嘘
尋問室を出てから、エドガーはしばらく何も言わなかった。
地下の廊下を歩く。
前にはハイネたち。
後ろには兵士が二人。
階段へ差しかかったところで、エドガーが口を開いた。
「レオン」
「はい?」
「さっきのは何だ」
「何がです?」
「顧問会の件だ」
レオンは振り返る。
エドガーの顔は真剣だった。
「王家、軍、王室顧問会。私は順番に訊いた」
「そうですね」
「ベルクマンはどれにも答えなかった」
「はい」
「それなのに、お前は顧問会だと断言した」
後ろを歩いていたハイネも、こちらを見ている。
「何を見た?」
レオンは少し考えた。
「嘘です」
「嘘?」
「顧問会かって訊いた時だけ、嘘をついたので」
エドガーが眉を寄せる。
「私には三つとも同じ沈黙に見えた」
「見た目はそうでしょうね」
「なら何故分かる」
「分かるからです」
「説明しろ」
「できません」
エドガーの眉間の皺が深くなった。
「ふざけているのか」
「真面目ですよ」
レオンは歩き出す。
「昔からなんです。この人、今嘘ついたなって分かる」
ハイネが訊いた。
「仕草で?」
「多分違います」
「目線とか、呼吸とか」
「そういうのを意識して見てるわけじゃないです」
「では」
「だから分からないんです」
レオン自身、昔から説明できなかった。
声。
目。
呼吸。
間。
そういう細かいものを無意識に拾っているのかもしれない。
あるいは、本当にただの勘なのかもしれない。
ただ。
相手が嘘をついた瞬間だけ。
妙な引っ掛かりがある。
「子供の頃から?」
エドガーが訊く。
「たぶん」
「たぶんとは」
「いつからかなんて覚えてませんよ」
「便利な能力だな」
「そこまででもないです」
レオンは拘束された両手を軽く上げる。
「分かるのは、嘘をついたってことだけです」
「どういう意味だ」
「例えば、『昨日は家にいた』って言われて、それが嘘だとは分かる」
一段上る。
「でも、じゃあどこにいたのかっていうのは分かりません」
「なるほど」
「それに、本人が本当だと思い込んでたら分かりません」
勘違い。
誤認。
誰かに騙されている。
本人の中では真実なら、引っ掛かりはない。
「あと、黙るだけなら何も分かりません」
「先ほどのベルクマンは黙っていただろう」
「ただ黙ってたんじゃないんですよ」
レオンは振り返る。
「顧問会じゃないように見せようとした」
エドガーが目を細める。
「私には分からなかった」
「だから俺だけ気づいたんでしょう」
「気味の悪い男だな」
「失礼だな」
ハイネがぼそりと言う。
「昔から、訓練中に嘘をついてもすぐばれていました」
レオンが見る。
「嘘ついてたんですか」
「怪我をしていないと」
「ああ」
思い出した。
「右足でしたっけ」
ハイネが嫌そうな顔をした。
「そこまで覚えているんですか」
「今思い出しました」
「忘れていてほしかったです」
王の執務室へ入ると、国王と王子が待っていた。
セイルはまだ別件を調べているらしい。
エドガーが尋問の内容を報告する。
ベルクマンは第三七二号の処理を認めた。
検査官三人が殺されるとは知らなかった。
命令は王室顧問会の内部回覧という形で届いた。
そこには、本来なら王家のごく近くしか知り得ない情報が添えられていた。
報告を終えてから、エドガーがレオンを見る。
「それと、こいつが妙なことを言っています」
「妙って」
「顧問会から命令が出たことを、ベルクマンが認める前に見抜いた」
王子がレオンを見る。
「どうやって」
「嘘だったからです」
「何が」
「顧問会かって訊かれた時のベルクマンが」
国王が少しだけ笑った。
「ああ」
エドガーが国王を見る。
「陛下はご存じなのですか」
「昔からだ」
「本当に?」
「八歳頃にはもうそうだったな」
「七歳かもしれません」
「どちらでもいい」
レオンが思い出す。
「陛下が俺の焼き菓子を食べた時です」
王子が父親を見る。
「何をしているんですか」
「昔の話だ」
「俺が取っておいたのがなくなってて、陛下に訊いたら『知らん』って」
「その話はもういい」
「嘘でした」
「分かった」
王子が笑いを堪えている。
エドガーだけが納得していない。
「つまり、相手の嘘が分かると?」
「だいたい」
「だいたい?」
「見抜けなかった嘘があるかどうかなんて、俺には分からないでしょう」
エドガーが黙る。
「それもそうか」
王子が訊く。
「では、ベルクマンの証言のどこまでが本当だと思う」
レオンは少し考える。
「検査官三人が死ぬとは知らなかった。これは本当」
「命令は顧問会から?」
「本当です」
「命令した人物の名前は知らない」
「それも本当だと思います」
「王家の意思だと思っていた」
「本気でそう思ってます」
レオンはそこで一度区切る。
「ただ、三人が死んだあとも続けたのは、自分でもおかしいって分かってた」
国王の表情が沈む。
「恐怖で従った、と」
「そこも嘘じゃなかったです」
エドガーが腕を組む。
「では、捜査対象は顧問会に絞れる」
「命令を出した場所は、です」
レオンが言う。
エドガーが見る。
「何が違う」
「ベルクマンは、顧問会の内部回覧で命令を受けた」
「そうだ」
「でも、誰がその命令を作ったかは知らない」
王子が頷く。
「顧問会内部の誰かが作った可能性もあれば、権限を使える別の人間が紛れ込ませた可能性もある」
「はい」
ただし。
少なくとも。
追う場所は決まった。
王室顧問会。
そこから第三七二号を潰す命令が出た。
「内部回覧はどこからベルクマンへ届く?」
王子が訊く。
国王が答える。
「書記長用の文書箱だ。顧問会内の機密文書もそこへ入る」
「鍵は?」
「ベルクマン本人と、文書管理官。それから緊急時に限り、顧問会議長が予備鍵を持つ」
レオンが訊く。
「紙を入れる時も鍵が必要ですか」
「いや」
「じゃあ誰でも入れられる?」
「誰でもではない。顧問会区画へ入れる者だけだ」
エドガーが言う。
「十分多いな」
王室顧問。
書記官。
文書官。
王族直属の使者。
警備を担当する兵士。
出入りする人間は限られる。
それでも。
一人や二人ではない。
「まず文書箱を調べる」
エドガーが言う。
「過去の配達記録、鍵の管理、当日の警備。全てだ」
「俺も行っていいですか」
「何故だ」
「何かあるかもしれないので」
「曖昧だな」
「俺もそう思います」
「自覚があるなら言うな」
「勘ですよ。昔からよく当たる」
国王が手を上げる。
「連れていけ」
エドガーが振り返る。
「陛下」
「こいつは昔から、よく分からんところで役に立つ」
「褒められてます?」
「半分は」
「残り半分は?」
「迷惑だ」
王子が少し笑う。
レオンはため息をついた。
執務室を出る。
廊下を歩きながら、ふと考える。
ベルクマンは顧問会から命令を受けた。
それはもう分かった。
問題は。
誰が、その命令を作ったのか。
王家しか知らない情報まで添えて。
長年王城にいたベルクマンを信じ込ませた。
そんなことができる人間が、この城の中にいる。
そして。
レオンの能力にも一つだけ大きな穴がある。
嘘をつかない相手には、何も分からない。
本当のことだけを話し。
都合の悪いことには口を閉ざし。
必要な相手だけを動かす。
そういう人間が相手なら。
レオンにも、普通の人間と同じように見える。
そのことが。
今までより少しだけ、嫌だった。




