしまった。


「……五里霧中、とはこのことか」


 遠く離れた下野国、小山の陣屋。徳川家康の側近である本多正純は、

青ざめた顔で諸国の絵図を見つめていた。

大名たちの間には、底知れぬ恐怖が伝染している。


「上方からの報せが一切途絶えた。

石田三成が本当に挙兵したのか、

毛利軍がどう動いているのか、敵の出方が全く分からん」


「我が東軍に味方すると誓った大名たちも、

この沈黙に日和見を決め込み始めております。


いま、敵に奇襲を仕掛けられれば、

我らは暗闇のなかで首を刎ねられるも同然……」


 誰もが絶望の淵に立たされ、おののいていた。 

だが、この人間の通信が途絶した極限状態の中、

歴史の裏舞台で、梛木統真たちの構築した「鳩の伝路」だけが、

その真価を発揮していた。


「──荒木殿、風の向きは」


 陣屋の外れ、密かに設けられた中継所で、

統真が静かに声をかけた。


「申し分ねえよ、梛木。

上空は穏やかな追い風だ。

大坂、京、近江の継所から放たれた若鳥どもが、

いまごろ東海道を一気に東へ滑り降りてきているはずだぜ」


 荒木弦介は無精髭を蓄えた顔に不敵な笑みを浮かべ、

空を見上げていた。


「お待たせ! 箱根の関所の様子を見てきたよ」


 天井の梁から、お初が音もなく滑り降りてきた。

その瞳には、快活な輝きが満ちている。


「地上は大騒ぎ。

西軍の目を盗んで走ろうとした密使たちが、

何十人も捕まって身ぐるみを剥がされていた。だけどさ……」


 お初は空を指差し、いたずらっぽく笑った。


「あの堅物な門番たちも、

自分たちの遥か頭上を

天の直路(ひたみち)で突き抜けていく鳥たちを止める術なんて、

これっぽっちも持ってないんだよね」


「ああ。地上でどれほど関所が厳しくなろうとも、

空の道は誰にも縛れない」


 統真は力強く頷き、肩に止まった灰色の若鳥

──初代・疾風の血を引く相棒の頭を優しく撫でた。


 その時、バサバサバサッ、と激しい羽音を立てて、

一羽の鳩が中継所の板床に着巣した。


「お、戻ってきたぞ! 京からの朝一番だ!」 


弦介が手際よく鳩を抱きかかえ、

その細い脚から極小の文筒を取り外した。


「梛木、読め!」


「……『石田三成、大坂城にて完全に挙兵。

総大将に毛利輝元を据え、

伏見城への攻撃を開始せよとの大号令あり』」


 統真が薄紙に記された墨書を読み上げると、

部屋の空気が一瞬にして引き締まった。


「さらに、尾張の福島正則殿、

豊前の黒田長政殿の使者からの裏付けも入っている。


両名とも、西軍の誘いを蹴り、

内々に徳川様への忠義を尽くす、と」


「これで割れゆく大名たちの本音も、

敵の軍勢の動きも、すべて丸裸じゃん。

軍配者様、すぐに本手(本陣)へ届けなきゃ」


 お初が小刀を懐に収め、身構えた。


「ああ、本多様の元へ持参する。

……地上の伝路がことごとく絶たれたこの時に、

誰が歴史を動かしているのか、その眼で見せてやる」


 統真は冷徹な仮面の下に不敵な笑みを称え、

書状を懐へと収めた。


 数刻後、小山の本陣、緊迫した大広間。


「申し上げます! 

軍配者・梛木統真、上方の最新情報を持参いたしました!」


 近習の叫び声に、頭を抱えていた本多正純たちが一斉に顔を跳ね上げた。


「何だと……!? 

使者がすべて捕縛されたこの状況で、

どうやって京の情報を手に入れた!」


「これにございます、本多様」


 統真は広間の真ん中に堂々と歩み出て、

懐から、薄紙の密書を丁寧に貼り合わせた書状を差し出した。


「な、何ぃ……!? 

これは、石田三成の挙兵の正確な日時……! 

それだけでなく、毛利軍の行軍ルート、

さらに西軍に囲まれているはずの味方大名たちの本音まで、

克明に記されているではないか!」


 書状をひったくるように読んだ正純の小手が、

ガタガタと激しく震え始めた。


「ま、間違いない、これは本物の極秘情報だ……! 

しかし、なぜだ!? 

なぜ毎日、どこからともなく最新の正確な情報が、お前の元に届くのだ!?」


 広間に居並ぶ家臣たちが、驚愕のあまり統真を穴が開くほど凝視する。


「梛木よ、一体いかなる隠密部隊を動かした。

どのような裏の道を使ったのだ。教えよ!」


 詰め寄る側近たちを前に、統真は静かに首を振った。

そして、広間の大きな御簾の向こう、

青く晴れ渡った空を真っ直ぐに指差した。


「裏の道など使っておりませぬ。

私の仲間たちが、あの大空を直線で駆け抜けてまいりました。


地上で人間がどれほど関所を閉ざそうとも、

遥か上空を飛ぶあの翼を止める術は、

天下の誰一人として持ち合わせておりませぬ」


 大広間が、恐ろしいほどの静寂に包まれた。 

本多正純をはじめとする家臣たちは、統真の言葉の背後にある、

目に見えぬ空の伝路の仕組みの存在を感じ取り、言葉を失っていた。


自分たちが数万の大軍を動かし、

巨額の金を投じても手に入らなかった「天下の命脈」が、

上空をひと飛びする翼のなかに宿っていたのだ。


「……鳥が、天下の目を担っていたというのか」


 正純の口から、掠れた声が漏れ出た。

その驚愕は、すぐに深い確信へと変わる。


「これほどの情報があれば、もはや恐れるものは何もない。

すぐに内府様へお伝えせねば! 

全軍、反転して西上する支度をせよ!」


 本陣内が一気に怒涛の活気に包まれる中、

統真は静かに一礼して広間を退室した。 


陣を出ると、見晴らしの良い丘の上に、

弦介とお初が待っていた。


「どうだった、梛木。

お偉い方々の驚いた顔は拝めたかい?」


 お初がひらりと大木の枝から着地した。


「ああ。私たちの守り抜いた翼の前に、

ひれ伏すししかたがなかったよ」


「ハハハハハ!見たか!ざまぁみやがれ!」


 弦介が涙混じりに大笑いし、統真の肩を激しく叩いた。


「俺たちと鳥どもの『意地と執念』が、

ついに暗闇の東軍を救ったんだ。


さあ、家康の旦那が打って出るぞ。

歴史が動く瞬間を、俺たちの鳥と一緒に見届けようじゃねえか!」


 空を見上げると、無限の青が広がっている。 

地上の人間たちが、

これから関ヶ原へ向けて血みどろの進軍を始めようとしているその真上で。

 

梛木統真たちが100年の執念を懸けて紡ぎ上げた空の伝路は、

圧倒的な優位を東軍にもたらした確信を胸に、

新しい時代へと向かって、力強く、どこまでも美しく羽ばたいていくのだった。

人間の飛脚が全滅する中での鳩の独壇場、最高に痛快です!

家康もこの速度には驚くしかありません。

次回、ついにこの功績が天下人に認められる感動の瞬間です。

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