会敵
王都を出て二時間。
事件は、あっけなく起きた。
街道は森林へ入っていた。
左右に木々。
道幅は広い。
軍が頻繁に使う主要街道だ。
危険な場所ではない。
だから最初、誰も気づかなかった。
レオンだけが足を止めた。
「……ん?」
「どうした?」
ダグが振り返る。
レオンは森を見る。
何か。
聞こえた。
枝。
いや。
違う。
魔力。
一瞬だけ、術式が起動した。
「伏せろ!」
直後。
森から光が飛んだ。
爆発。
先頭付近の荷馬車が吹き飛ぶ。
馬が悲鳴を上げる。
「襲撃!」
「敵襲!」
兵士が叫ぶ。
森から矢。
魔術。
石弾。
一斉に飛んでくる。
「結界!」
指揮官が叫ぶ。
大型魔導器を運んでいた若い兵士たちが動いた。
荷車から装置を降ろす。
設置。
起動。
遅い。
レオンは見た瞬間に分かった。
間に合わない。
「下がれ!」
杖はない。
必要ない。
レオンが右手を上げる。
魔力を放つ。
空気中に巨大な術式環が展開した。
一重。
二重。
三重。
光の壁。
矢が弾かれる。
攻撃魔術が衝突する。
轟音。
レオンの足元の土が沈む。
「うわ……」
近くの兵士が声を漏らした。
「何だ、これ」
「ぼーっとするな!」
レオンが怒鳴る。
「魔導器を起動しろ! 俺は長く張らない!」
「は、はい!」
兵士たちが動く。
二秒。
三秒。
四秒。
大型魔導器が起動。
複数の防御板が光る。
「接続!」
兵士が叫ぶ。
十枚。
光が連結される。
レオンの結界の内側へ、第二の壁が形成された。
「切り替えるぞ!」
レオンが術式を消す。
敵の攻撃が魔導器結界へ衝突する。
耐えた。
「……よし」
レオンは一歩下がった。
その横を、小さな影が走った。
「おい!」
若い兵士。
十七、八歳。
さっき大型魔導器を操作していた一人だ。
剣を持って森へ走る。
「馬鹿、戻れ!」
レオンが叫ぶ。
「敵の位置、見えました!」
「だからって一人で――」
若い兵士が腰の魔導器を起動した。
身体強化。
さらにもう一つ。
目の横に装着された小型器具が光る。
索敵用。
「右、四十歩!」
兵士が叫ぶ。
「木の上に術者!」
レオンが見る。
見えない。
木々。
葉。
距離。
だが位置が分かれば十分だった。
「四十?」
「四十三!」
レオンが指を向ける。
火球。
ではない。
森を燃やす。
雷も広がる。
なら。
指先に魔力を圧縮。
細い光線。
放つ。
木々の隙間を貫く。
遠くで悲鳴。
「当たった!」
若い兵士が叫ぶ。
「次!」
「左奥! 二人!」
レオンが撃つ。
敵が散る。
「先生!」
ダグが横へ来た。
「前!」
見る。
森から男たちが飛び出した。
十人以上。
人間。
「魔族じゃない?」
ミリアが叫ぶ。
「野盗か傭兵!」
ダグが身体強化を起動する。
「今度は魔術ありだぞ!」
「好きにしてください!」
「お前は?」
「俺もです!」
レオンの口元が上がった。
敵が来る。
一人目。
剣。
レオンは半歩ずれる。
手首を掴む。
魔力を流す。
軽い身体強化。
投げる。
二人目。
杖。
発動前に距離を詰める。
腹へ拳。
息が止まる。
顎。
倒れる。
三人目。
背後。
レオンは振り返らず、左手を向けた。
風圧。
男が吹き飛ぶ。
「おい!」
ダグが笑う。
「素手じゃなかったのか!」
「戦争で格闘技する馬鹿がいますか!」
「ここにいるぞ!」
ダグが敵を殴り倒す。
その横。
若い兵士が一人に追い詰められていた。
剣技は下手だった。
明らかに。
敵の方が上。
若い兵士が斬られる。
肩。
浅い。
後退。
敵が追う。
レオンが助けようとする。
間に合わない。
若い兵士は腰へ手を伸ばした。
火炎魔導器。
敵も気づく。
距離を詰める。
近すぎる。
撃てば自分も焼ける。
「やめろ!」
レオンが叫んだ。
兵士は火炎器を捨てた。
代わりに。
足元の土へ、手を向けた。
身体強化魔導器の出力を、一瞬だけ最大へ。
地面を蹴る。
土砂が敵の顔へ飛ぶ。
「うっ!」
敵が目を閉じた。
兵士が突進。
剣ではない。
頭突き。
鈍い音。
二人とも倒れた。
兵士が先に起き上がる。
「……痛ってえ!」
レオンは一瞬、呆気に取られた。
「何してるんですか!」
「勝ちました!」
「そういう問題じゃない!」
「先生も地下で似たようなことしてるだろ!」
ダグが笑う。
「黙ってください!」
*
襲撃は十五分ほどで終わった。
敵は撤退。
捕虜三名。
こちらの死者は二人。
負傷者十七人。
レオンは笑わなくなっていた。
「次」
救護用の天幕。
血の匂い。
負傷兵が運び込まれる。
ミリアが傷口を洗う。
レオンが治癒。
「腹部裂傷!」
「こっち!」
「骨折!」
「後!」
「出血が止まりません!」
「圧迫して待て!」
戦闘より忙しい。
一人。
二人。
三人。
魔力を使う。
治す。
次。
「先生」
声。
さっきの若い兵士だった。
肩から血を流している。
「座って」
「これくらい平気です」
「俺が決めます」
「はい」
服を切る。
傷を見る。
浅い。
筋肉まで。
「運が良かったですね」
「魔導器があったんで」
「防御?」
「薄いやつですけど」
兵士が腕に巻いた器具を見せる。
レオンは傷を治癒しながら言った。
「名前」
「カイです。カイ・ベルナー」
「軍歴は?」
「半年」
「短いな」
「だから魔導器兵なんです」
カイが恥ずかしそうに笑った。
「魔術の才能ないし、剣も下手なんで」
「知ってます」
「ひどくないですか?」
「さっき見ました」
「でも役に立ったでしょう」
レオンの手が止まった。
カイが言う。
「先生、俺の魔術、馬鹿にしてたでしょ」
「してません」
「顔に出てました」
また顔。
この世界の人間は他人の顔を読みすぎではないか。
「……索敵は便利でした」
「でしょう?」
「ただ、森の中に一人で入るのは馬鹿です」
「はい」
「剣も下手」
「はい」
「頭突きはもっと馬鹿」
「でも勝ちました」
「結果論です」
治癒が終わる。
「動かして」
カイが肩を回す。
「おお」
「今日は重い物持たない」
「これから行軍ですよ?」
「じゃあ軽い物だけ持って」
「先生」
「何」
「魔術師ってすごいですね」
レオンは眉を寄せた。
「何です、急に」
「だって、あんな結界、一人で張れるんでしょ」
「まあ」
「俺ら十人で機械動かして、やっとですよ」
「その十人は交代できる」
「でも先生一人なら十人分じゃないですか」
レオンは答えなかった。
カイは立ち上がる。
「俺、魔力ほとんどないんですよ」
「見れば分かります」
「またそういう言い方する」
「事実です」
「昔だったら、軍に入ってもただの歩兵だった」
カイは腕の魔導器を見る。
「今はこれがあるから、魔術で戦える」
「……そうですね」
「だから俺、魔導器好きですよ」
「別に嫌いって言ってない」
「言ってませんけど」
「じゃあ何で」
「顔」
レオンは真顔になった。
「もう帰っていいですよ」
「はいはい」
カイが笑って天幕を出ていく。
ミリアが隣で傷薬を整理していた。
「良かったね」
「何が」
「友達できた」
「できてません」
「年近そう」
「だから?」
「レオン、年上の友達ばっかりだから」
「余計なお世話です」
ミリアは笑った。
*
夕方。
襲撃地点から少し離れた場所に野営地が作られた。
敵の死体。
捕虜。
回収した武器。
軍が調べている。
レオンは水を飲みながら、その様子を眺めていた。
「レオン」
ミリアが来る。
「捕虜、傭兵だって」
「どこの?」
「分からないみたい」
「魔族軍じゃない」
「うん」
「国境紛争の最中に、王国軍の補給路を人間の傭兵が襲う」
「雇われたんじゃない?」
「誰に」
「それを調べてるんでしょう」
レオンは水筒を閉じた。
向こうではカイが大型魔導器を点検している。
破損箇所。
接続板。
術式環。
若い兵士たちは煙草を吸いながら、慣れた手つきで部品を交換する。
レオンは立ち上がった。
「ちょっと見てきます」
「何を?」
「魔導器」
「壊れてるの?」
「だから見るんです」
「勝手に触っちゃ駄目だよ」
「触りませんよ」
「本当に?」
「俺を何だと思ってるんです?」
ミリアは何も言わなかった。
「何か言ってください」
*
「先生、これ分かるんですか?」
カイが訊いた。
「誰に言ってるんです?」
「あ、それ嫌われる言い方ですよ」
「うるさい」
レオンは大型防御魔導器の前にしゃがんだ。
外装が一部開いている。
内部術式が露出していた。
最新型。
旧型とは比べものにならない。
効率化。
小型化。
安全回路。
人間の研究者が積み上げた改良の跡がある。
美しい、とすら思う。
「……すごいな」
思わず声が出た。
「でしょ?」
カイが得意げに言った。
「何であなたが自慢するんです」
「俺らの装備なんで」
レオンは術式を追う。
第一環。
第二。
増幅。
整流。
結界形成。
同期。
連結。
そして。
「……」
手が止まった。
あった。
旧型よりずっと巧妙に隠されている。
他の術式に溶け込んでいる。
知らなければ気づかない。
いや。
知っていても。
黒魔術を研究していなければ。
「先生?」
「これ」
「はい?」
レオンが内部の一箇所を指す。
「何の術式です?」
カイが覗く。
「分かりません」
「整備教本は?」
「ありますけど、そこまで載ってないですよ。中枢回路なんで」
「誰が修理する?」
「壊れたら技術局へ送ります」
「現場では触らない?」
「はい」
レオンの心臓が少し速くなる。
指先を近づける。
触れない。
見るだけ。
古い黒魔術。
《第二主体への魔力路接続》。
同じではない。
だが。
やはり。
「……先生?」
レオンは立ち上がった。
「何でもない」
「顔、怖いですよ」
「元からです」
「いや、さっきまでと違う」
レオンは答えなかった。




