↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
58/64

テア

その日の調査は、夕方で一度打ち切られた。


エミール・ハルトマンの記録。


同日の担当者二人。


王家の紋章が入った指輪。


調べるものは増えた。


だが。


レオンには何もすることがない。


拘束中だからだ。


「暇だ」


寝台に仰向けになる。


両手の拘束具が腹の上で鳴った。


本を読もうにも、さっきまで書類を見続けていたせいで文字を見る気にならない。


窓の外はもう暗い。


王都の街灯が点き始めている。


魔導器の光。


昔は夜になれば暗かった通りが、今は遠くまで明るい。


便利だ。


それを見て。


またユリウスを思い出しそうになった。


レオンは目を閉じる。


やめた。


今日はもう考えたくない。


扉が叩かれた。


「誰です?」


「私」


聞き慣れた声。


レオンは起き上がった。


「どうぞ」


扉が開く。


テアだった。


後ろに兵士が二人。


さらに。


エドガー。


「またいるんですか」


「私も好きでいるわけではない」


「帰ればいいのに」


「お前が逃げなければ帰れる」


「逃げませんよ」


「信用がない」


テアが二人の間を通る。


「喧嘩するなら廊下でして」


「私に出ていけと?」


「うん」


「殿下」


「今日は逃げないでしょう」


テオファニアがレオンを見る。


「逃げる?」


「今のところ予定はないです」


「ほら」


「その男の予定ほど当てにならないものもない」


結局。


エドガーは扉の近くに椅子を置いた。


完全には出ていかなかった。


「そこならいいよ」


「ありがとうございます」


「怒ってる?」


「いえ」


どう見ても怒っていた。


テアは気にしない。


手に持っていた籠を机へ置く。


「何です?」


「夕飯」


「さっき兵士が持ってきましたよ」


「食べた?」


「まだ」


「じゃあちょうどいい」


籠を開ける。


パン。


肉。


野菜。


小さな焼き菓子。


そして。


瓶。


レオンが見る。


「酒?」


「少しだけ」


「俺、拘束中なんですけど」


「だから?」


「飲ませていいんですか」


テアがエドガーを見る。


「駄目?」


「……量によります」


「一本」


「駄目です」


「半分」


「殿下」


「少し」


エドガーは目を閉じた。


「一杯だけです」


「交渉成立」


「私は今日何度交渉させられるんだ」


テアは楽しそうだった。


レオンも。


少しだけ。


笑った。


机に料理を並べる。


レオンが椅子へ座る。


そこで。


問題に気づいた。


拘束具。


両手首は完全に離れているわけではない。


食べられなくはない。


ただ。


かなり食べづらい。


レオンはパンを取ろうとする。


拘束具が皿に当たった。


音がする。


もう一度。


また当たる。


テオファニアが見ている。


「何です」


「別に」


「笑ってますよね」


「笑ってない」


「絶対笑ってる」


パンを掴む。


今度は成功。


そのまま口へ運ぼうとして。


拘束具が顎に当たった。


テオファニアが吹き出した。


「笑った!」


「ごめん」


「ひどいな」


「だって」


「自分で食べられますからね」


「そう?」


「食べられます」


もう一度。


今度は慎重に。


パンを食べる。


成功。


「ほら」


「偉い偉い」


「子供扱いしないでください」


「昔はもっと素直に食べさせられてたのに」


レオンが止まる。


「いつの話です」


「八歳くらい?」


「覚えてない」


「嘘」


「本当に」


「熱出した時」


少しだけ。


思い出した。


王城。


冬。


王立魔術学校へ通っていた頃。


風邪を引いて寝込んだ。


国王が見舞いに来た。


テオファニアも。


「……あれか」


「思い出した」


「忘れてました」


「私がスープ飲ませた」


「半分こぼしたでしょう」


「思い出してるじゃない」


レオンは黙った。


テアが笑う。


「今もやる?」


「結構です」


「遠慮しなくていいよ」


「遠慮じゃない」


「じゃあ何?」


「恥ずかしい」


言って。


少し後悔した。


テアが目を丸くする。


「何です」


「レオンが恥ずかしいって言った」


「言いますよ」


「初めて聞いたかも」


「昔は人前でも平気で全身着替えてた」


「子供の頃でしょう!」


エドガーが遠くから。


「私は何を聞かされている」


「聞かなくていいですよ」


「私もそうしたい」


テアは笑いながら。


結局。


フォークで肉を一切れ刺した。


「はい」


「本当にやるんですか」


「一回だけ」


「嫌です」


「一回」


「自分で食べられる」


「知ってる」


差し出されたまま。


レオンは数秒見た。


テアは引かない。


「……一回だけですよ」


「うん」


食べる。


テアは顔が明るくなる。


「何でそんな嬉しそうなんです」


「何となく」


「理解できない」


「いいの」


レオンは酒を一口飲んだ。


久しぶりだった。


温かい。


身体の中が少し緩む。


「おいしい?」


「はい」


「よかった」


食事を続ける。


何の事件の話もしなかった。


戦争も。


魔導器も。


ユリウスも。


ただ。


王都の新しい店。


王城の料理人が変わったこと。


テアが最近乗馬で落ちかけたこと。


昔レオンが宮廷の池へ落ちた話。


「それ、俺じゃないです」


「レオンだよ」


「違います」


「絶対レオン」


「アルトじゃないですか?」


「アルトはそのあと助けに飛び込んだ人」


「……じゃあ俺か」


「でしょう」


そんな話。


本当に。


どうでもいい話ばかり。


なのに。


レオンは気づいた。


楽だった。


何かを判断しなくていい。


誰が正しいか。


何を止めるか。


誰を殺すか。


考えなくていい。


ただ。


ここにいる。


食事が終わる。


テオファニアが窓際へ行った。


「見て」


「何を?」


「街」


レオンも立つ。


隣へ行く。


夜の王都。


魔導器の街灯。


家々の明かり。


遠くに王城の外壁。


「綺麗になったでしょう」


「そうですね」


「昔より?」


「明るいです」


「私、好き」


テオファニアが言った。


レオンは街を見る。


「俺も嫌いじゃないですよ」


「王都?」


「魔導器」


テオファニアがレオンを見る。


「王都は?」


「人が多い」


「ガレスみたい」


「酒も高い」


「それもガレス」


レオンが笑った。


「でも」


少し間。


「帰ってきてよかったです」


テオファニアは何も言わなかった。


ただ。


肩を寄せる。


レオンも逃げない。


拘束具があるから。


手は繋げない。


「これ邪魔ですね」


「今さら?」


「今だけ外してくれないかな」


「エドガー」


「駄目です」


即答。


テオファニアが振り向く。


「まだ何も言ってない」


「聞かなくても分かります」


「一分」


「駄目です」


「三十秒」


「駄目です」


レオンが言う。


「諦めましょう」


「レオンが言うと腹立つ」


「何で」


「困ってるの私だけみたい」


レオンは少し考える。


「困ってますよ」


「本当?」


「はい」


「じゃあどうする?」


どうする。


と言われても。


両手は使えない。


レオンは少しだけ屈んだ。


テアの額に。


自分の額を軽く当てる。


テアが止まる。


「これくらいなら」


「……ずるい」


「何で」


「私がしたかった」


「早い者勝ちです」


テアが顔を上げる。


距離が近い。


レオンも。


分かっている。


数秒。


そのまま。


そして。


テアが。


ほんの少しだけ前へ出た。


唇が触れる。


短い。


本当に。


一瞬。


離れる。


レオンは何も言わない。


テアも。


顔が少し赤い。


遠くから。


エドガーが深く息を吐いた。


「見てたんですか」


レオンが言う。


「見張りだからな」


「騎士道ってそういうものなんですね」


「陛下の御命令に命を懸けて従うんだ」


テアが笑う。


レオンも。


笑った。


その夜。


眠る前。


久しぶりに。


レオンは明日のことを考えなかった。


ただ。


王都の明かりを見て。


目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。