男
翌朝。
レオンが目を覚ました時、最初に感じたのは。
腹の重さだった。
「……何だ」
見る。
拘束具。
その上に。
薄い毛布。
昨夜、自分で掛けた記憶はない。
しばらく考えて。
やめた。
起き上がる。
窓の外は明るい。
王都はもう動き始めていた。
魔導器の運搬車。
市場へ向かう人。
城壁の向こうから聞こえる鐘。
昨夜。
久しぶりに何も考えず眠った。
そのせいか。
頭は妙に軽い。
扉が叩かれる。
「誰です?」
「セイルだ」
「どうぞ」
入ってきたセイルは。
朝から疲れていた。
「寝てないんですか」
「少しは寝た」
「そう見えませんけど」
「誰のせいだと思っている」
「犯人」
「お前も含む、な」
書類を机へ置く。
レオンは椅子へ座った。
「何か出ました?」
「ああ」
セイルも向かいへ座る。
「第三七二号が処理された日、同じ部署にいた二人から話を聞いた」
昨日見つけた。
エミール・ハルトマン。
三か月前に病死した記録官。
その日、同じ部屋にいた二人。
「覚えてました?」
「一人は何も」
「もう一人は?」
「妙なことを覚えていた」
セイルが紙を一枚出す。
「ハルトマンが、その日の夕方に席を外した」
「普通じゃないですか」
「王城へ呼ばれたと言っていたそうだ」
レオンが顔を上げる。
「誰に」
「そこまでは聞いていない。ただ」
セイルが続ける。
「戻ってきた時、王家の封蝋が付いた封筒を持っていた」
レオンは黙る。
王家。
昨日。
記録管理官が見たという。
紋章入りの指輪。
「同じ人?」
「分からない」
「封筒の中身は」
「それも」
「そのあと三七二号を処理した?」
「ああ」
時系列。
検査官から照会。
ハルトマンが王城へ呼ばれる。
封筒を持って戻る。
第三七二号を処理。
二日後。
検査官三人が殺される。
三か月後。
ハルトマン本人が病死。
「病死の方は?」
「掘り返して調べる」
レオンが少し止まる。
「墓を?」
「家族には許可を取る」
「嫌な仕事ですね」
「仕事だからな」
セイルは淡々としている。
だが。
好きでやっているわけではないことくらいレオンにも分かる。
「それと」
もう一枚。
「ハルトマンの遺品から日記が見つかった」
「日記?」
「正確には仕事の覚え書きだ」
紙には。
短い文章がいくつか書かれている。
レオンは読む。
《第四鐘後、王城》
《例の件、処理》
《理由を聞くな》
そして。
最後。
《また同じ印》
レオンの指が止まる。
「同じ印?」
「意味は不明だ」
「前にも何か処理した?」
「その可能性がある」
セイルが別の束を置く。
「今、ハルトマンが過去五年間に扱った照会を全部洗っている」
「何件くらい」
「千を超える」
レオンは黙る。
「頑張ってください」
「お前もやるんだ」
「俺、拘束中ですよ」
「読むことはできる」
「卑怯だ」
「昨日暇だと言っていたそうだな」
レオンが目を細める。
「誰から聞いたんです」
「テオファニア殿下」
「……」
「何だ」
「いや」
「顔が」
「言わなくていいです」
セイルが僅かに口元を動かした。
笑った。
多分。
「あと」
レオンが言う。
「王城へ呼ばれた記録は残ってないんですか」
「門の出入りは?」
「職員なら記録されない」
「訪問先も?」
「ない」
「王家の封蝋は?」
「種類が多い」
「便利ですね、王城って」
「犯人にとってはな」
扉が開く。
ノックより先だった。
エドガー。
「行くぞ」
レオンが見る。
「どこへ」
「中央行政局」
「昨日行きましたよ」
「今日は別室だ」
「何するんです」
「ハルトマンと同じ日にいた二人のうち、一人が追加で思い出した」
レオンとセイルが同時に立つ。
「何を」
「顔だ」
空気が変わった。
中央行政局。
昨日とは別の小部屋。
机を挟んで。
年配の男が座っていた。
四十代後半。
行政官。
その両脇には王室監察官。
レオンたちが入ると。
男は拘束具を見た。
次に。
レオンの顔。
「あなたが」
「レオン・アルヴェインです」
「……本当に戻ってきたのか」
「そうらしいです」
エドガーが後ろから。
「余計な話はいい」
男が姿勢を正す。
「すみません」
セイルが座る。
レオンも隣へ。
「昨日の証言に追加があるそうですね」
「はい」
男は少し緊張している。
「ハルトマンが王城から戻った時」
一度。
息を吐く。
「一人ではありませんでした」
レオンが訊く。
「誰と?」
「王城の方です」
「名前は」
男は躊躇した。
「言ってください」
セイルが言う。
「……オスヴァルト・ベルクマン卿」
監察官の一人が僅かに動いた。
レオンは知らない名前だった。
「誰です?」
「王室顧問会の書記長だ」
セイルが答える。
「陛下の?」
「顧問会全体の実務責任者」
エドガーが補足する。
「王家の紋章入りの印章指輪も所持している」
昨日の証言。
繋がった。
レオンは男を見る。
「間違いないですか」
「はい」
「何年も前のことですよ?」
「彼は」
男は言う。
「目立つんです」
「何が」
「左頬に、大きな火傷があります」
顔を覚えていた。
理由もある。
「何を話してました?」
「聞こえませんでした。ただ」
男は机を見る。
「ベルクマン卿が帰ったあと、ハルトマンはずっと顔色が悪かった」
「三七二号を処理したのは」
「そのあとです」
セイルが訊く。
「これまで黙っていた理由は」
男は俯いた。
「関係ないと思っていました」
「昨日は?」
「名前を言って」
言葉が止まる。
「自分まで何かされるのが怖かった」
レオンは何も言わない。
当然だ。
検査官三人が死んだ。
ハルトマンも死んだ。
昨日は記録管理官まで倒れた。
自分なら。
すぐ話せるだろうか。
「今日はなぜ?」
レオンが訊く。
男が顔を上げる。
「昨日」
少しだけ声が震える。
「家に帰ったら」
監察官を見る。
「机の上に、これが」
一枚の紙。
白紙だった。
ただ。
中央に。
赤い印。
王家の紋章。
それだけ。
「警告?」
カイならそう言っただろう。
レオンは口に出さなかった。
男が続ける。
「だから」
手を握る。
「黙っていても同じだと思いました」
レオンは白紙を見る。
何も書かれていない。
でも。
十分だった。
「ベルクマン卿は今どこに?」
エドガーが監察官へ訊く。
「今朝、王城へ出仕しています」
「拘束は」
「まだです」
「なぜ」
「証言だけでは」
「逃げたらどうする」
部屋の空気が張る。
セイルが口を開く。
「監視は?」
「付けています」
「なら先に」
レオンが言う。
全員が見る。
「部屋を調べた方がいい」
エドガーが眉を寄せる。
「本人を拘束する前に?」
「今捕まえたら」
レオンは言う。
「何も知らないって言われて終わるでしょう」
「逃亡の危険がある」
「だから監視してる」
セイルが少し考える。
「家と執務室の捜索許可を取るか」
「理由は十分あると思います」
王家の印。
ハルトマンとの接触。
三七二号。
白紙の警告。
エドガーは腕を組む。
「陛下へ持っていく」
「お願いします」
エドガーが扉へ向かう。
その時。
レオンが呼び止めた。
「エドガーさん」
「何だ」
「ベルクマン卿って」
少し考える。
「ローデリヒさんと近い?」
エドガーは振り返った。
「王室顧問会ではな」
「どれくらい」
「ベルクマンが実務を回し、ローデリヒ卿が陛下との調整を行う」
つまり。
仕事上は。
かなり近い。
レオンはそれ以上訊かなかった。
エドガーも。
何も言わず出ていく。
セイルが横から。
「気になるか」
「全員気になりますよ、今は」
それだけ答える。
数時間後。
捜索許可は出た。
ベルクマンの執務室。
自宅。
王城内の私室。
同時に入る。
本人には。
まだ知らせない。
レオンは客室へ戻された。
また。
待つだけ。
夕方。
扉が開いた。
今度は。
エドガーの顔を見ただけで。
何か出たと分かった。
「ありました?」
エドガーは机へ。
小さな木箱を置いた。
開ける。
中。
黒い石。
細い金属片。
そして。
紙。
ドワーフ領で見た。
黒い追加部品と同じ材質。
レオンの表情が消える。
「どこに」
「ベルクマンの私室」
「他には?」
エドガーが一枚の紙を出す。
短い。
暗号のような数字。
地名。
日付。
その一番下。
レオンは。
見覚えのある文字を見つけた。
《第三経路》
誰も喋らない。
エドガーが言った。
「ベルクマン卿を拘束した」
レオンは紙を見る。
ようやく。
初めて。
王城の中の人間まで一本に繋がった。
けれど、胸の奥に妙なものが残った。
簡単すぎる。
そう思った。




