牢屋
男のあとを歩きながら、レオンは王城の廊下を見回した。
変わっていない。
壁に掛けられた歴代国王の肖像。
磨かれた石床。
高い窓から差し込む光。
角を曲がれば何があるかも覚えている。
「こちらです」
男が言う。
「俺の部屋、そっちじゃなかったですよね」
「今のあなたに、昔のお部屋をお使いいただくわけにはいきません」
「残ってるんですか?」
男は少しだけ笑った。
「さて」
「絶対残ってる言い方だ」
後ろを歩くエドガーが口を挟む。
「お前は現在、拘束中だということを忘れていないだろうな」
「忘れようにも忘れられません」
レオンは両手を少し上げた。
拘束具が鳴る。
「逃げるつもりはありませんよ」
「お前の言う『つもり』ほど信用ならんものもない」
「そこまで言われる?」
「妥当だ」
セイルまで同意した。
「普段の行いです」
ミリアが後ろから言う。
レオンは振り返った。
「ミリアまで」
「私は事実を言っただけ」
カイが笑いを堪えている。
ガレスは興味なさそうに天井を見ていた。
一行は階段を一つ上がった。
王族の私室がある区画とは逆。
客人用の部屋が並ぶ一角。
ただし廊下の端には兵士が二人立っている。
さらに。
壁に魔術式が刻まれていた。
レオンは足を止める。
「これ、いつ付けたんです?」
男が振り返る。
「お気づきになりましたか」
「魔力を外へ通さない結界ですよね」
「ええ」
「客室に?」
「あなたのために今朝から」
「歓迎されてるなあ」
ガレスが言う。
「特別待遇ですね」
「物は言いようだな」
扉が開く。
中は思っていたより広かった。
寝台。
机。
椅子。
本棚。
窓。
浴室まである。
窓には鉄格子こそない。
だが。
レオンには分かる。
あそこにも術式がある。
外へ出れば警報が鳴る。
「牢屋ではないですね」
「申し上げたでしょう」
男が答える。
「ただし、扉の外には常時二名。窓にも監視術式があります」
「十分牢屋では?」
「寝具の質が違いますが、お望みなら牢屋でも」
男は楽しそうに笑った。
昔からこういう人だった。
レオンが六歳で王城へ来たばかりの頃。
礼儀作法を覚えられず、晩餐会から逃げた時も。
この男だけは怒らなかった。
厨房へ隠れたレオンを見つけて。
一緒に焼き菓子を食べた。
そのあと国王にはしっかり報告された。
「相変わらずですね」
レオンが言う。
「あなたも」
「でしょうな」
男が拘束具を見る。
「お辛くはありませんか」
「この程度なら」
「陛下の命令ですので、外すことはできません」
「分かってます」
「必要なものがあれば申し付けください」
「本」
「どのような?」
「何でも」
「それが一番困ります」
「じゃあ、最近の魔導器関係の技術書と、王国法の最新版」
男が少しだけ目を細めた。
「王国法を?」
「自分が何個くらい罪を犯してるか確認したくなったので」
「今さらですか」
「今さらです」
「承知しました」
セイルが机の上に書類を置いた。
「その前に、こっちを見ろ」
レオンが近づく。
「確認終わったんですか」
「一部だけだ」
紙を開く。
黒い追加部品の図。
工事記録。
発注書。
ドワーフ側の測定結果。
それぞれの横に、王国側での照合結果が書かれている。
「まず部品」
セイルが指を置く。
「王立魔導技術局で使われている規格と一致した」
ミリアが息を呑む。
「じゃあ、やっぱり」
「最後まで聞け」
セイルが続ける。
「規格が同じというだけなら、民間企業でも作れる。技術局から流出した可能性もあるし、設計を模倣した可能性もある」
レオンは紙を見る。
「製造番号は?」
「削られていた」
「綺麗に?」
「かなり丁寧に」
「最初から追跡されたくなかった」
「その可能性は高い」
次。
搬入記録。
「こっちの方が面白い」
セイルが言う。
「王立魔導技術局の書式そのものだ」
「偽造?」
「まだ断定できない」
「印章は」
「本物に見える」
レオンが顔を上げる。
セイルは続けた。
「少なくとも、雑に作った偽物ではない。文書番号の付け方も、予算項目も、承認欄の並びも合っている」
ガレスが眉を寄せる。
「本物じゃねえのか」
「だから調べてる」
「つまんねえな」
「そのつまらなさのおかげで王国は回っている」
レオンは発注書を手に取れない。
拘束具のせいで動かしづらい。
セイルが目の前へ寄せた。
「ありがとうございます」
「珍しく礼を言ったな」
「俺を何だと思ってるんです」
「面倒な旧同僚」
「その言葉そっくり返します」
書類へ目を落とす。
発注元。
王立魔導技術局。
用途。
遠隔魔力供給設備の試験部材。
発注先。
王国の請負企業。
そこまではドワーフ領で見たものと同じ。
新しい情報が一つ。
「これ」
レオンが下を指した。
「支払い、通ってるんですか」
「ああ」
「国庫から?」
「正確には技術局の研究予算」
部屋が静かになる。
カイが言った。
「じゃあ、誰かが勝手に紙を作っただけじゃない」
「少なくとも金は動いている」
セイルが答える。
「予算処理もされた。担当者もいる」
「誰です?」
「まだ言えない」
「俺にも?」
「特にお前には」
「なんで」
エドガーが壁際から言う。
「拘束中の容疑者だからだ」
レオンはそちらを見る。
「まだいたんですか」
「いたら悪いか」
「黙ってたので帰ったかと」
エドガーは無視した。
セイルが書類を閉じる。
「現時点で分かっているのはここまでだ」
「十分大きいですね」
「ああ」
王国の正式な書式。
本物に近い印章。
実際に動いた研究予算。
そして。
ドワーフ領に設置された黒い部品。
偶然では説明しにくい。
だが。
「これでも」
レオンが言う。
「誰がやったかは分からない」
「そういうことだ」
「技術局全体が関わってる証拠でもない」
「その通り」
「国王が命令した証拠でもない」
セイルがレオンを見る。
「分かっているならいい」
「そこまで馬鹿じゃないですよ」
「以前なら、かなり先まで飛躍して断定していた気がするが」
レオンは一瞬黙った。
セイルは何も言わなかった。
その時。
廊下から足音がした。
兵士の声。
「殿下、お待ちください」
エドガーが扉を見る。
「何だ?」
扉が開く。
兵士が困った顔をしている。
その横から。
一人の少女が顔を出した。
「いた」
レオンが目を瞬く。
「……殿下?」
王女は兵士を押し退けるように部屋へ入った。
エドガーが眉を寄せる。
「殿下。現在ここは――」
「知ってる」
「知っているなら」
「だから来たの」
エドガーの言葉を切る。
そのままレオンの前まで来る。
少し見上げる。
顔。
服。
拘束具。
最後にまた顔。
「ひどい格好」
「第一声がそれですか」
「もっと綺麗に捕まれなかったの?」
「僕だってそうしたかったですよ、さっき綺麗好きだと言ったでしょう」
「あなたならできるでしょう」
「お褒めに預かり光栄です」
王女は少し笑った。
そのあと。
急に。
レオンの胸を殴った。
「痛っ」
「馬鹿」
もう一発。
「ちょっと」
「馬鹿」
三発目。
拘束されているので防げない。
「待って、普通に痛い」
「知らない」
四発目は来なかった。
王女の拳が。
レオンの胸元で止まっている。
「……帰ってくるなら」
声が小さくなる。
「最初から帰ってくればよかったのに」
レオンは何も言えなかった。
王女は顔を上げる。
目は。
少し赤かった。
「おかえり」
レオンはしばらく黙って。
それから。
小さく笑った。
「ただいま」




