接続
『第三経路、準備』
黒い柱に、その文字が浮かんでいる。
レオンは古い金属輪へ視線を戻した。
十二本の経路。
魔力を集めるための溝。
そして、その隣にある戻すための溝。
現代の改造では、戻す側だけが黒い部品で塞がれている。
「まず一つだけ開けます」
レオンが言った。
ボルグが工具を手に取る。
「全部ではなく?」
「いきなり全部を触るのは危険です。第七区画へ繋がっているものを特定して、それだけ試します」
カイが金属輪を覗き込んだ。
「どれが第七区画か分かるんですか?」
「調べれば、たぶん」
「じゃあ、自分は外の設備を見てます。変化があったらすぐ言います」
「お願いします」
カイが少し離れる。
レオンは一本ずつ探査魔術を流した。
ごく弱く。
表面をなぞるだけ。
一本目。
反応は薄い。
二本目。
違う。
三本目。
そこだけ、遠くからわずかな魔力が返ってきた。
「これです」
「間違いないか?」
ボルグが聞く。
「かなり可能性は高いです」
「かなり、か」
「絶対と言えるほど情報がありません」
ボルグは頷いた。
「それでいい」
工具を黒い部品へ差し込む。
レオンが杖を構えた。
「ゆっくり外してください」
「分かってる」
留め具が一つ外れる。
次。
最後の一つ。
黒い部品が古い溝から離れた。
淡い光が走った。
一瞬。
工房の床が震える。
ハーゲンが壁へ手をついた。
「失敗か?」
「まだ分かりません」
レオンは経路を見る。
流れが変わっていた。
地下へ向かっていた魔力が、別の溝へ入り、元の方向へ戻っている。
「逆流じゃない」
レオンが呟く。
「戻してる」
カイが入口の方を見る。
遠くで、何かが止まる音がした。
一つ。
さらに一つ。
工場の機械が順番に停止していく。
外にいた保安兵が走ってくる。
「主任!」
「どうした!」
「第七区画の設備が止まりました! 今度は正常に停止しています!」
ボルグが長く息を吐いた。
カイも肩の力を抜く。
「じゃあ成功ですか」
「少なくとも、第七区画については」
レオンは金属輪から目を離さなかった。
一つ止まった。
なら残りも。
そう考えたところで。
「待て」
背後から声がした。
振り返る。
ユリウスが立っていた。
腹には新しい包帯が巻かれている。
壁へ片手をついているが、自分の足で歩いていた。
その後ろからミリアが来る。
「止めたんだけど、聞かなかった」
「大丈夫ですか?」
レオンが聞く。
「歩くくらいならな」
ユリウスは円形装置へ近づいた。
「今、何をした」
「グラドが残した戻し側の経路を開きました」
「結果は?」
「第七区画は正常停止しました」
ユリウスは黒い部品が外された場所を見る。
しばらく黙った。
「他も同じようにするつもりか」
「はい」
レオンは黒い柱を見る。
『第三経路、準備』
「第三経路が開く前に止めたい」
ユリウスがすぐに言った。
「それはやめた方がいい」
レオンが振り返る。
「なぜです?」
「第七区画で一回成功しただけだ」
「だから一つずつ試します」
「接続先が違う」
ユリウスは金属輪を指した。
「第七区画はこの山の中だ。距離も短い。設備の種類も分かってる。王国側は何に繋がってるかすら分からない」
レオンは黙る。
それは正しい。
「戻し側を開いた結果、向こうでどうなる?」
ユリウスが続ける。
「魔力が戻るだけかもしれない。逆に、止まっていた設備が一斉に起動するかもしれない」
カイが言う。
「中央区で起きたみたいに?」
「ああ」
ユリウスは頷いた。
「下手に触る方が危険だ」
ボルグが腕を組む。
「では放置するのか?」
「違う。まず繋がっている先を特定する」
「そんな時間があるか?」
「分からないまま触るよりはマシだ」
レオンは黒い柱を見る。
まだ『準備』。
開放ではない。
少なくとも、今すぐ何かが起きているわけではない。
「一理あります」
レオンが言った。
ボルグが見る。
「止めないのか」
「止めます。ただ、その前に調べる」
ユリウスが少しだけレオンを見る。
「そうしろ」
レオンは三本目以降の経路を探る。
どれも遠くへ伸びている。
だが距離が長すぎる。
途中から感覚が薄くなっていく。
「カイ」
「はい」
「王国の魔導器って、遠距離で一つの供給源に繋ぐことはあります?」
「軍用ならあります。でも国中となると……普通はないです」
「ですよね」
「街単位なら管理設備をまとめることはありますけど」
「王都も?」
「たぶん。ただ、自分は王都勤務じゃないので詳しくは」
レオンは頷く。
第三経路。
王国。
それだけでは広すぎる。
「向こう側に何があるか知ってる人間が必要ですね」
ボルグが言う。
「王国に連絡を取るか?」
「それができれば早いです」
レオンは少し苦い顔をした。
今の自分たちは王国から追われている。
正式な通信経路を使えば、場所を知られる可能性もある。
ユリウスがその表情を見る。
「困ったな」
「他人事みたいに言わないでください」
「王国に連絡するなら、お前より俺の方がまだマシだろ」
「元王国技術者ですよね」
「元、な」
声が少しだけ低くなった。
レオンは気づいたが、何も言わなかった。
ボルグが別の記録板を取り出す。
「この装置が作られた時の配線図があればな」
「残ってないんですか?」
「六百年前の原型ならある。今の改造部分はない」
ユリウスが金属輪へ顔を寄せる。
「なら現代の部分だけ追えばいい」
「できます?」
レオンが聞く。
「やるしかないだろ」
二人で装置を調べ始める。
昔のようだった。
片方が構造を見て。
片方が術式を追う。
分からなければ交代する。
レオンが黒い外装の裏へ杖の光を当てる。
「ここ」
ユリウスが覗く。
「人間式の接続補助だな」
「古い型ですね」
「十年くらい前の設計だ」
「技術局の?」
「似てるだけだ」
レオンは一度ユリウスを見る。
「何だ」
「いえ」
作業を続ける。
しばらくして。
カイが壁際から声を上げた。
「先生」
「何です?」
「これ、王国側から魔力が来てませんか?」
レオンが立ち上がる。
カイが示した細い管。
確かに。
ほんのわずか。
向こう側からこちらへ魔力が流れている。
「もう繋がってる?」
ミリアが聞く。
「完全には開いてない。でも接続自体はあるみたい」
ユリウスが腕を組む。
「だったら余計に触るな」
「でも向こう側で何か始まってる可能性があります」
レオンが言う。
「何かって?」
「魔導器の停止とか」
「可能性の話だろ」
「そうです」
「ならまず確認しろ」
ユリウスの言い方は正しい。
正しいのだが。
レオンは少しだけ違和感を覚えた。
第七区画で作業員が倒れた時。
ユリウスは急いだ。
ハーゲンの腕に黒い板が刺さっていた時も。
今は違う。
慎重なのではない。
何か、少しだけ温度が違う。
「ユリウス」
「何だ」
「もし王国側ですでに魔導器が止まってたら?」
一瞬。
ユリウスが黙った。
「……それだけなら、まだ慌てる必要はない」
レオンは目を細めた。
「それだけ?」
「設備が止まっただけで死人が出るとは限らない」
「でも治癒魔導器や軍用設備なら?」
「だから確認しろって言ってる」
声が少し強くなる。
レオンはそれ以上聞かなかった。
まだ。
黒い柱が光る。
『第三経路、準備率 六十二』
カイが表示を見る。
「上がってます」
「時間はありますか?」
ミリアが聞く。
「分からない」
レオンが答えた。
ユリウスが言う。
「今は下手に止めるな」
レオンは黒い柱を見る。
それから。
ユリウスを見る。
「……分かりました」
ユリウスがわずかに息を吐いた。
その反応も。
レオンは見ていた。
ただ。
何も言わなかった。




