取り調べ
「三人目?」
レオンが聞き返すと、先頭のドワーフは露骨に顔をしかめた。
「質問はこちらがする」
「ですが――」
「レオン」
ガレスが低く制した。
レオンは口を閉じた。
男は死体のそばに膝をついたまま、後ろの仲間へ何かを告げた。
ドワーフ語だった。
短く、早い。
レオンはほとんど分からない。
魔族語やエルフ語ほど学ぶ機会がなかった。
二人が死体へ寄り、一人が周囲の地面を調べ始める。
残る三人は、依然としてレオンたちへクロスボウを向けていた。
「名前」
先頭の男が言った。
「レオン・アルヴェイン」
一瞬。
男の目が止まった。
後ろにいた一人も顔を上げる。
「……アルヴェイン?」
「はい」
「《砕きの童》の?」
レオンは少し嫌な顔をした。
「その呼び方は好きではありません」
「本人か」
「たぶん、同姓同名が何人もいなければ」
ガレスが横から言った。
「昔からこういうやつなんだ、すまんな」
男はレオンをしばらく見た。
それから杖へ視線を移す。
警戒が解けたわけではない。
むしろ別の種類の警戒が増えたようだった。
「俺はドルガン・ヘルム。北東鉱務監査局の保安部だ」
「その人も同じ局ですか?」
レオンが死体を示す。
「ああ。バルド・ヘイン。設備検査官だ」
ドルガンは一度だけ死体へ目を落とした。
「昨日から戻っていなかった」
「前の二人も?」
ドルガンがレオンを見る。
「質問はこちらがすると言った」
「三人死んでいるんでしょう。しかも同じ金属片が刺さっている。それを見つけた俺たちを拘束するなら、事情くらい知る権利はあると思いますけど」
「権利?」
「少なくとも、黙って連れていかれるよりは」
「先生」
カイが小声で言った。
「今はあまり喧嘩を売らない方がいいと思います」
「売ってません」
「今のはだいぶ売ってますよ」
ミリアも横から言った。
「完全に売ってる」
「二対一は卑怯じゃないですか」
「ガレスも入れたら三対一だ」
「俺を勝手に入れるな」
ドルガンは眉間を押さえた。
「……本当に勇者だったのか?」
「元です」
「余計に悪い」
そう言って立ち上がる。
「全員、山を下りてもらう」
「下りる?」
レオンが聞く。
「上じゃなく?」
「今夜、山へ入れるわけにはいかん」
「俺たちは北東側へ向かっています」
「知ったことか」
ドルガンは黒い金属片を見た。
「これが出た以上、通すわけにはいかん」
「危険物だと知っているんですね」
沈黙。
「先生」
「はい」
「またです」
カイが小さく言った。
レオンはため息をついた。
ドルガンが仲間に指示を出す。
死体は布へ包まれた。
金属片は抜かない。
そのまま固定される。
手際がいい。
慣れている。
レオンはそこを見逃さなかった。
「抜かないんですか?」
「黙って歩け」
「前の二人も、抜かなかった?」
ドルガンが足を止めた。
「……お前、本当に面倒だな」
「よく言われます」
「誰にだ」
ミリアが即答した。
「全員」
「ミリア」
「事実でしょ」
ドルガンは何も言わず歩き出した。
結局、レオンたちは半ば護送される形で山道を下ることになった。
シルヴァレシエルは途中で立ち止まった。
「私はここまでです」
レオンも止まる。
「戻るんですか?」
「ええ」
「助かりました」
「まだ何も解決していません」
「それでもです」
シルヴァレシエルはレオンを見た。
いつものように、表情は薄い。
「知らないものを、早く知ろうとしすぎないように」
「……ラウリュセリエン様にも似たようなことを言われました」
「ならば、二度言われる必要があったのでしょう」
レオンは返事をしなかった。
シルヴァレシエルはそのまま森の暗がりへ消えた。
ガレスが横で笑う。
「つき刺さることエルフ弓のごとし」
「何がですか」
「別に」
山を下るにつれ、木々が減っていった。
代わりに岩壁が増える。
やがて遠くに灯りが見えた。
最初、レオンは砦かと思った。
違った。
山腹そのものに巨大な穴が穿たれている。
その周囲へ、石造りの建物が何層にも重なっていた。
灯りのほとんどは魔術光ではない。
金属管の内部を通る火。
回転する水車。
蒸気。
歯車。
壁沿いには巨大な昇降機まで見える。
「……ずいぶん変わりましたね」
レオンが呟いた。
勇者時代にも、ドワーフの都市をいくつか見たことはある。
だがここまで機械化された場所は記憶にない。
ドルガンが振り返った。
「最後に来たのはいつだ」
「五年くらい前です」
「なら別物だ」
「魔導器ですか?」
「それだけじゃない」
そこでドルガンは口を閉じた。
街へ入る門には、長い列ができていた。
荷車。
鉱夫。
商人。
金属部品を積んだ輸送車。
ドワーフだけではない。
人間もいる。
少数だが獣人らしき姿もあった。
門の横では、荷物が一つずつ検査されている。
黒い板を探しているようには見えない。
もっと普通の入国検査だ。
しかし保安兵の数が異様に多かった。
「何かあったんですか?」
カイがドルガンへ聞く。
ドルガンは少しだけカイを見た。
「事故が増えている」
「鉱山事故ですか?」
「機械、炉、昇降路、精錬設備。いろいろだ」
「それと三人の死体が関係してる?」
ミリアが聞いた。
ドルガンは答えなかった。
門を通る。
レオンたちの武器は預けさせられなかった。
代わりに名前と所属を記録された。
レオンのところだけ、係官の筆が止まった。
「レオン・アルヴェイン……」
「はい」
「王国の?」
「元です」
「何が元なんだ」
「いろいろです」
係官は困った顔をしてドルガンを見た。
「保安部預かりだ」
それで通された。
街の内部へ入った瞬間、音が変わった。
金属を叩く音。
回る歯車。
蒸気の抜ける音。
怒鳴り声。
荷車の車輪。
人間の都市とは違う。
ドワーフの街は、夜でも眠っていなかった。
だがレオンが覚えている昔の工房街とも違った。
小さな鍛冶場が並んでいるのではない。
巨大な建物が一つあり、その中から何十人もの労働者が出てくる。
同じ形の部品を大量に積んだ箱が運ばれる。
「工房じゃないですね」
レオンが言った。
「工場です」
ドルガンが少し意外そうな顔をした。
「人間にもあるだろ」
「あります。ですが、ドワーフ領でここまで大規模なのは見たことがない」
「五年前ならな」
ガレスが周囲を見回す。
「景気がいいのか?」
今度はドルガンが笑った。
だが楽しそうではなかった。
「誰にとって?」
レオンがその言葉を覚えておこうと思った直後、建物へ入れられた。
北東鉱務監査局。
死体は別の入口から運び込まれていく。
レオンたちは小さな部屋へ通された。
石壁。
鉄製の机。
椅子が六つ。
窓はない。
「取り調べ室ですね」
カイが言った。
「たぶんな」
ガレスが椅子へ座る。
「俺たちはたしかに逃亡犯だが、ドワーフの国でまで取り調べられるとは思わなかった」
「笑い事じゃないです」
「もう慣れただろ」
「慣れたくないです」
ミリアがレオンの横へ座る。
「で、どうするの?」
「話しますよ」
「全部?」
「全部は話せません」
「またその顔してる」
「どの顔ですか」
「自分で決めた顔」
レオンは少し黙った。
「……じゃあ、何を話すべきだと思います?」
ミリアが目を瞬いた。
ガレスもレオンを見る。
レオンは少し不愉快になった。
「何ですか」
「いや」
ガレスが笑う。
「ちゃんと聞けるじゃねえか」
「俺は前から聞いてますよ」
「聞いたあと無視してたんだよ」
扉が開いた。
ドルガンではない。
年老いたドワーフが入ってきた。
白い髭を短く切り揃え、片目に拡大鏡をつけている。
手には金属製の箱。
その後ろからドルガンも入る。
老人はレオンたちを一瞥すると、机の上へ箱を置いた。
蓋を開く。
中には黒い金属片が二つあった。
今回の死体に刺さっていたものと、ほとんど同じ形。
「先の二人から回収した」
老人が言った。
レオンは思わず身を乗り出す。
「見ても?」
「触るな」
「見るだけです」
「その台詞を信じろと?」
ミリアが小さく笑った。
「やっぱり有名なんだ」
「初対面です」
老人は拡大鏡を下ろし、レオンを見る。
「私はボルグ・ダナン。鉱務監査局技術部の主任だ」
「レオン・アルヴェインです」
「知っている」
「俺、そんなに有名ですか?」
「この街では最近な」
レオンの表情が止まった。
「最近?」
ボルグは箱の底から紙束を取り出した。
「三人の死者には共通点がある」
机へ並べる。
一人目。
精錬炉の安全検査官。
二人目。
魔導器部品工場の品質監査官。
三人目。
設備検査官バルド・ヘイン。
「全員、同じ場所を調べていた」
「どこですか?」
「第七下層工業区」
ドルガンが答えた。
レオンは地名を知らない。
「そこで何が?」
ボルグがレオンの目を見る。
「二か月前から、設備事故が急増している」
「原因は?」
「分からん」
老人はそう言った。
何のためらいもなく。
レオンは一瞬だけ、ラウリュセリエンを思い出した。
「だから調べた」
ボルグは続ける。
「三人とも、調査途中で消えた。そして死体で見つかった」
ガレスが腕を組む。
「同じ板を刺されて?」
「ああ」
「警察は?」
「調査中だ」
「二人死んだ段階で区画を閉鎖しなかったのか?」
ドルガンの顔が険しくなる。
ボルグが代わりに答えた。
「閉鎖できない」
「なぜだ」
「第七下層工業区は、この山で最大の魔導器部品生産区画だ」
部屋が静かになった。
レオンは机の上の黒い金属片を見る。
「人間王国向けですか?」
「半分はな」
「残りは?」
「ドワーフ領内。エルフ領。北方諸国。今はどこでも使う」
つまり止めれば、この街だけの問題では済まない。
供給が止まる。
生活が止まる。
軍需も止まる。
それだけ大きな産業になっている。
「それで稼働を続けている」
レオンが言った。
「事故が起きて、人が死んでも」
ドルガンが机を叩いた。
「言い方に気をつけろ」
「事実でしょう」
「何千人があそこで働いていると思っている」
「だから止められない?」
「止めたら何千人が明日から食えなくなる」
レオンは言い返そうとした。
しかし、その直前で止まった。
教会。
失業した魔術師たち。
ダグ。
仕事を奪われた人間。
今度は逆だ。
魔導器を止めれば、魔導器によって仕事を得た者が失業する。
単純な話ではない。
ボルグがレオンを見ていた。
「理解したか」
「理解しただけです」
「十分だ」
老人は紙束を一枚めくる。
「そして、もう一つ共通点がある」
三人分の記録。
その下に、同じ署名があった。
レオンは文字を追う。
調査依頼者。
外部技術顧問。
その名前を見た瞬間、息が止まった。
ガレスが気づく。
「どうした」
レオンは答えなかった。
もう一度、名前を読む。
見間違いではない。
五年前。
王都。
魔導技術研究会。
まだレオンが勇者だった頃。
何度も議論し、何度も喧嘩し、それでも酒を飲みながら朝まで術式を書いた男。
魔導器革命で王国を去ったはずの魔術師。
ボルグが言った。
「知っているのか?」
レオンは紙から目を離せなかった。
「……旧友です」
そこに記されていた名前は、
ユリウス・レーヴェン。
レオンが、二度と会うことはないと思っていた男だった。




