命令書
複製は三部取られた。
一部は国王へ。
一部は王室監察官へ。
もう一部はセイルが持つ。
原本は、その場で封印された。
レオンは机の上に置かれた封筒を見る。
「これで消えても大丈夫ですね」
「消える前提で話すな」
セイルが言う。
「消えそうだから言ってるんです」
「否定はしない」
エドガーが扉の前に立っている。
ヴァルトも珍しく起きていた。
ローデリヒはすでに国王への報告へ向かった。
部屋に残ったのは三人。
「で」
レオンが訊く。
「この《処理済》は、どこで押されるんです?」
セイルが報告書の複製を開く。
「中央行政局」
「技術局じゃなくて?」
「各部署を跨ぐ照会は、最後に一度ここを通る」
「担当者名がないのは?」
「異常だ」
「印章は本物?」
「形式上は」
レオンは椅子へ深く座る。
また同じだ。
本物の書式。
本物の印章。
本物の予算。
どこか一か所を偽造したのではない。
王国の仕組みそのものを使っている。
「中央行政局の記録を見れば分かる?」
「残っていれば」
「嫌な言い方ですね」
「現に一つ消されている」
セイルは報告書を指した。
「この照会は本来、中央側にも控えが残る。さっき確認させたが、登録されていない」
「ドワーフ側の原本だけ残った」
「ああ」
「じゃあ」
レオンが指を折る。
「届いた」
一つ。
「誰かが読んだ」
二つ。
「処理済にした」
三つ。
「王国側の記録を消した」
四つ。
「その二日後、検査官が死んだ」
セイルは答えなかった。
必要がなかった。
「早いな」
エドガーが言う。
「何がです」
「動きが」
確かに。
報告。
処理。
殺害。
二日。
誰かがたまたま気づいたのではない。
報告が来ることを待っていたようにも見える。
「監視してた?」
レオンが言う。
「何を」
「工事そのものを」
黒い配管。
追加部品。
第三経路。
「問題が起きた時だけ処理できるように」
セイルが少し考える。
「ありえる」
「でも」
レオンは続ける。
「それなら、三人が調べ始めたこともすぐ分かった」
エドガーが腕を組む。
「現地にも王都にも人間がいた」
「少なくとも連絡経路はあった」
部屋が静かになる。
その時。
扉が叩かれた。
三人が同時に見る。
「入れ」
エドガーが言う。
兵士が一人。
その後ろに文官。
若い男だった。
腕に革張りの箱を持っている。
「王室監察局より」
文官が頭を下げる。
「証拠品移送の命を受けました」
レオンがセイルを見る。
セイルもレオンを見る。
エドガーだけは動かなかった。
「何の証拠だ」
「ドワーフ領より持ち帰られた一式です」
「誰の命令だ」
文官が書類を差し出す。
「監察局長官です」
エドガーが受け取る。
読む。
何も言わない。
セイルが手を伸ばす。
「見せろ」
エドガーが渡す。
レオンは二人の顔を見る。
「どうです?」
「形式は合っている」
セイルが言う。
「印章も?」
「ああ」
文官が続ける。
「陛下の指示により、証拠品は今後すべて監察局で一括保管するとのことです」
レオンは眉を寄せる。
「陛下が?」
「そう伺っております」
エドガーが訊く。
「いつ出た命令だ」
「つい先ほどです」
「誰から受けた」
「上官から」
「名は」
文官が答える。
エドガーはその名前を聞いても表情を変えなかった。
「待て」
「はい?」
「ここで待て」
エドガーが兵士を見る。
「陛下へ確認を」
「はっ」
兵士が走る。
文官が少し困った顔をした。
「ですが」
「何だ」
「急ぎと」
「なら尚更確認する」
「命令書があります」
「見れば分かる」
エドガーが冷たく言う。
「だから確認している」
その剣幕に文官は黙った。
レオンはその様子を見ている。
箱。
命令書。
印章。
全部。
正しい。
正しすぎる。
「エドガーさん」
「何だ」
「昨日、俺の荷物を確認する時もこうでした?」
「こうとは」
「命令書だけで動いた?」
「いいや」
「ですよね」
エドガーがレオンを見る。
「何が言いたい」
「早すぎません?」
セイルも気づいた。
「この報告書を見つけてから」
窓を見る。
日がまだ高い。
「一時間も経ってない」
文官の顔が僅かに動く。
レオンは見た。
「監察局は」
ゆっくり言う。
「俺たちが何を見つけたか、もう知ってるんですか?」
「証拠品一式の移送命令です」
「質問に答えてません」
「私は命令を受けただけです」
「誰から?」
「先ほど申し上げました」
「その上官は」
レオンが言う。
「《未登録配管に関する照会》を見つけたって知ってました?」
文官が黙る。
エドガーの目が細くなる。
「答えろ」
「……私は」
一度。
唾を飲む。
「そこまでは」
「聞いていない?」
「はい」
「ならいい」
レオンは引いた。
文官が少しだけ息を吐く。
その時。
廊下から足音。
さっきの兵士が戻ってくる。
速い。
息が上がっていた。
「エドガー様」
「どうだった」
「陛下は」
兵士が一度。
文官を見る。
「証拠品の移送など、命じておられません」
誰も動かなかった。
文官の顔から色が消える。
「……そんな」
エドガーが命令書を見る。
もう一度。
ゆっくり。
「監察局長官は?」
「現在、陛下のもとにおります」
「本人に確認は」
「命令を出していないと」
文官が一歩下がった。
ヴァルトが立ち上がる。
唸らない。
ただ。
出口の前へ移動した。
文官が止まる。
「待ってください」
「何をだ」
エドガーが訊く。
「私は本当に」
「命令された?」
「はい!」
「誰に」
さっきとは違う。
声が震えている。
文官が上官の名をもう一度言う。
セイルが兵士へ向く。
「その人物を押さえろ」
兵士が走ろうとする。
その前に。
別の兵士が廊下から飛び込んできた。
「報告!」
全員が振り向く。
「中央行政局で人が倒れました!」
レオンの表情が変わる。
「誰です?」
「記録管理官です!」
セイルが立ち上がる。
「状態は」
「意識なし! 医務官が向かっています!」
エドガーが命令書を机へ叩きつけた。
「この男を拘束しろ」
「待ってください!」
文官が叫ぶ。
「私は何も知らない!」
「なら調べれば分かる」
兵士が両側から腕を取る。
文官は抵抗しなかった。
「本当に!」
連れていかれながら。
レオンを見る。
「本当に、渡せと言われただけなんです!」
扉が閉まる。
静かになる。
「どう思う」
エドガーがレオンへ訊く。
「多分」
レオンは扉を見る。
「本当に知らない」
「根拠は」
「勘です」
「信用ならんな」
「ですよね」
セイルはもう書類をまとめていた。
「中央行政局へ行く」
「俺も」
レオンが立つ。
エドガーが即座に言う。
「駄目だ」
「何で」
「拘束中だからだ」
「今それ言います?」
「今だから言っている」
「俺が見た方が」
「何を見る」
「魔術なら」
言いかけて。
止まる。
毒。
呪い。
術式。
何が起きたか。
自分なら。
そう思った。
だが。
セイルが先に言う。
「私が見る」
レオンは黙る。
「必要なら呼ぶ」
「……分かりました」
セイルが少しだけ意外そうな顔をした。
何も言わず。
部屋を出る。
エドガーも続こうとする。
レオンが呼び止めた。
「エドガーさん」
「何だ」
「原本」
机の封筒を見る。
「ここに置くんですか」
エドガーも見る。
数秒。
「いや」
封筒を取る。
「陛下へ直接渡す」
「その方がいいです」
「お前に言われるまでもない」
ヴァルトがエドガーについていく。
扉の前。
エドガーが一度止まる。
「レオン」
「何です」
「誰が来ても開けるな」
「兵士がいますよ」
「その兵士も含めてだ」
レオンは少しだけ笑った。
「随分信用がなくなりましたね、この城」
エドガーは笑わない。
「最初から」
扉を開く。
「城というのは、そういう場所だ」
閉まった。
レオンは一人になる。
机。
刑法。
軍法。
戦時特別法。
さっきまで読んでいた本。
急に。
どうでもよく見えた。
窓の外を見る。
王都は普通だった。
人が歩いている。
馬車が走る。
煙が上がる。
何も起きていないように見える。
その王都の中で。
報告書が消された。
検査官が死んだ。
偽の命令書が出た。
そして今。
記録管理官が倒れた。
レオンは拘束具を見る。
王都へ戻れば。
調べられる。
そう思っていた。
間違ってはいない。
ただ。
一つだけ。
想定が甘かった。
調べる側の中にも。
相手はいる。
扉の外。
兵士の足音がする。
レオンは顔を上げた。
一人。
二人。
止まる。
ノック。
「レオン様」
聞き慣れた声だった。
ローデリヒ。
レオンは少しだけ緊張を解く。
「どうぞ」
言いかけて。
エドガーの言葉を思い出した。
誰が来ても開けるな。
その兵士も含めてだ。
レオンは口を閉じる。
扉の向こうで。
ローデリヒが穏やかに言った。
「陛下からお預かりしたものがございます」
レオンは扉を見る。
少しだけ。
考える。
「そこに置いておいてください」
短い沈黙。
「……承知しました」
声は。
いつもと同じだった。
足音が遠ざかる。
レオンは。
その音が完全に消えるまで。
扉から目を離さなかった。




