止める
『第三経路、準備率 六十二』
数字は、ゆっくりと上がっていた。
六十三。
六十四。
レオンは黒い柱から目を離し、床へしゃがんだ。
「ユリウス。こっちを見てください」
「何だ」
「第三経路だけ、他より太い」
ユリウスも隣へしゃがむ。
古い金属輪から伸びる溝のうち、一つだけ幅が違っている。
六百年前の部分ではない。
後から追加された黒い部品。
そこから何本もの細い経路が枝分かれしていた。
「一か所に繋がってるわけじゃないな」
ユリウスが言う。
「俺にもそう見えます」
王国へ一本。
そういう単純な構造ではない。
途中で分かれている。
「複数の魔導器?」
カイが聞いた。
「あるいは、複数の中継点です」
レオンは杖を近づける。
弱い魔力を流す。
すぐに引く。
返ってきた反応は一つではなかった。
「少なくとも四つ」
「場所は?」
「分かりません」
ユリウスが黒い管を指した。
「だったら、開く前に追う」
「どうやって?」
「向こうから来てる魔力を比べる」
レオンは少し考えた。
確かにできる。
完全な位置までは無理でも、どんな設備に繋がっているかくらいなら分かるかもしれない。
「カイ。軍用魔導器の魔力の癖って分かります?」
「型が分かれば」
「じゃあ手伝ってください」
「はい」
三人で第三経路を調べる。
最初の枝。
流れは弱い。
一定の間隔で魔力が揺れている。
カイが首を傾げた。
「通信系かもしれません」
「理由は?」
「ずっと出力する設備じゃないです。一定の間隔で流してる」
二本目。
今度は強い。
レオンが触れた瞬間、低い振動が杖へ返ってきた。
「これは?」
カイが目を閉じる。
「大型ですね」
「軍用?」
「たぶん。でも分からないです」
「それで十分です」
三本目。
ほとんど反応しない。
四本目。
レオンは手を止めた。
「これ……」
「何だ?」
ユリウスが聞く。
覚えがある。
何年も前。
王都。
王立魔導技術局で何度も触った型。
「技術局です」
ボルグが顔を上げる。
「王国の?」
「同じ系統の魔力調整です」
「断定できるのか」
「型が変わってなければ」
レオンはもう一度確かめた。
間違いない。
少なくとも、非常に近い。
王立魔導技術局。
第三砦で見つけた試作部品。
追放前にレオン自身が見た技術。
それらと地下の装置が繋がっている。
「向こうにも、この仕組みを知ってる奴がいるということか?」
ガレスがいれば、たぶんそう言っただろう。
レオン自身も同じことを考えた。
ユリウスは黙っていた。
「どう思います?」
レオンが聞く。
「何が」
「技術局です」
「驚いてるよ」
「そうは見えませんけど」
「昔からあそこは何でもやってただろ」
レオンは否定しなかった。
確かにそうだった。
新技術。
軍事研究。
危険な実験。
国家が必要と判断すれば、かなり深いところまで手を伸ばす組織だった。
それでも。
六百年前の接続技術。
魔族の技術。
人体への接続。
そこまで行くのは別だ。
『第三経路、準備率 六十八』
ミリアが表示を見る。
「時間あんまりないんじゃない?」
「ですね」
レオンは立ち上がった。
「一度、第三経路の戻し側を開けます」
ユリウスが即座に振り返った。
「待て」
「全部じゃありません」
「何をする気だ」
「技術局に繋がってる枝だけ切ります」
「できるのか?」
「さっきよりは構造が分かってきました」
「失敗したら?」
「そのために一番細いところから試します」
ユリウスは首を振った。
「危険だ」
「放っておく方が危険です」
「まだ準備中だ」
「だから今やるんです」
二人の視線がぶつかる。
ボルグが口を挟んだ。
「レーヴェン。代案は?」
ユリウスは少し黙った。
「開くまで待つ」
レオンが眉を寄せる。
「開くまで?」
「ああ」
「本気ですか?」
「完全に繋がれば、接続先が分かる」
「その時には向こうの設備も動きます」
「動いた瞬間に切ればいい」
「できる保証は?」
「今切って安全だという保証もない」
正論だった。
少なくとも、形だけなら。
レオンは黒い柱を見る。
七十。
まだ時間はある。
「どちらが危険か比較できません」
「だから待てと言ってる」
ユリウスは落ち着いていた。
怒ってはいない。
焦ってもいない。
「中途半端な状態で触るな。情報を増やせ」
その言葉自体は、レオンにも理解できる。
むしろ普段なら自分が言いそうなことだった。
だが。
何かが引っかかる。
「先生」
カイが呼んだ。
入口から保安兵が走ってきている。
「外から連絡です」
若いドワーフが紙を持っていた。
「北西の中継所から。王国側の国境都市で異常が起きてるそうです」
レオンが紙を受け取る。
「どんな?」
「魔導器の一部が停止。今のところ大きな被害は確認されていません」
「一部?」
「街灯、倉庫、輸送設備。それから軍の通信器が何台か」
カイが息を呑む。
「もう始まってる」
レオンは黒い柱を見る。
まだ準備中。
完全に開く前から影響が出ている。
「死傷者は?」
「今のところ報告なしです」
レオンは息を吐いた。
その横で。
ユリウスも小さく息を吐いた。
安堵。
そう見えた。
それ自体は不自然ではない。
死者がいないと聞いたのだから。
「やっぱり待てる」
ユリウスが言った。
レオンが見る。
「何が?」
「まだ死人は出てない」
「だから?」
「今切る必要はない」
「設備はもう止まり始めてます」
「一部だ」
「広がるかもしれない」
「広がらないかもしれない」
「準備率は上がってる」
「だから接続先を特定してから切る」
また。
理屈は通っている。
だが。
レオンは紙を見る。
軍の通信器。
輸送設備。
倉庫。
もしこれが止まったのが王国ではなく、この街だったら。
ユリウスは同じことを言っただろうか。
「ユリウス」
「何だ」
「第七区画の設備が止まった時は、すぐ動きましたよね」
ユリウスの目がわずかに動いた。
「作業員が倒れてたからだ」
「今回はまだ倒れてないから待つ?」
「そうだ」
「中央区の時は?」
「何が言いたい」
声が少し硬くなった。
レオンは答えなかった。
まだ決めつけるには早い。
「別に」
第三経路へ戻る。
七十三。
カイが近づいてくる。
「先生」
「何です?」
「自分は切った方がいいと思います」
ユリウスがカイを見る。
カイは少し緊張したが、続けた。
「軍の通信が止まってるなら、戦争中は危険です」
「通信器数台だろ」
「今は」
「だから状況を見ろと言ってる」
カイは黙った。
レオンが代わりに聞く。
「ユリウスなら、どこまでなら待ちます?」
「何?」
「基準です」
レオンは黒い柱を指す。
「何が起きたら切るんです?」
ユリウスはすぐには答えなかった。
「死者が出たら?」
「その前だ」
「じゃあ設備停止が増えたら?」
「程度による」
「治癒魔導器が止まったら?」
沈黙。
「軍用魔導器が止まったら?」
ユリウスの表情が少し変わった。
本当にわずかだった。
「それで困るのは軍だ」
「戦争中の軍です」
「知ってる」
レオンはそこで質問を止めた。
ミリアが二人を見ている。
ボルグも。
ユリウス自身も、それに気づいたらしい。
「何だよ」
「何でもないです」
レオンは再び装置を見る。
『第三経路、準備率 七十五』
時間は減っている。
「あと少し調べます」
レオンは言った。
「八十までに判断します」
ユリウスは頷いた。
「それでいい」
また。
ほんの少し。
安心したように見えた。
レオンはもう、その反応を見逃さなかった。
しばらく作業を続ける。
そして七十九。
カイが突然声を上げた。
「先生」
一本の枝。
技術局へ繋がるものとは別。
そこから急に魔力が流れ込んできた。
「何だこれ」
レオンが探る。
強い。
軍用とは違う。
もっと日常的な設備。
何十。
何百。
同じ型。
「家庭用……?」
カイが呟く。
レオンの顔が変わった。
街灯や倉庫だけではない。
生活の中にある魔導器。
火。
水。
暖房。
もしかすると治癒設備も。
第三経路はそこまで伸びている。
子ども用の魔道具を見せてくれた少年を思い出す。
『第三経路、準備率 八十』
レオンは立ち上がった。
「切ります」
ユリウスが前へ出る。
「待て」
今度は。
レオンもすぐに退かなかった。
「ユリウス」
静かに聞く。
「あなた、本当にこれを止めたいんですか?」
ユリウスは答えなかった。




