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老人と出立

待機区域の端で怒鳴り声がした。


「だから、できると言っている!」


見る。


老人だった。


白髪。


痩せている。


古い魔術師用外套。


その前に若い兵士が立っている。


「規則です」


「私は四十年間、結界術師をやってきた!」


「ですが、現在の軍用規格では――」


「そんな玩具より私の結界の方が強い!」


老人が指した先。


荷車に、大型の魔導器が積まれていた。


盾ほどの金属板。


防御魔術用だ。


若い兵士が困った顔をする。


「強度の問題ではありません。中隊単位で出力を統一する必要が――」


「だから魔法使いに合わせればいい!」


「それでは運用できません」


「昔はそうしていた!」


「今は違います」


老人の顔が赤くなった。


「魔術を知らんガキが!」


周囲が静かになる。


若い兵士も顔を硬くした。


「私は規則を説明しているだけです」


「お前らがその箱に頼るから――」


老人が魔導器へ手を伸ばした。


「やめた方がいいですよ」


レオンが言った。


老人が振り返る。


「何だ、貴様」


「それ、勝手に触ると警報鳴ります」


「知るか!」


「あと、あなたの結界より強いです」


老人の顔が止まった。


ダグが小さく言った。


「おい」


ミリアも囁く。


「レオン」


「何です。事実でしょう」


老人が震える。


「貴様に何が分かる」


「見れば分かります」


「私は王都防衛術師団で――」


「第三式多層結界ですよね?」


老人が黙る。


「魔力は多い。でも展開に六秒くらいかかる。移動しながら張れない。術者が気絶すれば消える」


「……」


レオンは大型魔導器を指した。


「そっちは一枚ならあんたより弱い。でも十枚を連結できる。兵士が交代しても維持できる。展開は二秒以下」


老人の拳が震えた。


「だから何だ」


「だから、軍隊で使うならそっちの方が便利です」


周囲の魔術師たちの視線がレオンへ集まる。


冷たい。


「お前……」


老人が言った。


「どっちの味方だ」


レオンは眉を寄せた。


「何の話です?」


「魔術師のくせに」


「だから?」


「我々の仕事を奪った道具だぞ」


「道具が仕事を奪うんですか?」


「何?」


「採用したのは人間でしょう」


言ってから。


しまった、と思った。


老人の顔が歪んだ。


「若造が」


「いや、俺は――」


「お前には分からん」


老人は杖を握った。


「人生をかけて覚えたものに、ある日突然、価値がないと言われる気持ちが」


レオンの口が閉じた。


――本日付をもって、君を第三国選勇者パーティから解任する。


夢の中の声が、一瞬だけ蘇る。


老人は吐き捨てるように言った。


「分かるものか」


背を向けた。


レオンは追わなかった。


「……先生」


ダグが言う。


「何です」


「今のはお前が悪い」


「分かってます」


「珍しいね」


ミリアが言った。


「何が」


「すぐ認めた」


「俺だってそのくらい――」


言い返そうとして、やめた。


大型魔導器を見る。


合理的だ。


優れている。


老人より軍隊に向いている。


全部本当だ。


だから。


言っていいとは限らない。


その区別を、昔の自分はほとんど知らなかった。


今も大して変わっていない。


*


正午。


出発の鐘が鳴った。


王都西門が開く。


荷馬車が動き出す。


歩兵。


騎兵。


補給隊。


救護班。


特殊魔術中隊。


長い列が、西へ延びていく。


街道沿いには見送りの市民が並んでいた。


「頑張れよ!」


「魔族なんかぶっ飛ばせ!」


「王国万歳!」


兵士たちが手を振る。


魔術師たちの反応はまちまちだった。


にこやかに手を振り返す者。


無視する者。


民衆に向かって唾を吐きかける者。


レオンは振らなかった。


「人気者」


ミリアが隣で言う。


「俺に言ってるわけじゃないでしょう」


「昔は名前呼ばれた?」


「まあ」


「どんな感じだった?」


「別に」


「またそれ」


「本当に何でもないです」


嘘だった。


勇者パーティ時代。


凱旋すると、王都の大通りが人で埋まった。


レオン。


レオン。


アルヴェイン卿。


少年勇者。


王国の天才。


子供たちが彼の真似をして杖を振った。


菓子屋が勝手に彼の名前をつけた商品まで売った。


あれほど鬱陶しかったのに。


なくなると。


「レオン?」


「何です」


「ぼーっとしてる」


「寝不足です」


「また地下――」


「言うな!」


ミリアが笑った。


前を歩いていたダグが振り返る。


「何の話だ?」


「何でもないです」


「怪しいな」


「前向いて歩いてください」

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