護国
第4話までを軽く推敲しました!
細かな変更点はありますが、大筋は変更なしです!
もしよければ前稿との比較も楽しんでみてください!
翌朝。
レオンが目を覚ますと、王城の中は昨日よりさらに騒がしくなっていた。
廊下を走る兵士。
束になった書類を抱えた文官。
中庭には荷馬車が並び、木箱や食料が次々と積み込まれている。
西部へ送る物資だろう。
窓から眺めていると、扉が叩かれた。
「誰です?」
「俺だ」
聞き覚えのある声だった。
扉が開く。
アルト。
その後ろにリゼ。
さらにセイル。
「珍しい組み合わせですね」
「お前の顔を見に来た」
アルトが言う。
「昨日も見たでしょう」
「ちゃんとは見てない」
「何です、それ」
リゼが部屋へ入る。
レオンの姿を上から下まで見る。
拘束具。
まだ残る傷。
少し痩せた顔。
「……本当に帰ってきたのね」
「だから前にも会ったでしょう」
「そういう意味じゃない」
リゼは椅子へ座る。
アルトも向かいへ。
セイルだけは机の横に立った。
「今日は尋問じゃないですよね」
レオンが訊く。
「違う」
セイルが答える。
「なら帰ってください」
「何でだよ」
アルトが言う。
「朝から失礼だな」
「寝起きなので」
「昔から寝起き悪かったっけ?」
リゼが訊く。
「普通です」
「勇者パーティにいた頃、起こしに行ったら杖投げられたことあるけど」
「寝ぼけてたんですよ」
「殺意が高すぎるのよ」
「若気の至りってやつですよ」
アルトが笑う。
「今も十分若いだろ」
一瞬。
部屋の空気が昔に戻った。
旅をしていた頃。
朝。
野営地。
リゼが文句を言い。
セイルが地図を広げ。
アルトが全員を急かす。
その端で。
十一歳のレオンが毛布に包まっていた。
「起きろ」
アルトが言う。
「あと五分」
「昨日もそれ言っただろ」
「今日は本気です」
「昨日は?」
「嘘です」
「自分で言うのかよ」
リゼが毛布を引っ張る。
「寒い」
「起きなさい」
「嫌です」
「子供か」
「十一歳ですよ」
「こういう時だけ年齢使うのやめろ」
現在。
アルトがレオンを見る。
「思い出してた?」
「少し」
「何を」
「アルトが朝うるさかったなって」
「もっといいこと思い出せ」
リゼが笑う。
「その辺は変わってないね」
レオンも少しだけ笑った。
だが。
セイルだけは笑っていなかった。
机の上へ。
一枚の紙を置く。
「本題だ」
「やっぱりあるんじゃないですか」
「当然だ」
紙を見る。
王国軍。
非常招集。
対象者。
予備役。
退役軍人。
登録魔術師。
「これ」
レオンが顔を上げる。
「もう出たんですか」
「まだ案だ」
セイルが言う。
「陛下の裁可が下りていない」
アルトが腕を組む。
「王子殿下が軍議に出した」
対象となる魔術師。
治癒術師。
輸送術師。
通信。
防御。
工兵。
軍用魔導器の整備に適性を持つ者。
かなり広い。
「拒否したら?」
レオンが訊く。
セイルが少し間を置く。
「この案では、まず再召集命令」
「その次は?」
「出頭命令」
「それでも来なかったら」
「軍法上の命令拒否として扱う案が出ている」
アルトが低い声で言った。
「まだ決まってない」
「分かってます」
レオンは紙を見る。
ユリウスの声が。
嫌でも蘇る。
平和な時はいらない。
戦争になったら死んでこい。
「レオン」
リゼが呼ぶ。
「大丈夫?」
「はい」
嘘ではなかった。
大丈夫ではある。
ただ。
嫌なだけだ。
「陛下はこれを?」
「止めている」
セイルが答える。
「少なくとも現時点では」
「兄上は?」
「必要だと主張している」
レオンは紙を机へ戻した。
「戦況はそんなに悪いんですか」
三人が黙る。
それだけで分かる。
アルトが答えた。
「第二軍が昨日よりさらに下がった」
「どこまで」
「言えない」
「でしょうね」
「ただ」
アルトの顔から笑みが消える。
「俺たちも近いうち西へ出る」
レオンが三人を見る。
「第三勇者パーティが?」
「ああ」
「いつ」
「早ければ数日」
部屋が静かになる。
以前なら当たり前だった。
命令が来れば全員で行った。
アルト。
リゼ。
セイル。
そして。
自分。
「俺は?」
口にしてから。
少し遅れて気づく。
三人の視線が集まった。
「拘束中だ」
セイルが言う。
「そうでした」
アルトが鼻で笑う。
「何で残念そうなんだよ」
「別に」
「行く気だった?」
リゼが訊く。
「癖です」
命令。
戦場。
行く。
六年間。
それが普通だった。
レオンは拘束具を見る。
「お前は行かなくていい」
アルトが言った。
レオンが顔を上げる。
「何ですか急に」
「今度は俺たちが行く」
「今までも行ってたでしょう」
「そういう話じゃねえ」
アルトは少し言葉を探す。
「昔はさ」
「はい」
「お前が一番前に出るのが普通になってた」
リゼも黙って聞いている。
「十一のガキが一番強かったから」
「俺、後衛でしたけど」
「そういう意味じゃねえよ」
「分かってます」
アルトはため息をついた。
「お前が何とかする。その前提で動いてた」
レオンは返事をしない。
「今思えば、だいぶおかしかったな」
「今さら?」
「今さらだ」
リゼが言う。
「私もそう思う」
「二対一だ」
「セイルは?」
レオンが見る。
「私は当時から問題だと思っていた」
「嘘ですね」
「……」
アルトが吹き出した。
リゼも笑う。
「お前、それ便利すぎるだろ」
「たまに」
セイルが眼鏡を押し上げる。
「正確には、問題だと思いつつ利用していた」
「正直でよろしい」
「腹が立つな」
久しぶりに。
四人で笑った。
その時。
扉の外から声がした。
「失礼します」
軍人。
入ってきたのは、昨日とは別の男だった。
四十代。
胸には魔術部隊の徽章。
そして。
レオンを見るなり。
足が止まった。
「……教官?」
レオンも見る。
知らない。
「すみません。どちら様です?」
男の顔が引きつる。
「第三魔術大隊、ベッカーです」
「ええと」
「十五年前期の対魔術師課程で」
「十五年前期……」
少し考える。
「あ」
思い出した。
「模擬戦で三回同じ罠にかかった人」
男が目を閉じた。
「それを覚えておられるんですか」
「特徴的だったので。よく今まで生きてましたね」
アルトが肩を震わせている。
リゼは顔を逸らしている。
ベッカーは咳払いした。
「アルト殿。セイル殿。軍議室へ至急とのことです」
「分かった」
二人が立つ。
リゼも続く。
レオンが訊く。
「何かあったんですか」
ベッカーが一瞬迷う。
セイルが頷いた。
「構わない」
「……西部から新しい報告が」
「また?」
「敵の進軍が予想より速いとのことです」
アルトたちの表情が変わる。
「行くぞ」
扉へ向かう。
その途中。
ベッカーがレオンの横を通る。
「教官」
「はい?」
「今でも」
少し躊躇する。
「魔術師相手なら、肩を見ろと教えております」
レオンは一瞬だけ黙った。
「そうですか」
「役に立っています」
「ならよかったです」
ベッカーは敬礼した。
廊下へ出る。
その背中を見ながら。
レオンは。
少しだけ変な気分になった。
自分が作ったものが。
今も残っている。
誰かを生かすために。
そして。
いつか。
誰かを捕まえるためにも。
同じ技術は使える。
午後。
テアは来なかった。
代わりに。
王城の奥から怒鳴り声が聞こえた。
かなり遠い。
それでも。
誰の声か分かった。
王子。
内容までは聞こえない。
しばらくして。
別の声。
国王。
こちらも。
珍しく大きい。
そして。
三つ目。
テア。
二人を止めようとしている。
レオンは窓際に立った。
昨日までは。
兄妹が喧嘩して。
最後には謝っていた。
今日は。
声が止んでも。
誰も謝ったようには聞こえなかった。
夕方。
扉が開く。
テアが入ってきた。
「こんにちは」
レオンが言う。
「……こんにちは」
声が弱い。
「喧嘩しました?」
「した」
「聞こえました」
「最悪」
昨日と同じ言葉。
でも。
今日は笑わなかった。
テアは寝台の端へ座る。
「父様が召集令を拒否した」
「はい」
「兄様が、責任を取れるのかって」
レオンは黙って聞く。
「このまま兵が足りなくて西部が崩れたら、誰が死んだ人に謝るんだって」
「陛下は?」
「だからって、国民を道具みたいに扱う国を守って何になるって」
どちらも分かる。
だから難しい。
「私は父様の方が正しいと思う」
テアが言う。
「でも」
手を握る。
「兄様の言ってることも、前より否定できなくなってる」
西部で。
人が死ぬたびに。
一日遅れるたびに。
兄の言葉は。
現実味を増していく。
「レオンならどうする?」
レオンは窓の外を見る。
すぐには答えなかった。
「分かりません」
「また?」
「はい」
「昔なら決めてた?」
「多分」
「今は?」
レオンは少し考える。
「決める前に、もうちょっと人の話を聞きます」
テアが。
ほんの少し笑った。
「やっぱり変わったね」
「成長したので」
「それ禁止」
「何で」
「言いすぎ」
「はい」
レオンも笑う。
けれど。
その夜。
王城の鐘は。
昨日より一度多く鳴った。
西部へ送られる兵はまた増えていた。




