国王
国王は、しばらく何も言わなかった。
広間の中央。
拘束されたレオン。
その後ろにはエドガー。
少し離れて、ミリアたちとセイル。
左右には大臣と軍人。
見慣れた顔もいる。
知らない顔も増えていた。
レオンは玉座を見る。
国王の髪には、以前より白いものが混じっている。
疲れている。
最初にそう思った。
「顔を上げよ」
レオンは従った。
国王と目が合う。
「すこし痩せたか」
最初の言葉がそれだった。
レオンは少しだけ眉を上げる。
「陛下も老けましたね」
広間の空気が凍った。
どこかで息を呑む音。
エドガーが額を押さえる。
「貴様は……」
国王が手を上げた。
エドガーが黙る。
数秒。
国王は。
笑った。
ほんの少し。
「変わらんな」
「最近は成長したと言われます」
「誰にだ」
「先ほどはこの貴族様にも」
エドガーの方をちらりと見る。
「なら信用ならんな」
今度は。
広間の端で、誰かが小さく息を吐いた。
レオンも少し笑う。
だが。
それだけだった。
国王の表情が戻る。
「証拠を持ち帰ったそうだな」
「はい」
「確認中だ」
「そうですか」
「王立魔導技術局は外してある」
レオンはエドガーを見る。
エドガーは何も言わない。
国王が続ける。
「ドワーフ側からも正式な記録が届いている」
「なら」
「第三経路と呼ばれているものが、王国側の魔導器網へ接続していたことは、ほぼ間違いない」
ざわめき。
知っていた者もいる。
初めて聞いた者もいる。
レオンは玉座から視線を外さない。
「王立魔導技術局と同じ規格の部品も使われています」
「報告は受けた」
「搬入記録も」
「見ている」
「行政印章も」
「それもだ」
国王は一度、息を吐く。
「だからこそ」
目が鋭くなる。
「お前には説明してもらう」
「何をです」
「全部だ」
レオンは黙った。
「王都を出てから」
国王が言う。
「何を見た」
広間の空気が変わる。
これは尋問ではない。
少なくとも。
まだ。
「長くなりますよ」
「構わん」
「途中で寝ないでくださいね」
「レオン」
低い声。
「はい」
レオンは姿勢を正した。
話し始める。
教会で起きた異常。
魔導器を通じて。
何かと接続したこと。
黒衣の魔族。
エルフの森。
古代金属。
六百年前の記録。
グラド・バルグン。
複数人の魔力を束ねる器。
十二人の死。
停止機構。
ドワーフ領。
黒い配管。
返還経路の封鎖。
第三経路。
そして。
ユリウス。
広間は静かだった。
誰も途中で口を挟まない。
レオンも。
いつものように余計な説明を挟まなかった。
必要なことだけ。
順番に。
最後に。
「第三経路は、一度100%まで到達しました」
国王の表情が動く。
「その結果が、三十二秒の停止か」
「おそらく」
「おそらく?」
「接続が成立したことと、停止時刻は一致しています。ただ、王国側で何が起きたかは俺たちには確認できませんでした」
「こちらでは確認した」
国王が言う。
「王都を含む六つの地域で、同時に魔導器が停止した」
レオンの指が僅かに動く。
「六つ」
「ああ」
「被害は」
「軽微だ」
エドガーから聞いたのと同じ。
それでも。
国王の口から聞いて。
少しだけ息が抜ける。
「死者は確認されていない」
レオンは目を閉じた。
一瞬だけ。
「そうですか」
「だが」
国王の声が低くなる。
「運が良かった」
「分かってます」
国王はしばらく見ていた。
「続けろ」
レオンは頷く。
返還経路。
遮断。
向こう側から切られた痕跡。
黒い追加部品。
逃げた工事責任者。
殺された三人の検査官。
そして最後に、ユリウスの死。
「ユリウス・レーヴェンは」
少しだけ声が止まる。
「俺が殺しました」
広間が静まる。
国王の顔は変わらない。
「理由は」
「止めるためです」
「……仕方なかったのだな」
レオンは答えるまで少し時間がかかった。
「最後には」
言葉を選ぶ。
「選択肢はありませんでした」
国王は目を細める。
「本当にか」
その問いが。
妙に刺さった。
レオンは玉座を見る。
「少なくとも」
一度息を吸う。
「俺は、ないと判断しました」
国王は何も言わない。
レオンは続ける。
「だから撃ちました」
「そうか」
それだけ。
国王は視線を落とした。
少し。
長い沈黙。
やがて。
「お前は」
顔を上げる。
「昔から、自分で決めたがる」
レオンの眉が動く。
「悪いですか」
「悪いとは言っていない」
「なら」
「だが」
国王が遮る。
「国は、お前一人の判断では動かせない」
レオンは黙った。
来る。
そう思った。
国王は玉座の肘掛けへ手を置く。
「お前は以前から、魔導器について何度も警告していた」
「はい」
「軍用接続」
「はい」
「外部干渉」
「はい」
「黒魔術との類似」
「はい」
「そして我々は」
一度。
国王の言葉が止まる。
「十分には信じなかった」
広間が僅かにざわめく。
大臣の一人が国王を見る。
レオンも。
少しだけ驚いた。
「認めるんですね」
「事実ならな」
国王は言った。
「お前の警告には、正しかった部分があった」
国王はため息をつく。
「全部とは言っていない」
「相変わらずですね」
「お前もな」
レオンは黙る。
国王が続ける。
「それでも」
声が低くなる。
「お前が命令に従わなかったことは消えない」
来た。
「軍の指揮系統を無視した」
「はい」
「拘束命令に抵抗した」
「はい」
「仲間と交戦した」
レオンは一瞬。
後ろを見る。
セイルは何も言わない。
「はい」
「国外へ非合法に逃れた」
「はい」
「禁制術式を使った」
「はい」
「そして今回」
国王はレオンを見る。
「人を殺した」
レオンは答えなかった。
「違うか」
「違いません」
「本当にそれが必要だったのかもしれん。他に選択肢はなかったのかもしれん。ただ」
国王の声は冷静だった。
「王国にとって重要な証拠を持ち帰ったことと共に」
一拍。
「お前が法を犯したこともまた確かだ」
レオンは俯かない。
ただ。
聞いている。
以前なら。
もっと早く反論した。
必要だった。
誰も動かなかった。
俺しかできなかった。
全部言えた。
でも今は。
「……分かってます」
広間の何人かが反応する。
国王も。
「何だ」
「分かってます」
「家出して、少しは成長したか」
レオンは少しだけ息を吐く。
「俺が正しかった部分があるからって」
拘束された両手を見る。
「全部が正しかったことにはならない」
言いながら。
自分でも少し違和感がある。
昔なら。
絶対に口にしなかった。
国王は何も言わない。
レオンは顔を上げる。
「でも」
続ける。
「だからって、この証拠まで無視するのは違う」
「当然だ」
国王は即答した。
レオンが止まる。
「……当然?」
「お前を裁くことと、国家への脅威を調べることは別だ」
「じゃあ」
「王立魔導技術局は調査する」
広間がざわめく。
一人の官僚が声を上げる。
「陛下、それは――」
「黙れ」
短い。
それだけで止まる。
国王は続けた。
「搬入記録」
「印章」
「第三経路」
「停止記録」
「すべて独立した監察機関で調べる」
レオンは国王を見る。
「本当に?」
「何だ、その顔は」
「もっと揉み消すかと思ってました」
空気が凍る。
エドガーが小さく。
「馬鹿か」
と呟いた。
国王は怒らなかった。
「そう思わせた責任は」
一度。
息を吐く。
「私にもある」
レオンの表情が変わる。
国王は続ける。
「だが」
今度は鋭い。
「一つ訂正しておく」
「何です」
「魔導器革命そのものを」
国王は言う。
「私は止める気はない」
レオンは黙る。
「今回の件が事実でも」
続ける。
「魔導器そのものが間違いだったとは考えていない」
「……」
「生活が変わった」
国王の視線が広間を通る。
「農業、医療、交通、そして軍事」
「魔術を学べない者にも、できることが増えた」
レオンは何も言わない。
「国全体の生産力も上がった」
「死ぬはずだった者も救われた」
「戦場でも」
国王の目が少し細くなる。
「魔導器がなければ、もっと多くの民が死んでいた」
レオンもすぐ答えた。
「分かってます」
子供。
王都へ入った時。
小さな魔導器で火をつけていた。
笑っていた。
ユリウス。
俺たちは魔術しかなかったんだよ。
両方本当だった。
「便利なんですよ」
レオンが言う。
「魔導器は」
国王の眉が僅かに動く。
「俺だって使います」
「知っている」
「嫌いじゃない」
「それも知っている」
「でも」
レオンは続ける。
「その裏で捨てられた人間もいた」
国王は黙る。
「魔術師です」
「……ああ」
「国に学べと言われた」
ユリウスの声。
資格を取った。
働いた。
「国に仕えた」
レオンは言う。
「それで」
魔導器ができた。
「要らなくなった」
広間の空気が少し重くなる。
「平和な時には要らない」
続ける。
「でも戦争になったら」
国王を見る。
「魔術が使えるから戻ってこい」
誰も喋らない。
「死んでこい」
王子の顔が僅かに動いた。
軍人の何人かも。
「それを」
レオンが言う。
「ユリウスに言われました」
国王は目を閉じた。
一瞬。
「彼は」
レオンが続ける。
「魔導器を止めようとしました」
「知っている」
「王国を困らせるために」
「……」
「俺は止めた」
胸の奥が少し痛む。
「彼を殺して」
沈黙。
「でも」
レオンは言う。
「ユリウスが全部間違ってたとは、俺には言えません」
国王が目を開く。
「そうだろうな」
レオンは少し驚く。
「認めるんですか」
「認める」
国王は言った。
「魔術師の扱いには」
一度。
言葉を選ぶ。
「失敗した部分がある」
王子が国王を見る。
大臣も。
「制度が追いつかなかった」
国王の声は淡々としていた。
「いや」
首を振る。
「追いつかせなかった部分もある」
レオンは黙る。
「改革が速すぎた」
「だが」
国王が言う。
「止めることもできなかった」
国王が真正面から見る。
「止めれば」
短く。
「国が負けるからだ」
広間が静まる。
「他国も魔導器を使う。生産力が上がる。軍事力も増す」
「我々だけが」
国王は言う。
「旧来の魔術師を守るために革命を止めれば」
レオンは聞いている。
「数年後」
「十年後」
「王国そのものが弱くなる。民も苦しむ」
言葉は。
理解できる。
腹が立つほど。
理解できる。
レオンが言う。
「だから切った」
国王は答えない。
「魔術師を」
「……ああ」
逃げなかった。
国王は。
認めた。
「お前もだ」
レオンが止まる。
「何です」
「お前も」
国王はレオンを見る。
「切った」
広間の温度が。
少し下がった気がした。
「……」
「レオン」
国王が言う。
「私はお前を我が子のように思っていた」
レオンの表情が固まる。
「この王国を継がせたいとさえ思っていた」
再びざわめきが起こる。
「……」
「六歳でここへ来たお前を」
声が少しだけ柔らかくなる。
「よく覚えている」
レオンは何も言えない。
「だが」
国王は続ける。
「同時に」
柔らかさが消える。
「国家資産としても見ていた」
レオンの指が。
拘束具の中で動いた。
「その二つは」
国王が言う。
「両立する」
長い沈黙。
レオンは玉座を見る。
ずっと。
知りたかった答えだった。
自分は。
愛されていたのか。
利用されていたのか。
どちらだったのか。
答えは。
「……ずるいですね」
レオンが言う。
「何がだ」
「両方って」
「事実だ」
「一番嫌な答えだ」
「世の中は綺麗なことばかりではない」
「俺は綺麗好きですよ」
「そういう話ではない」
レオンは。
少しだけ笑った。
すぐ消える。
「じゃあ」
顔を上げる。
「俺を追放したのも?」
「必要だった」
国王は即答した。
「今でも?」
今度は。
少し間があった。
「当時の判断としては」
国王は言う。
「今でも間違いだったとは思わない」
レオンは息を吐いた。
「そうですか」
「不満か」
「ありますよ」
「だろうな」
「でも」
少し考える。
「前ほどではないです」
国王がレオンを見る。
「なぜだ」
ユリウス。
その顔が。
また浮かぶ。
「自分が正しいって」
レオンは言う。
「それだけじゃ足りないと分かったので」
国王の表情が。
ほんの僅かに変わる。
「そう親友に教えてもらいました」
レオンは答えない。
国王は。
それ以上訊かなかった。
しばらく。
誰も喋らない。
やがて。
国王が玉座から立った。
広間全体が動く。
レオンも反射的に姿勢を正す。
「証拠は調べる」
国王が言う。
「王立魔導技術局も」
「軍も」
「行政経路も」
「全てだ」
レオンは頷く。
「お願いします」
「だが」
国王の目が鋭くなる。
「お前の罪も調べる」
「はい」
「拘束は解かない」
「はい」
「城外へも出さん」
「はい」
「今日はやけに大人しいな」
「僕ももう大人です」
国王が。
少しだけ笑った。
「それはまだ判断できんな」
その時。
広間の端。
一人の男が動いた。
年配。
細身。
濃い灰色の衣。
王のすぐ近くに立っていた。
レオンは。
その顔を見る。
知っている。
幼い頃から。
何度も。
「……あ」
男もレオンを見る。
そして。
穏やかに笑った。
「お帰りなさいませ」
昔と。
何一つ変わらない声。
「レオン様」
レオンは少し驚いて。
それから。
笑った。
「まだその呼び方するんですか」
「私にとっては、いつまでも」
男は軽く頭を下げる。
国王の側近。
レオンが六歳で王都へ来た頃から。
ずっと。
王のそばにいた人物。
追放の時。
最後まで。
レオンを庇っていた男。
男が言う。
「随分と遠くまで行かれましたな」
レオンは肩を竦める。
「予定よりは」
「お疲れでしょう」
「まあ」
「部屋を用意しております」
「牢屋ですか?」
男は微笑む。
「それよりは、少し上等ですよ」
レオンも笑う。
その横で。
国王が男を見る。
「頼む」
「承知いたしました」
男はもう一度。
レオンへ頭を下げた。
「では」
穏やかな声。
「参りましょう」
レオンは。
何の疑いもなく。
その男のあとを歩き出した。




