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勇者一行

返事はすぐには来なかった。


一番前に立っていた男が、レオンの数歩手前で止まる。


金髪。


大柄な身体。


背には、見覚えのある大剣。


アルト。


国選第三勇者パーティのリーダー。


昔より少し髪が伸びている。


それ以外は。


ほとんど変わっていない。


アルトはレオンを見る。


顔。


服。


拘束された両手。


それから。


腰に杖がないことに気づいた。


「……久しぶりだな」


ようやく返事が来た。


「はい」


「元気そうには見えない」


「色々あったので」


「だろうな」


その後ろから、もう二人が歩いてくる。


赤茶色の髪。


背には弓。


リゼ。


その隣。


細身。


眼鏡。


白を基調とした長衣。


杖を持ったセイル。


三人。


全員。


覚えている。


当たり前だ。


何年も同じ場所で戦った。


食事をした。


喧嘩もした。


何度も死にかけた。


追放された日の顔まで。


全部。


覚えている。


「本当に帰ってくるとは思わなかった」


リゼが言った。


「俺もです」


「自分で来たんでしょう」


「来る途中で何度か後悔しました」


「嘘」


即答された。


レオンが顔をしかめる。


「何で分かるんです」


「昔から、後悔してる時はもっと顔に出る」


「そうでしたっけ」


「そういうところは変わってないね」


リゼは笑わなかった。


セイルは最初からレオンではなく、拘束具を見ていた。


「魔力抑制型か」


「新型らしいです」


「感想を訊いてない」


「良い出来ですよ」


「だから訊いてない」


セイルがため息をつく。


懐かしい。


その言い方まで。


「拘束されている状態で、どの程度使える?」


エドガーが眉を上げた。


「何の話だ」


「彼の魔術です」


セイルが答える。


「通常術式なら?」


レオンは少し考える。


「三割くらい」


「無杖は」


「頑張れば」


「黒魔術は」


レオンの表情が僅かに変わる。


「……ものによります」


セイルの目が細くなる。


「やはり使ったのか」


アルトが振り返る。


「セイル」


「確認しているだけだ」


「ここでやるな」


「ここだから確認するんだ」


セイルはレオンを見る。


「使ったな?」


逃げても意味がない。


「はい」


空気が少し重くなる。


カイがレオンを見る。


ミリアも黙っている。


セイルは続けた。


「何を」


「《接続》」


眼鏡の奥。


目が止まる。


「……何に」


「魔導器網です」


「馬鹿か、お前は」


即答だった。


「会って早々にそれですか」


「もっとひどい言葉を使ってもいい」


「やめとけ」


アルトが言う。


セイルは無視した。


「禁制術式を、用途不明の魔導器網に?」


「用途不明では」


「完全に理解していたのか?」


レオンは止まった。


セイルはその沈黙を見逃さない。


「理解していなかった」


「結果的には」


「結果の話はしていない」


声は穏やかだった。


だから余計に。


昔と同じだった。


セイルは怒鳴らない。


一つずつ。


逃げ道を潰す。


「お前は昔からそうだ」


「……」


「理解できると思ったものに、自分から手を突っ込む」


レオンは少し眉を寄せた。


「それで助かったこともあります」


「知っている」


「なら」


「だから止めにくかったんだ」


セイルの言葉に。


レオンは黙った。


昔なら。


すぐ反論していた。


自分の判断が正しかった事例を並べて。


成功率を説明して。


他に選択肢がなかったと言って。


でも。


今は。


ユリウスの顔が浮かんだ。


どこなら殺さずに済むか。


そう考え続けて。


最後に。


考えるのをやめた。


「……そうですね」


セイルが止まった。


リゼもレオンを見る。


アルトが僅かに眉を上げる。


「何です」


レオンが訊く。


「いや」


アルトが言った。


「お前がそこで引くとは思わなかった」


「俺だって成長するんですよ」


後ろからエドガーが言う。


「先ほども聞いたな、その台詞」


「便利なので」


「成長してそれなら先が思いやられる」


「うるさいですね」


エドガーがセイルを見る。


「お前も相変わらずだな」


「誇りある貴族様に褒められるとは、光栄だ」


「褒めていない」


「知っている」


レオンは三人を見る。


本当に。


変わっていない。


いや。


そんなはずはない。


自分がいなかった間も。


この三人には時間があった。


自分だけが知っている昔のままではない。


「何でここにいるんです?」


レオンが訊いた。


アルトが答える。


「陛下に呼ばれた」


「俺が来るから?」


「ああ」


「歓迎?」


「護衛」


「誰の」


「場合による」


レオンが少し笑う。


「俺から陛下を?」


「それも」


「俺から俺自身を?」


「それもある」


笑みが消える。


アルトはレオンの目を見た。


「お前が何を持って帰ってくるか分からなかった」


「証拠です」


「それは聞いてる」


「なら」


「証拠を持ってることと」


アルトの声が少し低くなる。


「お前が勝手に逃げたことは別だ、俺はお前をまだ許してはいない」


レオンは黙った。


カイが口を開きかける。


レオンは視線だけで止めた。


アルトが続ける。


「お前が言ってた異常が本当にあった」


「はい」


「魔導器網に何かが仕込まれてた」


「はい」


「その証拠も持ってきた」


「そのつもりです」


「それでも」


アルトは言った。


「俺たちがお前を止めたことまで全部間違いだったとは思ってない」


レオンの指が。


拘束具の中で僅かに動いた。


追放の日。


部屋。


机。


書類。


三人の顔。


自分の声。


俺より魔術を理解してる奴が、この部屋に何人いるんです?


覚えている。


アルトの返事も。


そういうところも含めての決定だ。


あの時は。


何を馬鹿なことを。


そう思った。


自分が一番理解している。


だから自分の判断が正しい。


それだけだった。


「反論しないの?」


リゼが訊いた。


レオンは少し考える。


「した方がいいですか?」


「前なら、もう三つくらいしてた」


「五つです」


セイルが言う。


「数えてたんですか」


「嫌でも覚える」


レオンは息を吐いた。


「俺も」


三人を見る。


「あなたたちが全部間違ってたとは、思ってません」


アルトの表情が変わる。


リゼも。


セイルも。


誰もすぐには答えなかった。


「何があった」


アルトが訊いた。


「色々」


「それで済ませる顔じゃない」


「元からこんな顔ですよ」


「違う」


アルトは短く言った。


「何があった」


レオンは視線を外した。


王城の石床。


整列する兵士。


その向こうにある扉。


しばらく見てから。


「ユリウスを知ってますよね」


三人の反応が変わった。


リゼが最初に口を開く。


「レーヴェン?」


「はい」


「昔、技術研究所にいた?」


「そうです」


セイルが眉を寄せる。


「お前とよく組んでいたな」


「はい」


アルトが訊く。


「会ったのか」


レオンは頷く。


「ドワーフ領で」


「何をしてた」


「用心棒兼技術顧問ですが、今回の事件に関わってました」


短い沈黙。


「どの程度」


セイルが訊く。


「現場側の中心です」


リゼの表情が曇る。


「捕まえたの?」


レオンは答えなかった。


その一瞬で。


リゼは分かったようだった。


「……レオン」


アルトも気づく。


「死んだのか」


「はい」


「誰が」


レオンはアルトを見る。


「俺が殺しました」


誰も喋らなかった。


後ろにいたカイが俯く。


ミリアはレオンを見ている。


ガレスだけが、遠くを見るように視線を外した。


セイルが訊く。


「戦闘で?」


「はい」


「他に手は」


「探しました」


言葉が止まる。


探した。


最後まで。


腕。


脚。


肩。


殺さずに済む場所。


「でも」


レオンは続けた。


「最後は俺が決めました」


「事故ではない?」


「違います」


「ユリウスが自分から?」


「違う」


「なら」


「俺が」


レオンは言った。


「殺すと決めて、撃ちました」


静かだった。


王城の中なのに。


周囲には人がいるのに。


妙に。


静かに感じた。


アルトがゆっくり息を吐く。


「そうか」


それだけだった。


慰めない。


責めない。


リゼは何か言いたそうだった。


でも。


やめた。


セイルだけが訊いた。


「後悔しているか」


レオンは少し考えた。


「分かりません」


「分からない?」


「止めなければいけなかったとは思ってます。けど正しかったかどうかは」


レオンは首を振る。


「分からない」


セイルはレオンを見る。


長く。


「……そうか」


それ以上は訊かなかった。


エドガーが口を開く。


「感傷は終わったか」


全員が見る。


「何です、その言い方」


レオンが言う。


「事実だ。陛下を待たせている」


「もう少しくらい空気を」


「私はお前たちの同窓会を見に来たわけではない」


ガレスが鼻で笑う。


「やっぱり性格悪ぃな、こいつ」


「貴様に言われたくない、竜人が」


「あァ??? てめぇホントにやる気かこの野郎」


「二人ともやめてください」


ミリアが言った。


二人が黙る。


レオンがミリアを見る。


「俺が言った時より効いてません?」


「普段の行いじゃない?」


「理不尽だ」


「行くぞ」


エドガーが歩き出す。


アルトたちも横へ退く。


「荷物は?」


レオンが訊く。


「別室で確認する」


「俺も立ち会います」


「拘束された容疑者が?」


「俺が持ってきたんです」


「駄目だ」


「じゃあミリアを」


「駄目だ」


「カイ」


「駄目だ」


「ガレス」


「もっと駄目だ」


「何で俺だけ強めなんだよ」


ガレスが言う。


「日頃の行いだろう」


「会ったばっかだろ」


「顔を見れば分かる」


レオンがエドガーを見る。


「さっきも聞きましたよ、それ」


「便利なのでな」


「真似しないでください」


エドガーは無視した。


「記録官三名。王室直属の監察官二名。国選第三勇者パーティから一名」


レオンがアルトを見る。


「誰が?」


セイルが一歩出る。


「私だ」


「最悪だ」


「何が」


「細かいので」


「だから選ばれたんだ」


確かに。


セイルなら。


一枚の紙の番号が違っても止める。


レオンが一番よく知っている。


「分かりました」


「素直だな」


セイルが言う。


「今日二回目です、それ」


一行は王城の奥へ進む。


途中。


アルトがレオンの隣へ来た。


拘束具を見る。


「痛くないか」


「全然」


「ならいい」


それだけ言って。


歩く。


昔なら。


もっと何か話しただろうか。


分からない。


今は。


何を話せばいいのか。


レオンにも分からなかった。


「アルト」


「何だ」


「三人とも」


前を見る。


「元気そうでよかったです」


アルトがレオンを見る。


少しだけ。


意外そうな顔。


「お前」


「何です」


「本当に何があった」


「言ったでしょう」


レオンは答える。


「色々です」


アルトは困ったように言った。


「そうか」


廊下の先。


巨大な扉。


その前で。


エドガーが止まった。


左右に近衛兵。


扉の上には。


王家の紋章。


レオンも止まる。


この先を知っている。


何度も通った。


幼い頃。


学校を出たあと。


勇者になったあと。


国王に褒められた。


叱られた。


任務を与えられた。


最後にここへ来た時。


自分はまだ。


この国に必要とされていると思っていた。


近衛兵が扉を開く。


その向こう。


長い広間。


一番奥。


玉座。


国王がいた。


以前より。


少し老けて見えた。


隣には王子。


その反対側には王女。


そして。


何人もの大臣。


軍人。


官僚。


誰も喋らない。


全員。


拘束されたレオンを見ている。


エドガーが先に入った。


セイルが続く。


レオンは扉の前で。


一瞬だけ止まった。


アルトが後ろから言う。


「行け」


レオンは振り返らない。


「言われなくても」


一歩。


広間へ入る。


十一年。


この国で生きた。


追い出されて。


逃げて。


戻ってきた。


国王の目が。


真っ直ぐレオンを見る。


そして。


久しぶりに聞く声で。


名前を呼んだ。


「レオン」


レオンは足を止めた。


拘束された両手を前に。


頭を下げる。


「お久しぶりです」


顔を上げた。


「陛下」

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