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残されたものたち

三人の検査官が殺された理由は、思ったより早く分かった。


翌朝。


レオンたちは再び、鉱山の管理棟に集まっていた。


机の上には、昨夜回収したものが並んでいる。


黒い制御部品。


切り離した配管。


流量記録。


第三経路の接続記録。


王国側で起きた停止時刻。


そして。


王立魔導技術局の名義で出された搬入書類。


ボルグが紙束を机へ叩きつける。


「これじゃ」


レオンが覗き込む。


「何です?」


「工事に入った連中の名簿」


カイも横から見る。


人数は十数人。


ドワーフの名前。


人間の名前。


いくつかは王国側の業者らしい。


「昨日の搬入記録と照らした」


ボルグが三人の名前を指で叩く。


「こいつらじゃ」


「何がです」


「黒い配管を入れた連中」


レオンの目が細くなる。


三人。


全員、人間。


王国側の技術工。


「今どこに?」


「一人は捕まえた」


「残りは」


「逃げた」


ボルグの声が低くなる。


「夜明け前にな」


ガレスが腕を組む。


「タイミングが良すぎるな」


「ええ」


レオンは名簿を見る。


「昨日のことを知った」


「あるいは」


ミリアが言う。


「最初から、何かあったら逃げるよう言われていた?」


「ありえます」


ボルグが顎をしゃくった。


「捕まえた奴は下にいる」


「話せますか」


「話すかどうかは知らんがな」


「会います」


レオンが即答する。


ガレスが横目で見る。


「傷は」


「もう平気です」


ミリアが後ろから言った。


「平気じゃない」


「歩けます」


「それ昨日も聞いた」


「今日は本当に」


「昨日も本当にって顔してた」


レオンは黙った。


カイが小さく笑う。


「先生、今回はミリアさんの言うことを聞いた方が」


「カイ」


「はい」


「あとで覚えておいてください」


「何をですか?」


「別に」


「怖いんですけど」


ボルグがため息をつく。


「遊んどらんで行くぞ」


地下の留置区画は狭かった。


鉱山の規律違反者を一時的に入れる場所らしい。


鉄格子。


石壁。


その奥に男が座っている。


三十代ほど。


作業服。


手首を前で縛られている。


顔に大きな怪我はない。


ただ。


眠っていない。


目の下が深く落ち込んでいた。


レオンたちを見る。


「……誰だ」


「レオン・アルヴェイン」


男の顔が僅かに変わる。


「聞いたことあります?」


「知らない」


「そうですか」


レオンは格子の前に立った。


「じゃあ簡単に」


少し考える。


「昨日、あなたたちが作った設備が暴走しました」


男の喉が動いた。


「知らない」


「まだ何も訊いてません」


「俺は何も知らない」


「それはこれから確認します」


レオンはしゃがむ。


男と目線を合わせる。


「三人の設備検査官を殺しましたか」


沈黙。


「……知らない」


「黒い配管を設置しましたね」


「命令された」


初めて答えた。


「誰に」


「上からだ」


「上って?」


「会社だよ」


「会社名は」


男が黙る。


レオンは後ろを見る。


ボルグが書類を渡す。


レオンは一枚抜いた。


「これですか」


男の前へ見せる。


王国側の請負会社。


男は目を逸らした。


「正式な工事だと思ってた」


「本当に?」


「書類もあった」


「王立魔導技術局の?」


「そうだ」


「何を作る工事だと説明されました」


「予備系統」


「何の」


「魔力供給の」


男は少しずつ話し始める。


「事故が起きた時に、外から供給できるようにするって」


「外ってどこです?」


「知らない」


「王国側?」


「知らない」


「魔族側?」


男の目が動いた。


ほんの一瞬。


レオンは見逃さなかった。


「何か知ってますね」


「知らない」


「今、反応しました」


「してない」


「しました」


「してない!」


声が大きくなる。


ガレスが鼻で笑う。


「下手だな」


「ガレス」


「はいはい」


レオンは再び男を見る。


「三人の検査官は、その配管に気づいた」


男の顔が強張る。


「違いますか」


沈黙。


「あなたたちは、正式な工事だと思っていた」


「……」


「でも検査官は不審に思った」


「……」


「工事記録にない配管だったから」


男の指が動く。


「そして調べ始めた」


「俺は」


「殺してない」


男が顔を上げる。


「俺は殺してない!」


声が響いた。


「じゃあ誰が」


「知らない!」


「あなたの仲間?」


「違う!」


「じゃあ」


「俺は止めた!」


男は鉄格子へ寄った。


「本当だ!」


レオンは黙って聞く。


「三人が来た」


男が続ける。


「配管を見つけた」


「誰が?」


「検査の連中だよ!」


「そのあと」


「責任者に連絡した」


「あなたが?」


「違う」


「誰が」


男が唇を噛む。


「……現場監督」


ボルグが後ろから言う。


「名は」


男は答えない。


ボルグが名簿を取り出す。


一人ずつ読み上げる。


三人目。


男の表情が変わった。


「そいつか」


ボルグの声が冷える。


「逃げた二人の一人じゃ」


レオンが続きを促す。


「その監督は、どうしたんです」


「上に報告した」


「どこへ」


「知らない」


「そのあと」


男が目を閉じる。


「夜に」


声が小さくなる。


「三人を別の場所へ連れていった」


「誰が」


「監督と」


一度止まる。


「もう一人」


「もう一人は?」


「知らない」


「同じ作業員?」


「違う」


「何が違う」


「見たことない奴だった」


レオンとボルグが目を合わせる。


「人間ですか」


「多分」


「多分?」


「顔を隠してた」


「服は?」


「普通だった」


「魔術師?」


「分からない」


「武器は」


「見てない」


男は呼吸を整える。


「俺は、やめた方がいいって言った」


誰も何も言わない。


「本当に」


男は繰り返す。


「おかしいと思った」


「いつから?」


レオンが訊く。


男が黙る。


「いつから、おかしいと思ったんです」


「……配管を入れた時」


「なら何で続けた」


男の顔が歪む。


「正式な書類があった」


「それで?」


「金も出た」


「それで?」


「命令だった」


レオンはしばらく男を見る。


「そうですか」


それだけ言った。


男が鉄格子を掴む。


「俺は殺してない!」


「それは調べます」


「信じてくれよ! 本当なんだ!」


「信じるかどうかじゃない」


レオンは立ち上がった。


「あなたが殺してなくても、知ってて黙ってたなら問題です」


男が俯く。


「でも」


レオンは続ける。


「話したことは残します」


男が顔を上げた。


「監督の名前も」


「……」


「見知らぬ人間のことも」


「……ああ」


レオンは格子から離れた。


廊下へ出る。


ボルグが隣を歩く。


「どう思う」


「全部知ってる感じじゃないです」


「嘘は」


「混じってると思います」


「どこに」


「自分がどこまで関わったか」


ガレスが後ろから言う。


「殺してないは本当っぽかったけどな」


「俺もそう思います」


ミリアが訊く。


「じゃあ、検査官を殺したのは」


「逃げた現場監督と、正体不明の誰か」


レオンは言う。


「少なくとも、その可能性が高い」


「捕まえる?」


カイが訊く。


ボルグが答えた。


「追わせとる」


「間に合いますか」


「国境へ出られたら厳しい」


レオンは少し考える。


「無理に追わなくていいです」


ボルグが眉を上げる。


「ほう」


「いや、捕まるなら捕まえたいですけど」


「どっちじゃ」


「優先順位の話です」


レオンは振り返る。


「こっちに証拠がある」


名簿。


工事記録。


黒い部品。


行政書類。


「逃げた人間一人を捕まえるために、全部遅らせる必要はない」


ボルグが頷く。


「王国へ行く方が先か」


「はい」


「追跡はこっちでやる」


「お願いします」


「捕まえたらどうする?」


「連絡してください」


「どこへ」


その問いに。


レオンは少し止まった。


どこへ。


教会。


王都。


もしかすると牢獄?


先のことは何も分からない。


「……王都に」


レオンは答えた。


「多分」


ボルグが笑った。


「頼りないのう」


「逃亡犯なんで」


「知っとる」


「言うほど簡単じゃないんですよ」


「それでも帰るんじゃろ」


「帰ります」


迷いはなかった。


午後。


ユリウスを埋葬した。


王国へ遺体を持ち帰る案もあった。


だが。


傷み始める前に。


そして、この場所で起きたことを残すために。


鉱山の外。


山腹。


街を見下ろせる場所。


そこに墓を作った。


大げさなものではない。


石を積んだだけ。


名前を刻んだだけ。


ユリウス・レーヴェン。


生年。


没年。


それだけ。


肩書きは入れなかった。


元魔術師。


技術顧問。


用心棒。


犯罪者。


どれを書いても。


違う気がした。


レオンは墓の前に立つ。


ミリア。


カイ。


ガレス。


ハーゲン。


ボルグ。


少し離れて何人かのドワーフもいる。


誰も祈り方を決めなかった。


宗教も違う。


やり方も違う。


ただ。


立っていた。


レオンの手には杖がある。


ユリウスのもの。


墓へ入れるか迷った。


結局。


入れなかった。


「持っていくのか」


ハーゲンが訊く。


「はい」


「形見か」


レオンは杖を見る。


「分かりません」


正直に答える。


「でも、まだ」


言葉を探す。


「置いていけない」


ハーゲンは何も言わなかった。


レオンは墓を見る。


何か言うべきだと思った。


でも。


何も浮かばない。


ごめんなさい。


違う。


ありがとう。


違う。


許してください。


もっと違う。


最後まで。


ユリウスは間違っていたとは言わなかった。


レオンも。


自分が正しいとは言わなかった。


だから。


「……行きます」


それだけ言った。


返事はない。


当然だった。


夕方。


鉱山の封鎖作業が始まった。


六百年前の中央装置は壊さない。


返還経路を開いたまま。


接続部を物理的に分離。


入口を封じる。


位置と構造は記録する。


黒い追加部品だけを外す。


ボルグが細かく記録を取る。


ハーゲンも確認する。


レオンは横で見ていた。


「これで使えなくなりますか」


「今のままならな」


ボルグが答える。


「ただし」


「ただし?」


「また繋げようと思えば繋げられる」


レオンの顔が曇る。


「壊した方が」


「駄目じゃ」


ハーゲンが即答する。


「グラドが残したもの全部を悪として消す気か」


「そういう意味じゃ」


「なら残せ」


ハーゲンは中央装置を見る。


「失敗したから残したんじゃ」


レオンも見る。


十二人が死んだ。


グラドは後悔した。


だから。


止める方法を残した。


「中心を壊すな」


レオンが呟く。


ハーゲンが頷く。


「外から切れ」


ボルグが続ける。


「束ねたものを返せ」


カイが最後を言った。


三人とも黙る。


レオンは少しだけ笑った。


「六百年後に役立つとは思ってなかったでしょうね」


ハーゲンが鼻を鳴らす。


「技術屋の仕事なんぞそんなもんじゃ」


「そうなんですか?」


「知らん」


「知らないんですか」


「格好いいこと言いたかっただけじゃ」


カイが吹き出した。


今度は。


少しだけ。


皆が笑った。


翌朝。


出発の準備は終わっていた。


荷物は増えた。


かなり。


黒い制御部品。


配管の一部。


構造図。


第三経路の測定記録。


王国側停止との照合記録。


工事名簿。


発注書。


搬入書類。


行政印章の写し。


グラド・バルグンの記録。


全部、封をして箱に入れてある。


「重い」


ガレスが言った。


「証拠ですから」


レオンが答える。


「証拠は軽くできないのか」


「無理ですね」


「魔術で小さくしろ」


「できません」


「天才なのに?」


「物理法則には逆らえませんよ、神以外は」


カイが笑う。


ミリアは荷物を確認していた。


「薬、足りる?」


「大丈夫です」


「本当に?」


「多分」


「多分は大丈夫じゃない」


「じゃあ足りません」


「増やすね」


「何を言っても増やすじゃないですか」


「そうだよ」


レオンは諦めた。


門の前。


ボルグとハーゲンが待っていた。


レオンたちが近づく。


「世話になりました」


レオンが言う。


「世話した覚えはない」


ボルグが答える。


「結構しましたよ」


「迷惑かけられた覚えならある」


「それは」


「あるじゃろ」


「はい」


否定できない。


ハーゲンが杖をついている。


「王都まで何日じゃ」


「順調なら十日前後」


「追手は」


「出るでしょうね」


「捕まるなよ」


「簡単に言いますね」


「捕まったら証拠が届かん」


「そっちですか」


「お前の心配をするほど仲良くはない」


「戦友じゃないですか」


「一発殴っただけじゃ」


「十分ですよ」


ハーゲンが少しだけ口元を上げた。


それから。


真面目な顔になる。


「レオン」


「はい」


「一つだけ」


「何です」


ハーゲンは山の方を見る。


あの地下。


グラドの装置。


ユリウスの墓。


全部がある方向。


「自分が正しいと思うことと」


レオンは黙って聞く。


「自分が何をしてもいいと思うことは」


ハーゲンが続ける。


「同じじゃない」


レオンの目が少し動く。


昨日。


ユリウスへ言った言葉。


同じだった。


「分かってます」


「本当に?」


「……前よりは」


「ならよし」


ハーゲンはそれ以上言わなかった。


ボルグが箱を一つ渡す。


「これ」


レオンが受け取る。


「何です」


「写しじゃ」


開ける。


グラド・バルグンの記録。


正式な複製。


ドワーフ側の認証印。


「原本は渡せん」


「十分です」


「王国の役人が偽物と言い出したら」


「どうします?」


「連れてこい」


「王都まで?」


「わしは行かん」


「じゃあどうやって」


「知らん」


レオンが笑う。


ボルグも少し笑った。


「あと」


ハーゲンが言う。


レオンは嫌な予感がした。


「エルフの金属」


「覚えてます」


「本当に?」


「覚えてます!」


「返せよ」


「返します!」


「絶対じゃぞ」


「何回言うんですか!」


「お前、忘れそうじゃからな」


「忘れません!」


カイが横から言う。


「昨日忘れてましたけど」


「カイ」


「はい」


「覚えておいてください」


「だから何をですか」


ガレスが笑いながら歩き出した。


「もう行くぞ」


ミリアも続く。


レオンは一度だけ振り返った。


ドワーフの街。


山。


煙突。


朝の煙。


魔導器で動く搬送機。


作業場から聞こえる金属音。


何も変わっていないように見える。


でも。


昨日。


ここから繋がった。


王国まで。


六百年前の技術が。


現代の誰かの手で。


レオンは懐へ手を入れる。


ユリウスの杖。


冷たい。


王都へ帰る。


逃げ出した場所へ。


今度は。


証拠を持って。


自分が殺した旧友の言葉を持って。


「先生?」


カイが先から呼ぶ。


「置いていきますよ」


「今行きます」


レオンは前を向いた。


歩き出す。


その頃。


王国。


王都。


王立魔導技術局の地下で。


一人の男が、机の上の記録を見ていた。


第三経路。


接続。


100%。


三十二秒。


遮断。


その横。


もう一つの記録。


外部接続消失。


男はしばらく画面を見つめる。


「……切ったか」


背後から声がした。


「予定外でしたので」


男は振り返らない。


「ドワーフ側は?」


「生きています」


「アルヴェインも?」


短い沈黙。


「はい」


男の指が止まる。


「戻ってくるな」


「おそらく」


「証拠を持って?」


「その可能性が高いかと」


部屋が静かになる。


やがて。


男は記録を閉じた。


「なら」


椅子から立ち上がる。


「迎える準備をしよう」


扉が閉じる。


暗い部屋に。


第三経路の記録だけが残った。

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