都合
《お知らせ》
ep8まで推敲しました!
レオンと神父との会話など、レオンの成長に関わる場面が追加されましたので、よければ見てみてください!
ケスラーの自宅から見つかった十三通の書簡は、その日のうちに王室顧問会へ持ち込まれた。
筆跡。
紙。
インク。
封蝋。
どれも決定打にはならなかった。
筆跡は意図的に崩され、紙も王城内で広く使われているものだった。
ただし、一つだけ分かったことがある。
十三通すべてに使われていた紙は、一般の官庁へ配られるものではなかった。
王室顧問会の内部用。
それも、会議資料や王族への上申書に使われる上質紙だった。
「つまり?」
レオンが訊く。
「少なくとも、書いた人間か紙を渡した人間は顧問会区画に出入りできる」
セイルが答える。
王室顧問会の会議室。
長い机を囲み、十人ほどの人間が座っている。
その端に。
拘束具をつけたレオン。
「俺、すごく場違いじゃないですか」
「今さらだ」
エドガーが言った。
「それに、その格好で一番偉そうに座るな」
「椅子が空いてたので」
顧問たちの視線が集まる。
好意的ではない。
当然だった。
昨日まで同僚だったベルクマンとケスラーが拘束され、今日は自分たちが集められている。
しかも。
尋問役の一人が国家命令違反で拘束中の十七歳。
気分がいいはずがない。
「全員を疑っているわけではありません」
セイルが言う。
「確認です」
向かいに座る老人が鼻を鳴らした。
「確認のために、この扱いか」
「機密文書が十年間、不正に流されていました」
「だから顧問会全員を犯罪者扱いするのか」
「していません」
「では、そこの少年は何だ」
指がレオンへ向く。
「少年です」
「お前に聞いていない!」
怒鳴られた。
レオンは少しだけ姿勢を直した。
「歳の割に元気そうですね」
エドガーが横から低く言う。
「黙れ」
セイルが一人ずつ確認を始める。
旧西棟の保管庫を利用したことがあるか。
ケスラーとの私的な接触。
ベルクマン宛て文書箱の運用。
王家の内部情報へのアクセス。
ほとんどの答えは本当だった。
知らない。
覚えていない。
使ったことがない。
少なくとも本人たちは、そう信じている。
七人目。
五十代後半の男が座る。
細身。
白い髪。
王室顧問会副議長。
コンラート・ヴェルナー。
「旧西棟の保管庫へ最後に入ったのは?」
セイルが訊く。
「覚えていない」
レオンは男を見る。
嘘ではない。
「ケスラー文書官とは?」
「仕事上の付き合いだけだ」
本当。
「ベルクマンに、第三七二号の処理を命じたことは?」
「ない」
本当。
「第三経路という言葉に心当たりは?」
「ない」
その瞬間。
レオンが顔を上げた。
エドガーは気づいていない。
セイルも。
ヴェルナー自身も、変わらない表情で座っている。
「ありますね」
レオンが言った。
会議室が静かになった。
ヴェルナーがこちらを見る。
「何が」
「第三経路」
「知らないと言った」
「それが嘘です」
空気が変わる。
エドガーの手が机の下で僅かに動く。
ヴェルナーは笑った。
「噂は聞いている。相手の嘘が分かるそうだな」
「便利でしょう」
「馬鹿馬鹿しい」
「じゃあ、もう一回聞きます」
レオンは身体を少し前へ出した。
「第三経路って、何です?」
「知らん」
また。
同じ。
「嘘」
ヴェルナーの笑みが消える。
「第三経路は、ドワーフ領の装置と王国側の魔導器網を接続する経路です」
レオンは続ける。
「これは顧問会全体には共有されていない」
セイルがヴェルナーを見る。
「何故知っている」
「知らんと言っている!」
今度は。
明確に声が大きくなった。
レオンは首を傾ける。
「怒ると嘘じゃなくなるわけじゃないですよ」
「黙れ!」
机が叩かれる。
他の顧問たちがざわつく。
エドガーが立った。
「ヴェルナー卿。別室へ」
「何の権限で!」
「陛下の命だ」
「私は王室顧問会副議長だぞ!」
「だから何だ」
エドガーの声は冷たかった。
「歩け」
兵士が両側につく。
ヴェルナーは立たない。
「こんなものが証拠になるか! 少年一人の当てずっぽうだぞ!」
その言葉に。
レオンは少しだけ笑った。
「そうなんですよ」
ヴェルナーが止まる。
「だから、今から証拠を探すんです」
二時間後。
証拠は見つかった。
ヴェルナーの執務室。
机の底。
板を一枚外した裏。
小さな鍵。
その鍵が開けたのは。
王城外に借りられていた倉庫だった。
名義は架空。
中にあったのは。
金。
偽造された官印。
顧問会内部用の紙。
複数の身分証。
そして。
黒い部品。
一つではない。
十数個。
「これは」
レオンが一つを見る。
「ドワーフ領のと同じですね」
セイルが頷く。
さらに。
木箱の底から。
薄い冊子。
暗号化された記録。
日付。
金額。
役職だけで記された人間。
《技術》
《現地》
《行政》
《軍需》
そして。
《西》
「西?」
エドガーが訊く。
冊子を解析していた文官が顔を上げる。
「西部戦線関係と思われます」
その瞬間。
部屋の扉が開いた。
王子だった。
軍服。
昨夜から。
ほとんど寝ていない顔をしている。
「何が出た」
セイルが説明する。
王子は冊子を見る。
「西部戦線にも協力者がいる可能性があります」
文官が言った。
「可能性では困る」
「現在解析中です」
「急げ」
声が鋭い。
レオンが王子を見る。
「戦況、また悪くなったんですか」
王子は少しだけ黙った。
「西部第二軍の補給拠点が一つ落ちた」
「昨日の南側?」
「ああ」
エドガーが訊く。
「原因は」
「まだ分からん」
王子は暗号帳を指す。
「だからこそ、これを急げ」
「人員は既に最大限投入しています」
セイルが言う。
「足りないなら増やせ」
「どこからです」
王子が答える前に。
別の声がした。
「増やさん」
国王だった。
全員が姿勢を正す。
王子だけは。
動かなかった。
「父上」
「西部へ回す予定の監察官まで、こちらへ引き抜くつもりか」
「城内に敵がいる可能性があります」
「だから調べさせている」
「時間がありません」
「それは西部も同じだ」
王子の顎が僅かに強張る。
「なら、なおさら召集令を」
「その話は昨日終わった」
「終わっていません」
周囲が。
静かになる。
国王が王子を見る。
「ここで話すことではない」
「では、いつならよいのです」
王子の声は。
怒鳴ってはいない。
それでも。
昨日より強かった。
「今日も兵が死んでいる」
「分かっている」
「明日も死にます」
「分かっている」
「なら何故!」
初めて。
王子の声が響いた。
すぐに。
本人も気づいた。
口を閉じる。
国王は。
しばらく何も言わなかった。
「戦争に負けないためなら」
静かに。
「国がどうなっても構わんのか」
王子の顔が変わる。
「それは」
「答えは今でなくていい」
国王は背を向けた。
「だが、考えろ」
出ていく。
誰も。
しばらく動かなかった。
王子は暗号帳を見る。
やがて。
「解析を続けろ」
それだけ言って。
部屋を出た。
レオンは。
扉を見送る。
少し前なら。
王子の方が間違っていると思ったかもしれない。
だが。
西では。
今日も人が死んでいる。
それも事実だった。
「レオン」
セイルに呼ばれる。
「何です?」
「ヴェルナーの尋問だ」
「もう?」
「ああ」
「休憩は」
「ない」
「ひどいな」
歩き出す。
その途中で。
レオンは暗号帳をもう一度見た。
十年。
王城の中に作られていた経路。
ヴェルナーまで辿り着いた。
ここまで来れば。
工作網の中心は近い。
少なくともそう見える。
だからこそ。
レオンは少しだけ嫌な予感がしていた。
ベルクマンの時も。
同じだった。
見つかるものが。
あまりにも綺麗に。
こちらが欲しい形をしている。




