尋問
ベルクマンの尋問は、その日の夜には始まった。
ただしレオンは呼ばれなかった。
「何でです?」
翌朝。
客室へ来たエドガーに訊く。
「容疑者だからだ」
「俺が?」
「お前もだ」
「まだ?」
「むしろ罪状は増えている」
「おかしいな」
「何もおかしくない」
エドガーは机の上に紙束を置いた。
「ベルクマンは黙秘している」
「昨日あれだけ出てきたのに?」
「全部知らないと言っている」
黒い部品。
第三経路と書かれた紙。
ハルトマンとの接触。
「苦しいですね」
「本人も分かっているだろう」
「じゃあ何で黙ってるんです」
「それを調べている」
エドガーがレオンを見る。
「それと、お前を呼ばなかった理由はもう一つある」
「何です」
「ベルクマンがお前との面会を希望した」
レオンが止まった。
「俺と?」
「ああ」
「知り合いじゃないですよ」
「向こうはそうでもないらしい」
「どこで?」
「それを聞くために行く」
エドガーが扉を見る。
「許可が出た」
「誰から?」
「陛下」
「確認しました?」
「随分慎重に育ったようで助かるな」
「大事でしょう」
「もちろん確認した」
レオンは立ち上がった。
廊下へ出る。
いつもの兵士とは違った。
四人。
全員、王城警備の装備ではない。
軍服。
王国軍。
胸元には魔術部隊の徽章。
そのうち。
先頭にいた男がレオンを見た。
止まった。
本当に。
目に見えて。
動きが止まった。
「……アルヴェイン教官」
レオンも男を見る。
三十代半ば。
短い茶髪。
右眉の上に古い傷。
見覚えが。
少しある。
「ええと」
男の顔が引きつる。
「覚えておられませんか」
「待ってください」
レオンは考える。
軍。
魔術部隊。
右眉。
「……第五訓練場?」
男の背筋が伸びた。
「はい」
「ああ」
思い出した。
「盾を上げるのが遅かった人」
「そこですか」
後ろの兵士が顔を逸らした。
笑ったらしい。
男が振り返る。
「笑うな」
「すみません」
レオンは訊く。
「お名前は?」
「オスカー・ハイネです」
「ハイネ」
記憶が戻る。
まだ。
レオンが十四の頃。
王国軍の訓練場。
一般兵向けの対魔術師訓練。
最初の日。
百人近くいた。
その前に。
十四歳のレオンが立った。
兵士たちはざわついた。
当然だ。
訓練教官として出てきたのが。
自分たちより遥かに年下の少年だったのだから。
「本日から三日間、対魔術師戦闘を担当します。レオン・アルヴェインです」
誰かが笑った。
レオンは気にしなかった。
「最初に確認します」
訓練用の杖を持つ。
「魔術師と一対一になったらどうしますか」
一人が答えた。
「距離を詰めます」
「死にます」
「……はい?」
「距離を詰める前に死にます」
別の兵士。
「遮蔽物を使います」
「遮蔽物ごと死にます」
「ではどうすれば」
レオンは少し考えた。
「一対一にならないでください」
兵士たちが黙った。
「それが最初です」
その後。
訓練が始まった。
三人一組。
盾。
クロスボウ。
拘束索。
魔術師役はレオン。
もちろん。
威力は落としている。
それでも。
一分後。
全員が地面に転がっていた。
「今ので」
レオンが言う。
「十二人死にました」
「十二人?」
地面に転がったハイネが訊いた。
「あなたは三回です」
「三回?」
「最初に盾を上げるのが遅い。次に正面から突っ込んだ。最後に俺の杖を見ました」
「杖を見たら駄目なんですか」
「俺は杖がなくても撃てます」
その場の全員が。
嫌そうな顔をした。
レオンは続ける。
「肩を見てください」
「肩?」
「腕じゃない。杖じゃない。肩です」
一歩。
踏み込む。
「どんな魔術師でも、魔術を撃つ時は必ず身体を使います」
もう一歩。
「相手が天才でも」
そこで。
ハイネの盾へ。
軽く。
指を触れた。
訓練用の衝撃。
ハイネが後ろへ転がった。
「身体までは消えません」
現在。
ハイネが咳払いをした。
「……あの訓練は、今も軍で残っています」
レオンが見る。
「本当ですか」
「対魔術師戦の基礎課程に」
「へえ」
「へえ、ではありません」
ハイネの声が少し強くなる。
「今でも新人が泣いています」
「俺のせいじゃないでしょう」
「原型を作ったのは教官です」
「改善されてるならいいじゃないですか」
「悪化しています」
後ろの兵士が小さく頷いた。
レオンは見た。
「あなたも受けた?」
若い兵士。
二十代前半。
「はい」
「どうでした」
「最悪でした」
即答だった。
エドガーが前を向いたまま言う。
「人気者だな」
「尊敬されてると言ってください」
ハイネがぼそりと。
「尊敬はしています」
レオンが少し驚く。
「本当に?」
「同時に、二度と受けたくありません」
「台無しだな」
歩きながら。
レオンはハイネを見る。
「今は魔術部隊?」
「はい」
「魔導器導入後も?」
一瞬。
ハイネの表情が変わった。
「残りました」
それ以上。
レオンは訊かなかった。
訊けば。
ユリウスへ繋がる。
今はまだベルクマンの方が先だった。
地下へ降りる。
王城の奥。
尋問室。
扉の前。
エドガーが止まった。
「ここから先」
レオンを見る。
「勝手に話すな」
「無理じゃないですか」
「努力しろ」
「善処します」
「心もとない」
扉が開く。
中。
机。
椅子。
その向こう。
ベルクマンが座っていた。
左頬に。
大きな火傷。
手には拘束具。
昨日まで王室顧問会の書記長だった男。
レオンを見る。
「……やはり」
低い声。
レオンは椅子へ座る。
「初めまして?」
ベルクマンが笑った。
「君は私を知らないだろう」
「多分」
「私は何度も君を見ている」
「どこで?」
「軍議」
レオンが眉を寄せる。
「いたんですか」
「いた」
「覚えてないな」
「そうだろう」
ベルクマンは少しだけ笑った。
「君は昔から」
そこで。
エドガーを見る。
「自分に必要のない人間を、驚くほど見ていなかった」
レオンの表情が。
少しだけ変わる。
「それで」
「何です」
「今はどうだ」
「何が」
「人を見るようになったか」
レオンは答えない。
ベルクマンは続けた。
「ユリウス・レーヴェンを殺して」
空気が止まる。
ハイネが。
僅かに反応した。
エドガーの手が剣へ近づく。
レオンだけが。
動かなかった。
「どこでその名前を知ったんです?」
ベルクマンが笑う。
「さて」
「王都にはまだ正式報告の全文は回っていない」
「そうなのか」
「とぼけないでください」
ベルクマンは。
机の上で。
拘束された手を組んだ。
「一つだけ教えてやろう」
「何を」
「私を捕まえても」
少し。
身を乗り出す。
「何も終わらない」
レオンが見返す。
「でしょうね」
ベルクマンの眉が動く。
「驚かないのか」
「昨日からそう思ってたので」
「何故」
「簡単すぎる」
レオンは言う。
「部屋から証拠が出すぎです」
沈黙。
「あなたが一世一代の大馬鹿なら話は別ですけど」
エドガーが横から。
「煽るな」
「大事な確認です」
ベルクマンはゆっくり笑った。
「なるほど」
その笑い方を見て。
レオンは。
一つだけ確信した。
こいつは。
黒幕ではない。
けれど。
何も知らない人間でもない。
そして。
自分たちがどこまで辿り着いたのか。
それを確かめるために、わざわざレオンを呼んだ。




